二人は特に会話を交わすことなく、ただ砂浜を歩き続けていた。だがはやてはすぐに足を止めると、ヴィータを見る。
「なあ、ヴィータ。ちょっと座ろうか」
「うん。それにあたし、はやてに言わなくちゃいけないことがあるんだ」
「…………そうみたいやね」
二人は砂浜に腰を下ろす。
無数の星が輝く夜空。静かに押し寄せては返る波をみながらヴィータは小さく言葉を紡ぐ。
その会話の要所要所で、乾いた喉を潤しながら。そうであってもハッキリと胸のうちをさらけ出す。
今まで行き場のなかったモヤモヤは全てはやてにぶつけられる。だがそんなヴィータに気分を害することなく。はやては終始優しい目で彼女を見守った。
「だから。だからな。……あたしはカイズに伝えないといけないんだ。お前の夢を奪ってごめんって。お前はお前に向いている道にいけってさ」
そこまで言い切ると、ヴィータは顔を俯かせる。だがその心に後ろ暗さはない。
それがカイズのためであるというのなら。その覚悟はもうついているのだから。
ヴィータは缶を握りしめると口を付ける。だが知らないうちに中身は空になっていた。
「はい、ヴィータ」
はやては自身のジュースを差し出す。ヴィータはその心遣いに始めこそ躊躇したが、乾きに負けそれを受け取る。
「ヴィータはカイズ君の夢を奪ってしもうたから。だから彼に合っている道に戻れっていうんやな。…………ヴィータはそれが本当にいいと思ってるんやな?」
「あ、当たり前だろ。……あいつは元々戦いに身を置くような人間じゃねえんだ」
「そっか。……なら、そんなヴィータにある女の子の話をしてあげようかな」
「女の子の話?」
突然何を言うのだろうか。ヴィータは問いかけるような顔をする。しかしはやてはそんなヴィータから視線をはずし、夜空を見上げた。
「あるところにな。小さな女の子がおったんや。その子は昔から足が悪くてな。自分にできることなんて存在しない。とにかく周りに迷惑をかけないようにって。それだけを思うて生きてきたんや」
「……はやて?」
「でもその女の子の目の前に、ある日四人の家族が出来たんや。女の子はお金に不自由してなかったけど、家族の温かみというのを知らなかったんや。だからこそ、四人と出会ってからの時間は本当に幸せな時間やった」
はやてはそっと目を閉じる。そしてその頃を思い出すように、ゆっくりと目を見開いた。
「でもその女の子は足どころか、体も悪くなる一方でな。それを何とかするために、いろんな人に迷惑をかけてるってその子は後になって知ってな。……その子はものすごく悔しかったんや。そして病気があるから、戦う力がないからって、何もできない自分が本当にいやになったんや」
はやてはそのときのことを思い出しているのだろう。ヴィータには表情を見せないようにさらに空を見上げる。
だがその次の声は弱気ではなく、凛としたものだった。
「だから女の子は必死に頑張ろうと思ったんや。たとえ足が悪くても。たとえ戦闘経験がいままでなかったとしても。それでも自分を助けてくれたみんなように、困っている人に手を伸ばしてあげられる。……そんな人になりたいとそう思ったんや」
その言葉は、内に抱えながらもはやてが決して皆の前で吐くことのなかった事実だった。
その切なる言葉を聞き、いつも笑顔を振りまいていたはやてがそんなことを思っていたのかと、ヴィータは戸惑いを隠せずにいた。
「ヴィータはカイズ君の夢を変えてしまったって、そう思ってるんやろ」
「うん。……カイズは学生の頃ずっと医者を目指していたらしいから」
「でもいまは管理局で体を動かしている。今まで頭を使い人を治すことを目指していた彼が、体を動かし戦う道を選んだ。確かに彼の目指すべき道は変わったかもしれへんよ。――――でもそれは本当に悪いことなのかな」
「――――えっ!?」
「人間何がキッカケで道が変わるかわからへん。何も出来ずに殻に籠もっていた私が、管理局や機動六課を作った時点で随分と変わっているやろ。それを考えれば、方法こそ変わっても、人を助けたいっていうことを目標にしているカイズ君は、そんなに道が変わったとは思わへんけどな」
「だ、だけどカイズは実際体を動かすよりも頭を使う方が合ってるんだよ」
「頭を使う方が合ってるねー。だったら逆に言わせてもらうけどな。そんな理由だけでヴィータはカイズ君に今目指してる夢を諦めろっていうんやな?」
「えっ!!」
「だってそういうことやろ。カイズ君、君の身体能力を考えたら体を使う仕事は向いてない。だから頭を使う仕事をしなさい。いまヴィータが言ってることは、そういうことやで」
はやての言葉がヴィータの心に勢いよく突き刺さる。だがそれは痛みではない。
それは今までヴィータの中に出来ていた穴をすっぽりと埋めると、彼女の苦痛を打ち払ってくれた。
はやてはそんなヴィータにニコリと笑みを見せる。
「結局、足が悪かった私も。普通に暮らしてたなのはちゃんも。事故で救われるまで暴力が嫌いなお嬢だったスバルも。兄の夢を引き継ぐために頑張り抜いたティアナも。そして力が強いためにずっと孤独の淵にいたエリオやキャロだって。みんな、みんな向き不向きでいまの道を選んだわけやあらへん。それでもこの道を正しいと信じ、今でも真っ直ぐに貫いてるんや」
はやてはそこまで話すと、ヴィータの髪の毛に優しく手を添えた。
「向き不向きやあらへん。自分のしたいことにどれだけ努力が出来るか。それがその人の今に繋がっていくんや」
「はやて、そしたら。そしたらあたしは……」
「ヴィータのしたいようにしたらいいんよ。その人が苦しんでいる時に助けてあげるのが、家族であり、仲間であり。そして恋人であるヴィータの役目なんやからな」
「あたしのしたいように。……あたしにできること」
ヴィータはその言葉を頭の中でかみ砕くと、思い人を頭に浮かべる。
もし。いや、もしではない。きっとカイズは自分の近くにいたくて。そして人を助ける手助けをするために必死に教導官になろうとしている。
だが現実に彼の成長に伸び悩んでいた。
「そんなカイズにあたしができること。まだミッド式かベルカ式かも決めてないで、動きも教科書どおりにしか。――――んっ!!」
そこまで言葉にすると、ヴィータの頭に一つの巧妙が浮かぶ。
ヴィータは必死にその答えたぐり寄せる。
「違う。あいつの特徴をマイナスに捕らえるんじゃない。あいつのしてきた努力は決して無駄なんかじゃないんだ。――――あいつはミッド式もベルカ式もある程度のラインまでしっかりと使いこなすことが出来る。そして教科書通りの動きなら完璧にこなすことができるんだ!!」
今まで無数に散らばっていたパズルのピースが、一つ、また一つとはめ込まれる。
そしてカイズというできあがった絵を思い浮かべると、その答えを見つけることが出来た。
「あいつの力を。あいつの夢を後押しするなら。…………あまり時間はねえけど、それでも」
ヴィータはその場から勢いよく立ち上がる。そして今までにないほど、力強い眼差しではやてを見た。
「はやてに手伝って欲しいことがあるんだ。多分リインやアギト、シャマル。それに可能ならルールーの奴にも力を借りたいんだ」
「……自分のやるべきことが見つかったんやね」
「おう。そうと決まれば今すぐにでも――――」
―――くぅ~。
夜の海に響くかわいらしいお腹の音。ヴィータはカァーと頬を染めると、はやては思わず吹き出してしまう。
「あっはっはっはっは。ま、まあ何をするにしても、まずは夕飯にしようか。今日はヴィータの好きなハンバーグやから楽しみにしとき~」
そう嬉しそうに歩き出すはやて。その背中にヴィータは頭を下げた。
「ありがとうなはやて」
「お礼なんていらへんよ。だって私らは家族なんやもん」
はやては最後に極上の笑顔を見せる。ヴィータはその笑顔に恥じないように頑張ろうと、強く強く決意とともに拳を握りしめるのだった。