ヴィータはキャリーカートを置くと、備え付けのソファーに体を預ける。懐かしの我が家で埃が舞うかと思われたが、必要最低限の掃除は管理局のほうでしてくれたようだ。
「(まあそうじゃないと電気やら電話やらの契約からしないといけないし、当然と言えば当然なんだけどなー)」
海鳴市までの道のりはミッドチルダの技術を持ってすればそこまで大変ではない。だが短い旅路と問われればそうでもない。ヴィータは移動の疲れを癒すようにぐぅーっと体を伸ばす。するとその動きに呼応して彼女の胸がぷるんと揺れた。
そんなヴィータの体つきを見てカイズは不服そうな表情を見せる。
「その変身やっぱり必要なんですかね~」
「必要に決まってるだろ。あたしが大人モードじゃなかったら、速攻で警察に通報されて視察終了だぞ!」
「いや、ですが俺はありのままのヴィータさんを愛してますし」
「それは痛いほどよーーーっくわかってるよ。だけどな、魔法が認識されてるミッドチルダだって誤解されることがあるんだぞ。なら魔法が認識されてないこの世界で、元の姿のあたしとカイズが一緒に暮らしてたら周りにどう思われるかくらいわかるだろ!」
「…………全次元一のお似合いのカップルですかね?」
「誘拐された子供とロリコンくそ野郎だよ! とにかくこの海鳴じゃ顔見知りだっているんだ。あたしが大人モードになるのは絶対条件だからな!」
「……うーん。ヴィータさんは元の姿でも年上の立派な美しい大人の女性なんですけどねー」
カイズの目に自分はどう映っているのか。ということはもう今更問いかけてもしかたないだろう。ヴィータはこめかみを抑えると聞こえないように小さくため息をつく。そして海鳴市に向かう一週間前からずっと考えていた言葉を口にした。
「姿が変わったら、カイズのあたしへの愛は薄れるのか」
「えっ⁉」
「そうなんだな。結局好きだ何だ言ってカイズはあたしの見た目が好きなだけなんだな。ああそうか、見た目が大人になっただけでそんなにあたしのことが嫌になっちまうんだなー」
ヴィータはわざとらしくソファーに顔を埋める。しばらくしてその隙間からのぞき込むと、気の毒なほどカイズの顔が青ざめていることがわかった。
「ち、ちちち、違いますよヴィータさん。お、おおお、おお、俺はいま目の前にいるヴィータさんが大好きなだけで」
「だけど大人なあたしに魅力感じねえんだろ~」
「そ、そんなことありませんよ! ヴィータさんはどんな姿でも魅力的です! それが大人の姿だって精神年齢が八歳になったって変わらないです‼」
大人の姿はまだしも精神年齢が八歳とはどういうことだろうか。そんな疑問が浮かぶが、カイズの取り乱しようにその考えはすぐに頭から抜け落ちていく。流石にこれ以上は気の毒かもしれないと顔を上げた。
「じゃああたしが大人モードでいても大丈夫だよな?」
「はい、もちろんです! ヴィータさんはどんな姿でも全次元一かわいいですから!」
カイズは「すみませんでしたー」とヴィータを後ろから抱きしめる。そんな彼の熱を背中で感じながら、これで当面の問題は解決できたと、ヴィータはちろっと舌を出すのだった。
◆
「よし、今日はこんなところだろう」
ヴィータは最後の衣類をタンスに詰め込むと額の汗を拭う。カイズのほうも家の点検が終わったようだ。二人はお疲れさまと寄り添うようにソファーに座った。
「ガスも電気も調子の悪そうなところはないですね。そこは流石管理局様々ですね」
「あとは今日の夕飯かー。……今日は大変だったし、どこかで出来てるもの買ってくるかー。あー、でもどこに何があったかあんまり覚えてねえんだよなー」
過去に海鳴市に在住していた頃は、はやてが「皆の衣食住を世話をするのは主の役目や」と言って毎日おいしい料理を振る舞ってくれていた。
そのためコンビニや外食に行くことなどほとんどなかった。それははやての体調が悪化し入院してからも変わらない。はやてに代わりシャマルが食事の用意をしてくれるようになったからだ。それに正直あの頃は食べる間、寝る間を惜しんで魔力の収集をしていた。なので記憶に薄いのは当然と言えば当然であった。
ヴィータはソファーから立ち上がると財布を手に取る。
「こっちにはあんまり帰ってないし、地理も変わってるかも知れないしな。夕飯の買い出しがてらぐるっと回ってみるか」
「了解ですヴィータさん」
カイズも立ち上がると用意しておいた空のマイバッグを掴む。玄関の鍵を閉めると二人は久しぶりの街中へと進んでいった。
◆
買い物を終えスーパーから出るとヴィータはこめかみにしわを寄せる。
「ってか、何でカイズのほうが海鳴に詳しいんだよ」
「それは仕方ないですって。俺がこの海鳴市に暮らしてたのは結構最近ですし。まあヴィータさんの夢の中での情報ですから、俺が言わなくてもヴィータさんもすぐに思い出せましたって」
「いやー、自信ねえぞ。現に特売の存在すら忘れてたしな」
「今日がこの世界で言う木曜日だったのでもしかしたらって思ったんですよ。いやー、時間もぴったりでよかったですね」
カイズはそう言うとマイバッグをぐいっと上げる。そこには格安で手に入れた戦利品の数々が入っていた。海鳴市で頼りになりすぎるカイズの姿にヴィータは少し不満顔になる。だがふるふると顔を左右に振るとすぐにその考えを改めた。
「(初めての地だからあたしがしっかりしなきゃって、意気込みすぎてたのかもな。どっちかに負担がかかるくらいならこれくらいがちょうどよかったのかもな)」
そう思うと自分が先導しなくちゃいけないという責任感から解放される。それと同時に懐かしの地で頼りになるカイズの横顔がとてつもなくかっこよく見えてきた。
「(いやいや、カイズは元からかっこいいけど、あ、あれ何だろう。この感じ……)」
ミッドチルダで二人暮らしをしてから随分と時間は経っている。だがそれでも仕事先にはなのはを含む知り合いが多くいた。それに困ったことがあればすぐにはやて達が駆けつけてくれたはずだ。
ミッドチルダとは次元の違うこの海鳴市に来て、ヴィータは知らず知らず生まれて初めてのホームシックを体験していたのだ。
そんな自分の心を今のヴィータは理屈で理解できていない。自分でも実感していない寂しいという思いは、彼女のそばにいるカイズを何倍にも魅力的に感じさせていたのだ。
――――ドキドキドキドキ。
安心感とは違う。恋心の高鳴りのままにヴィータはカイズの腕に抱きついた。
「ヴィ、ヴィータさん⁉」
「大人モードもいいもんだな。こうやってカイズの腕にそのまま抱きつけるしな」
「えっ、あの、そ、そうなんですけど。えっと胸がもの凄く腕に……」
「なんだなんだ~。初めはあんなに興味がないようなこと言ってたくせに~」
「そ、そうなんですけど。でもどんな姿でもヴィータさんはヴィータさんであり最高だなって思ったら、その……」
「その、何だよ~? ほれ、うりうり~~」
カイズの腕をさらに強く抱きしめ胸を押し当てていく。普段のヴィータなら街中でこんな積極的にはならないだろう。だがここは海鳴市。普段の彼女を知るものなどいるはずもなく、そんな状況が彼女を積極的にさせたのだろう。カイズは頬を赤くしながら困ったように声を上げる。
「ヴィ、ヴィータさん、ほんとやばいですって」
「う~ん、何がやばいかちゃんと言って見ろよ~」
次は背中に胸に押し当ててやろう。そんないたずら心が浮かんだ瞬間だ。
「あれ、もしかしてヴィータちゃん?」
馴染みのある懐かしい声。後ろを振り向くとそこには見慣れた顔があった。