全くうちの旦那様は
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カイズとヴィータが海鳴市に来てすでに一週間ほどの時間が経っていた。引っ越しの荷解きも家のチェックも終えて、今日も今日とて二人は海鳴の町並みを視察していた。
「くぅ~~、それにしても平和だな~~」
教導の仕事もなく、事務の仕事も最低限しかないためか、海鳴市に来てからヴィータはやたら体調が良かった。さらに懐かしの場所にいるからか、心は不思議な幸福感にいつも包まれていた。
ぽかぽかの日溜まりを浴びながらヴィータはぐうぅーと体を伸ばす。すると彼女の胸の起伏は重力に逆らうようにグイっと上を向いた。
シグナムやフェイト以下、なのはやはやて以上に盛ったその胸は今日も変わらず大きく揺れていた。
そんなヴィータの行動を見ると、カイズはあたりにくまなく視線を向ける。
「どうしたんだカイズ?」
「駄目ですよヴィータさん、そんな挑発するような行動をしては! どこで誰が見てるかわからないんですよ!」
「なんだよそりゃ?」
「今のヴィータさんは一般人でも理解しやすい魅力を振りまいています! こんな美女が海鳴に住んでいるってわかったら、市の全員が求婚しにきますよ!」
カイズはヴィータの両肩を掴むと「わかってるですか!」とガクガク揺らしてくる。冗談のような言い分だが、その声のトーンがあまり真剣すぎてヴィータは反応に困ってしまった。
「べ、別にあたしは普通にしてるだけだけどなぁ」
「それだけヴィータさんが魅力的だってことですよ! 昨日の買い物中だってみんなチラチラとヴィータさんのこと見ていたの気づいてなかったんですか⁉」
「……いや、全然」
カイズは至ってまじめな顔をしているが本当に覚えがなかった。流石にそれは気にしすぎだろうとヴィータは口にする。だがカイズは聞き耳をもたず周囲に警戒をし続けていった。
「(……はぁ、全くうちに旦那様は)」
ヴィータは心の中で小さなため息をつく。だがそんなちょっと非常識な彼のことが可愛く見えてしまうのは、きっと彼にズブズブという証拠なのだろう。
ヴィータはきょろきょろと周りを見る。そして誰もいなことを確認すると彼の腕に抱きついていった。
ムギュと擬音が聞こえそうなほどふくよかな胸がカイズの腕に押しつけられる。カイズはその胸の柔らかさに自然と口角があがってしまう。
「あ、あのヴィータさん」
「誰が見てたって関係ねえよ。あたしの心と体はカイズのものなんだから。だからちゃんとあたしのことだけ見てろよな」
「…………ヴィータさん‼」
カイズはヴィータの手から離れると彼女を力強く抱きしめる。先ほどの一言で完全に機嫌が治ったようだ。
そんなカイズのことをたまにチョロいと思うこともある。だがこんな関係になるまでに二人には多くの試練と気持ちの行き違いがあった。
だからこそ今がある。とヴィータは驕ることも気を張ることもなく良好な夫婦関係を築けていると核心していた。
「…………んっ」
空気にほだされてヴィータはくいっと唇を突き出す。
――――カサッ。
「んっ‼」
本当に小さな音がヴィータの耳に届くとバッと後ろに振り返る。
「あいた!」
カイズは物音に気づかなかったろう。ヴィータの側頭部と激突すると困惑し目を白黒させた。だがそんなカイズに今は意識を向けられない。ヴィータは緊張の面もちのまま茂みの先を見る。
「(確かにあたしは周りを確認したぞ)」
石田先生と出会ったあの時とは違う。ヴィータは確かに一度あたりに気を配ってからキスの体勢に入ったのだ。
主な仕事が教導とは言え、彼女は多くの実戦に身を置いてきた。そんな彼女に今の今まで気配を悟らせなかった人物がすぐそこにいる。ヴィータの体に緊張が走る。そして気配に気づけなかったカイズは未だに状況についてこれずにいた。
――――ガサガサガサ!
今度は二人に気づいてもらうかのように大きな音をあげる。そしてその人物は茂みの中から出てきた。
「す、すまない。覗き見をするつもりはなくて、本当はそのまま気づかれないように出て行くつもりだったんだが。……逆に気を使わせてしまったみたいだな」
そう言葉にするのは黒のジャージに身を包んだ見た目三十代前後の黒髪の男性だった。運動でもしていたのか額からは汗を流しており見た目はどことなくカイズに似ていた。
「――――ッツ⁉」
「ヴィータさん‼」
同時に気づくとカイズはヴィータをかばうように前にでる。だがそれも仕方のないことだろう。二人の視線の先には二振りの日本刀が握られていたのだから。たとえそれが模擬刀だろうとたちの悪い冗談だ。二人は拳を握り込むと臨戦態勢をとる。
黒髪の男は困ったように目を細める。そして迷わず二振りの刀、小太刀二刀を茂みに投げ捨てた。さらに両手をあげると落ち着き払った声をあげる。
「……俺の名前は高町恭也、この海鳴市で翠屋という喫茶店を営んでいるものの家族です」
その名前と店名を聞いて二人は目を丸くした。
「あれ、ヴィータさん高町って」
「あっ、ああっー! もしかしてなのはの兄ちゃんか⁉」
「なのはのって、君は?」
三人共々頭に疑問符を浮かべるとしばらくの間困惑し続ける。だが彼に敵意がないことがわかると、とりあえずはと肩の荷をおろしていくのだった。