温泉への誘い
八神家のリビング。カイズはソファーにだらしなく体を預ける。
するとパタパタと階段を下りてくる音が耳に届いた。その音の主は大きな胸を揺らしリビングまで来ると、カイズの隣に飛び込むように座り込んだ。
「あー、やっと終わったー」
「お疲れさまですヴィータさん。どうでした定期連絡は?」
「特に異常なし。半分くらいはなのはとの世間話みたいになってたなー。特になのはの兄ちゃんに会ったって言ったら話が盛り上がってよ」
ヴィータはそこまで話すとうーんと体を伸ばす。そしてこりをほぐすように肩を回した。
「兄ちゃんがたまには帰ってこいって言ってたのを伝えたら、お兄ちゃんのほうが家に帰ってないのにーってぷんすかしてったけ」
「……恭也さん、明らかにただ者じゃなかったですもんね」
公園で見た恭也のことを思い出す。自分と同じ二刀流の黒髪、だが自分とは比べものにならないほど死線と経験を重ねたのだろう。魔法がないこの世界の住人とは思えないほどの存在感が彼にはあった。
そんなことを考え出すと、カイズの額にコツンと軽い衝撃が走る。ハッとして意識を戻すと、目の前のヴィータはふくれっ面をしていた。
「まーた難しいこと考えてるだろう。あんまり根詰めすぎるなよ。あたしがきっちりメニューを組んで、カイズはそれを毎日欠かさずそれをこなしてる。カイズはちゃんと強くなってるんだから」
「はい、ありがとうございます!」
上を見てばかりではいつか大切な場面で足下をすくわれてしまう。それだけは絶対に駄目だ。カイズは落ち込む気持ちに整理をつけると深々と頭を下げた。
「これからもご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
「おお、任しとけ!」
ヴィータはふくれっ面を直すと自身の胸の中に手を突っ込む。慣れない胸のふくよかさに苦戦しながら、しばらくまさぐるとグラーフアイゼンを取り出した。
「えっと、次の指令はな。街の方は結構回ってから、郊外の方も少し視察して欲しいらしいな」
「郊外だと地理は疎いので少し大変そうですね」
「あたしもそうだな。はやての脚も昔は悪かったし、郊外にはあまりいかなかったからなー。そこでだ」
グラーフアイゼンを軽く握ると液晶画面が表示される。ヴィータはそこに映る『露天風呂』という文字を指さした。
「なのはがいろいろ手回ししてくれたみたいでよ。……明日は二人で温泉に行くぞ!」
ヴィータはそう言うとニッと笑みを浮かべた。
◇
次の日の朝。カイズとヴィータはリビングで持ち物を確認する。そしてお互いにデバイスを握りしめると、まばゆい光が体を包み込む。そして二人は専用のバリアジャケットに身を包んだ。
「いよっし、準備万端。あとは周りから見えないようにするだけだな」
「……はい、そうですね」
「お、おいどうした? なんか元気ねえみたいだけど??」
「い、いえ、どちらかというと元気になりそうで困って、いやいや何でもないです。行きましょうヴィータさん!」
「お、おぅ、体調が悪くなったらちゃんと言えよな」
ヴィータはそう言うと魔石を一つ取り出す。カイズも慌てたようにそれを取り出した。
「それじゃあ飛行許可も出てるし、姿を透明にしてひとっ飛びするか。あたしが先行するから何かあったらすぐに言えよ」
「はい、ヴィータさん」
お互い魔石を起動するとそれに込められた透明の呪文が発動される。
「(これで周りからしたら透明にはなっているはずだ)」
だが透明同士視認できないと事故の元であり、二人の間では目視することが可能である。
「(でも正直見えない方が目に毒じゃなかったんだよな)」
カイズはバリアジャケット姿のヴィータを見る。それは普段彼が知っているものとは些か違っていた。
大人モードの姿に合わせてヴィータのバリアジャケットは少し改良されている。まず第一に胸部だ。平和な海鳴市だからか、それとも以前話されたバリアジャケットの可能性を模索するためだろうか。理由はわからないが胸の谷間部分に装甲はなく、気を抜くと指を突っ込んでしまいそうなほど見事な光景が出来上がっていた。
さらにスカートは丈も違う。いつもは脚をすっぽり覆い隠しているそれは、膝上のタイトスカートだ。それらの何が困るかと言うと、今まさに目のやり場に困っていた。
郊外に向かうための二人はすでに飛行移動している。普段はその長いスカートから後ろを飛んでいても下着が見えることはなかった。だが腰マントがあるとはいえ、短くなったそのスカートからは現在進行形でチラチラとピンク色のそれが顔を覗かせていた。
ずっとロングスカートで慣れているヴィータはそんなことなどつゆ知らずなのだろう。
「(これは言うべきなのだろうか。……いやこんな状態今だけだし、俺が耐えてればいいだけか)」
ヴィータに悪いと思い視線を逸らしたくなる。だが魔法がないこの世界で何かに激突してしまってはそれこそ大問題だ。
カイズはバリアジャケットの下腹部がギチギチとキツくなるのを感じながら、天国と地獄を交互に味わっていくのだった。
◇
現地に着いてからは滞りなく視察が行われる。しかし特に問題はなくものの二時間ほどで今日の仕事を終えてしまった。カイズは木々から差し込む光を浴びると欠伸をかみ殺した。
「(まあもともと街の方でも何一つ問題は起きてないしな。……ほんと今回の仕事を回してくれた高町教導官には感謝しないとな)」
ここは文明こそ遅れているが、だからこそ居心地がよかった。過去この街で次元を揺るがすほどの事件が次々起こったなど微塵も感じさせないほどにだ。
「俺はこの次元の出身じゃないけど。……もしかしたらこんなのんびりした人生もあったのかな」
そんなことを想いながら探索記録を書き込む。それと同時に林の奥からヴィータが姿を現した。
「そっちの様子はどうだー?」
「問題なしです。ヴィータさんのほうはどうでしたか?」
「魔力の痕跡も他の時空から干渉を受けたような様子も一切なし。……平和そのもの、良いことだよな」
「はい、良いことですね」
二人は目を合わせるとどちからかでもなく手を握りあう。そして小さく笑みを浮かべるとバリアジャケットを解除した。
「それじゃあ仕事も終わったし、露天風呂に向かうか」
「俺、露天風呂って全然馴染みないんですけど。……ようは外でお風呂に入るってことですよね。ルーテシアさんの施設でそういうのがあるとは話だけは聞いていますけど。……大丈夫なんですか?」
「まあそれはこの世界の暗黙の了解というか概ね大丈夫なはずだぞー。もちろん犯罪者がいないとは言い切れねえけどなー」
「ヴィータさん!」
カイズが何かを言おうとした瞬間、ヴィータは彼の顔の前にバッと掌をだし言葉を制止する。
「入浴中は周囲の警戒をグラーフアイゼンに任せるから問題ねえよ。……それに何かあったらカイズがあたしを守ってくれるんだろ?」
「何かあったらって、えっ、でも今回は公共の施設ですよね?」
カイズがそう言うとヴィータが「あっ!」と思い出したように声を漏らす。
「いやそれがよ。あたしの大人モードの万が一の不備を気にしてか、もしくは単に変に気を回したのか。……なのはのやつが家族風呂で予約してたんだよな」
そう言ってヴィータは「あはははは」と申し訳なさそうに頬を掻いた。