食器を持つとカイズはいつもの指定席に座る。だがその対面には指定の人物の姿はなかった。
カイズは食器を置くとともに、大きなため息をついた。
「これでもう十日以上。……ヴィータさんどうしたんだろう」
何度か連絡をして五日前にようやく一通のメールをもらうことだけはできた。メール内容は『心配するな』の一言だけ。
それに風の噂によると、どうやら八神家全員が長期休暇を取っているらしい。
元々有給を貯めに貯め、働き続けている一家だ。その休暇を特に行楽シーズンでもない今の時期に消化してくれる。それは管理局としては願ってもないことで、簡単に受理されたらしい。
だが何も聞かされていないカイズは、ハァと大きなため息をついた。
「…………俺、何かしたのかな」
思えばヴィータが自分を避けるようになったのは、嘘をついたあの時からだ。
もしその時彼女を傷つけることや、落胆させることをしていたとしたら。
「でも試験前のくせに嘘ついて出かけたからな。……明日はもう試験なんだよな」
果たしてこんな心境で試験に臨むことが出来るだろうか。そんな弱気な思いがでると、カイズは違う違うと首を振る。
「ヴィータさんを安心させる一番の方法は、きっと俺が試験に合格することだ。やるしかないんだ!」
カイズはバシンと両頬を叩くと、気合いを入れ直す。
その姿を見て、コバルトブルーの女性は少し驚いたように声を上げる。
「随分と考え込んでるみたいだな」
「……何だサクヤか」
「何だとは随分な物言いだな。そこ、座らせてもらうぞ」
カイズの返事を待つことなく、サクヤは向かいの席に腰を下ろす。
カイズはそんなサクヤに疑いの眼差しを向ける。
「サクヤさ。本当にヴィータさんにおかしなこと吹き込んでないんだろうな」
「何度も聞くな。私はそんな陰湿な女ではないさ。――君のためになることならいざ知らず、ただ悪意を持ってそんなことを口にする女だと思うか?」
カイズは顎に手を添えると、「んんん」と考え込む。
「…………いや。お前はそんな女じゃないな」
「まっ、そういうことだ。これでも私は献身的ないい女だからな」
「お、お前。それを自分で言うか普通」
「出来る女は自分を隠さないものだ。……それにしても、お前は私と話をしていてもいつもヴィータさんのことばかりなんだな。この十日間、何度その単語を聞いたか」
「い、いいだろ別に」
「まあそれはそうだがな。――――それでも私のことをほったらかしにするなよ。今更お前にいなくなられたら。…………私は泣いてしまうかもしれないぞ」
俯きがちにサクヤはカイズを見つめる。たまに見る彼女の弱気に、彼は昔から弱かった。
「わ、わかった。わかったって。俺ももう無責任にお前から逃げたりしないからよ。……あー、とにかく明日は試験だから忙しいんだ。俺はもう食べ終えるから、先に行くぞ」
「ふっ、つれない男だな」
「それだけ真剣なんだよ。……じゃあなまたな、サクヤ」
カイズは残りの食事を無理矢理詰め込むと、逃げるように席から立ち上がる。
よろよろと、徐々に遠ざかる背中を見ると、サクヤはフンと馬鹿にするように鼻を鳴らす。
「私はいつでも献身的さ。君のためになることなら、何でもするさ」
サクヤは小さくそれだけ言うと、両手を合わせ食事をとり始めるのだった。