「ヴィータさん‼」
崩れ落ちそうな心と体がその一言で現実に引っ張られる。ヴィータはカイズに抱きしめられると、周りに涙を見せないように胸元に顔を埋めた。端から見れば二人のそれは奇行の他ないだろう。八神家の面々は奇異の眼差しで二人を見た。だがそんな空気を一変させる無邪気な声が二人の後ろから聞こえてきた。
「あっ、さっきのお兄さんじゃん。はやて、はやて、さっき木から落ちそうなところを、そこのお兄さんに助けてもらったんだ。さっきは大丈夫でしたか、結構凄い勢いで背中ぶつけたと思いましたけど」
「えっ。………あっ」
背中に触れてみるとじわっとした感触がする。ランドセルを背負ったヴィータはその背中を見ると青ざめたように声を上げた。
「そ、その怪我。あ、あたしのせいで、シャマルお願いだ! お兄さんの怪我を見てやってくれよ!」
小さなヴィータにそう言われるとシャマルは困ったように頬に手を当てる。
「ヴィータちゃんの恩人ならと思うけど。……はやてちゃん」
シャマルがアイコンタクトを送ると、はやては少し考えるような顔をする。だがすぐに柔らかい笑みを浮かべると店内の方に手をかざした。
「とりあえず立ち話もなんです。一度うちの方に上がっていってください」
はやての言葉にランドセルを背負ったヴィータはぱあっと晴れたような笑みを見せる。だがそんな彼女とは対照的にシグナムとザフィーラは警戒心を怠ってないようだ。
どうするべきなのだろうか。カイズは困ったように胸元のヴィータを見る。彼女はカイズの服で涙を拭うとキリッとした顔つきを無理矢理つくって見せた。
「申し遅れました。『私』の名前は『ヴィーラ』です。ここにはまだ引っ越して来たばかりで右も左もわからない状態だったのですが、ついあの方を後ろ姿で昔の友人と勘違いしてしまいして。……お見苦しいところを見せてしまい本当に申し訳ありませんでした」
自身をヴィーラと名乗ったヴィータは深々と頭を下げる。その誠意が本物であることがすぐに伝わったのだろう。はやては慌てたように声を上げる。
「そ、そんな気にしないでください。こっちもうちの子を助けてもらったみたいですし。……先ほども言ったように一度うちに上がってください。怪我の様子もみたいですしね」
「はい、お言葉に甘えさせてもらいます」
そう言葉を交わすと八神家の面々は古書店の中に入っていく。その背中を見ながらヴィータはカイズに手を伸ばす。その手は今までのどんな時よりも力強く握られ、そして悲しみに震えているのだった。
◆
古書店の店番をするためにシグナムとザフィーラはレジにつく。カイズは怪我の様子を見るためにシャマル、そして小ヴィータと共に居住スペースへと向かったようだ。
「(ここがはやて達が住んでる場所。……駄目だ、全然覚えがねえ)」
古書店と言われるだけあって多くの本が綺麗に並べられている。そのほかにも子供向けの玩具なども取り扱っているようだ。
先ほど見せた失態のせいで何となく会話がし辛い。ヴィータが目を泳がせているとはやてが声をかけてくれた。
「改めて、うちの子を助けてもらってありがとうございます。えっと、ヴィーラさんでいいんでしたよね?」
「は、はい、そうです」
「名前がヴィータと似ているから驚きましたー。そう言えば髪の色も同じですし。……でも体つきは全然違いますね~」
はやては感心するようにヴィータの体を視姦し「ぐへへ」と口元を緩める。その行動の意味がヴィータにわからないわけがなかった。
「(あたしが落ち込んでるから空気を和まそうとしてるんだよな。……はやてはやっぱり優しいな)」
落ち込んだままでは気を使わせるばかりだ。それに今は少しでも情報が必要だと頭の中で活を入れた。
「お褒めいただきありがとうございます。それとアインスさん、先ほどはすみませんでした。昔なじみにそっくりな貴方に『私』のことを知らないと言われて……少し気が動転してしまいまして」
「いえ、気にしないでください。そんなにその知り合いとそっくりだったのでしょうか?」
「はい。……でもそんなはずないんです。絶対に」
アインスはもう自分たちの側にはいない。そんなことを思うのはあの時の彼女の決意に背く行為だ。ヴィータははやてとアインスを視界に入れるとそのまま話を続ける。
「私と先ほどの男性、カイズとは夫婦同士なんです。今は外国に住んでいるのですが、十年以上前にこの街で暮らしていたということもあり、海鳴市での仕事を一ヶ月ほど任されたんです。ですが街の方も細々と変わってしまっていて少し困っていました」
ヴィータの言葉にはやてはうんうんと頷いた。
「ここ最近で一気に都市開発も進みましたしね。私が経営する古書店もほんと最近できたばっかりなんですよ」
「私が? ……ってはやて、ん、んん、はやてさんがこの店のオーナーなんですか。えっ、学校は??」
「えーっと、いろいろありまして飛び級でもう大学を卒業しているんですよ。今は社会人一年目、ヴィーラさんもこの街にいる間は贔屓にしていただけたら幸いです」
「は、はぁ……」
そういう制度があることはもちろん知っている。だがはやてが既に社会人であることは流石に度肝を抜かれる。はやては「あははは~」と笑みを浮かべるとポケットに手を入れた。
「ヴィーラさんはずっと外国にいたから知らないと思いますけど、今この八神堂では大人から子供まで楽しめる最新ゲームを提供しているんですよ」
はやてはポケットから黒いカード型のものを取り出す。その機械には見覚えがある。ヴィータはポケットに手を入れると同じ物を取り出した。
「ありゃ、もうブレイブデュエルについて知ってはるんですか?」
「ブレイブデュエル? いえ知らないです。これは今住んでる家に置いてあったもので、どういうものか分からないんですよね」
「家に置いてあった? ちょっと見せてもらってもええですか」
「はい、どうぞ」
はやてはそれを受け取るとアインスに渡す。アインスは黒いカードを何かの端末に差し込むと液晶画面に目を向けた。
「確かに対戦経歴、店舗登録経歴がありませんね。でもユーザー登録だけはされてます。……お返しします」
カタカタと何度かキーボードを鳴らす。そしてアインスから黒いカードを返してもらうとヴィータは再びそれを見る。
「えーっと結局ブレイブデュエルって何なんでしょうか」
ヴィータが聞き返すと、はやては「ふっふっふ」と分かりやすい笑みを浮かべた。
「それはきっと直接見てもらった方がいいと思いますよ。もしお時間ありましたら八神堂の特設ステージに行きませんか! きっとヴィーラさんにも気に入ってもらえると思うんです‼」
目をキラキラさせてはやてが詰め寄る。ヴィータはよくわからないままこくこくと頷いてしまった。
「新規お客さんご案内やー」
ハイテンションのままはやてが歩き始める。だがその後ろ姿をシグナムが止めた。
「主はやて。確かこの後は絶版本の持ち込みの買い取りの予定では」
「――――あっ⁉」
完全に忘れていたようだ。はやてはギクリとした顔をすると申し訳なさそうにヴィータの方に振り返った。
「す、すみません、テンションを上げるだけ上げてこの体たらくで。……あっ、そうや。アインス、お願いできるかな?」
「もちろん大丈夫ですよ我が主。夜間の学校までまだ時間は十分にありますから」
「ありがとうなー。でも人様の目があるところで我が主はやめてゆうとるやろー」
「ですが、主は主ですから」
先ほどと同じ、きっと何度も交わされたやり取りなのだろう。ヴィータから見ても微笑ましい空気が感じられた。少し間をおいて『今日はよろしくお願いしまーす』と店の入り口から声が聞こえる。どうやら話にあった買い取り客のようだ。
はやては「ゆっくりしていってくださいね~」と言葉を残すと、そのまま姿を消してしまう。はやてという潤滑油を失いヴィータとアインスの間に静寂が走る。
「そ、それではよろしくお願いします」
「はい、こちらこそ楽しんでもらえたら光栄です」
お互い小さく頭を下げると備え付けられたエレベーターへと向かっていくのだった。