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八神堂の居住エリアに案内されたカイズはシャマルと小学生ヴィータ(小ヴィータ)と共にリビングにいる。シャマルは引き出しから取ってきた救急セットを机の上に置いた。
「それじゃあ傷の具合を見ますので服を脱いでもらえますか」
「えっ、その、これくらい大丈夫ですって」
ヴィータ以外の人に肌を見せるのは少し羞恥心がある。それにカイズ自身この程度の怪我どうということはないと思っていた。
だがそんな思いとは裏腹に小ヴィータは彼の上着を脱がせようと手をかける。
「ヴィ、ヴィータさん何を⁉」
「何をじゃないですよ。あたしのせいでお兄さんが怪我をしたのに放っておけないですって。あとお兄さんの方がずっと年上なんですから、さん付けは変だと思いますよ」
存在自体のせいで思わずさん付けをしているが至極全うな意見だ。カイズは「ん、んん」と喉の調子を整えた。
「えっとヴィータちゃん。洋服は自分で脱ぐから大丈夫だよ。ごめんね心配してくれてるのに無碍にするようなこと言っちゃって」
ぽんぽんと頭を撫でる。小ヴィータはその手の感触を楽しむように頭を押しつける。そしてしばらくそれを楽しむと離れていった。
カイズが上着を脱ぐと小ヴィータは「きゃっ」と手で顔を抑える。そして指の隙間からしっかりカイズの体を眺めていた。
「服の上からだとわからなかったですけど、お兄さんすっごく筋肉質ですね」
「こらヴィータちゃん、あんまりジロジロ見ないの。……でも本当に鍛えてますね。あっ、少し染みます、ごめんなさい」
背中に綿のような感触がするとピリリとした刺激が走る。だがこの程度なんのその、小ヴィータの手前情けない顔は出来ないと笑顔で強がって見せた。
「出血はしていますけど傷は深くないみたいですね。触ってみた感じ骨にも異常ないと思います。ですが少しでも違和感があるようならすぐに病院にいってくださいね。もちろんその時の治療費は全てこちらで負担しますから」
「いや、大丈夫で――――」
「大丈夫じゃないよお兄さん! 治療費はあたしのお小遣いでちゃんと出すし、お兄さんが傷物になったら。…………あたしがしっかり責任とるから‼」
「ブフッ‼」
小ヴィータの突然の発言に思わず吹き出してしまう。だが動揺したのはカイズだけではないようだ。背中を消毒する綿が先ほどよりグリグリと強く押しつけられている気がした。
背後にいるシャマルの顔は見えない。だが何ともいえない圧と共にシャマルは小ヴィータに訪ねた。
「ヴィータちゃーん、それはどういうことなのかなー」
「公園でさ、木から落ちた雛鳥を戻したまではよかったんだけど、その後木から落ちちゃって。その時颯爽と助けてくれたお兄さんが言ってくれたんだよ。『ヴィータさんは銀河一、次元一可愛い俺の奥さん』だって」
「カイズさ~~~ん~~~」
綿がギチギチと悲鳴を上げるほど押しつけられる。消毒液云々でなくこれはもう物理的に痛かった。カイズは激痛に耐えながらも、一言一言考え抜いて、絞り出すように言葉にした。
「……………ソ、ソレハ。ソレハ。ソレハ、オクサンのヴィーラサンとカンチガイシタンデス」
緊張のあまり片言になってしまう。そしてその片言にシャマルは眉をひそめた。
「うちのヴィータちゃんとヴィーラさん、似ても似つかないと思いますけど」
「あ、あの時は俺も急いでて。で、赤い髪がチラッと見えたと思ったら木から落ちそうになってまして。赤い髪なんてここらへんじゃあまり見たことありませんし。えっと……抱きしめたヴィータちゃんの姿が、初めて出会った時の奥さんの姿とそっくりで、慌ててたせいもあってか、よく確認もせず口走ってしまったんです」
苦しい。あまりにも苦しい。だがいま話したことにはいっぺんの嘘もないことは確かだ。しばしの静寂がリビングを支配する。そしてその均衡を破ったのはヴィータだった。
「なーんだ。何か話が嚙み合わないと思ってたんですよね。でも仕方ないですよね。あの状況じゃ混乱しちゃっても、うん、あの状況じゃ勘違いしちゃいますよね!」
小ヴィータがそう言うと部屋の空気が少し軽くなった気がする。実際に大人のヴィータと目の前の小ヴィータを見間違えることなどあり得ないことだろう。だがそれは当の本人であるカイズの感想だ。現場にいなかったシャマルにはヴィータの言葉以外に判断する材料はなかった。
「まあどういう状況かわからないですけど。……それにカイズさんは悪い人には見えませんしね」
押しつけられていた綿が離れていく。最後に絆創膏が優しくつけられたのを感じると、何とか危機は脱せたと小さく息をもらした。シャマルは応急箱を戻すため引き出しへと向かう。シャマルが離れたのを見ると小さなヴィータはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「あれで、よかったですか」
「えっ?」
「何だかお兄さん困ってるみたいだったから。ああ言った方がよかったのかなって」
「ヴィータちゃん。……ありがとう」
「いえいえ、こちらこそ本当にありがとうございました」
小ヴィータは赤いお下げを揺らしながらぺこりと頭を下げる。そして誰にも聞こえないようにカイズの耳元で言葉を続けた。
「もし奥さんに愛想尽きたらあたしのところに来てくださいね。あたし勉強もしっかりやってますし、家事も手伝ってますし。それに、ブレイブデュエルだっていつか全国一位になる将来有望株ですから」
「えっ、ブレイブデュエルって、えっ、それより、えっ、ええっ⁉」
「そうだ、せっかくだから地下で見ていってください。服の血抜きにも少し時間がかかると思いますし」
そう言うと再び書店スペースへの歩いていってしまう。カイズは着替えように渡された大きめのジャージを手に持ちながら「あ、あははは」と乾いた声をあげるのだった。