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八神堂から切り上げると、カイズとヴィータは二人で海鳴市を散策した。魔法が使えない今、移動距離には限界があり、日常生活エリアを歩き回るだけですでに夕暮れ時になってしまった。カイズは途中で買ったメモ帳を開く。
「とりあえず今わかってることは――――ぶはっ⁉」
リビングで現状を再確認しようとした瞬間、ヴィータが抱きついてきた。彼女はそのままカイズをソファーまで押しやっていく。
「ど、どうしたんですかヴィータさん、えっ、ちょっ」
腹部のあたりからカチャカチャとベルトが外される音が聞こえる。カイズは「えっ、えっ??」と驚きの声を上げながら、メモ帳をポイと机に投げ捨てた。
「いきなりどうしたんですか。あっ、もしかして俺汗くさいですか、それなら今日は先にお風呂にしますか」
「…………………」
ヴィータは無言のままカイズの上着に手をかける。結局血抜きが終わらず、八神堂から借りっぱなしのジャージのジッパーがジーッと降ろされる。
「あ、ああ、わかりました。借り物の洋服を着てるからちょっと嫉妬してるんですね。それとも八神堂のヴィータちゃんのことですか。いやいや心配する必要はありませんって。どんなことがあっても俺はヴィータひと、す、じ……ヴィータさん?」
握りしめたヴィータの手首が小さく震えているのがわかる。そしてその背中は大人モードとは思えないほど、小さく、本当に小さくカイズには映って見えた。
ヴィータはカイズの上着を脱がせると彼の頬に手を添える。そしてそのまま口づけを交わした。そのまま唇を取り込まれてしまのうではないかと思うほど強烈なキス。ヴィータはさらに舌を侵入させるとそれが絡まり合う音が広い室内にこだました。
だがその行動や音に性の高まりは感じない。寂しく辛い何かを埋めるように、ただ、ただ、切ない水音が鳴り続けるだけだ。口の中が唾液でいっぱいになる頃、ヴィータは口を離す。そして自身の上着を脱ぎ捨てた。
「頼むカイズ。明日からはちゃんと切り替えるから、だから今日だけは、今だけは…………全部忘れるくらい思いっきり抱いてくれ」
「……ヴィータさん」
「今のままじゃ頭ぐちゃぐちゃで何も考えられそうにないんだ」
そう言葉にする彼女自身気づいていないのだろう。その頬を涙がスッと伝う。きっとヴィータにとって、この世界はあり得るはずのない、あり得てはならない理想郷なのだろう。
大切な家族が全員いて、戦いで傷つくどころか争いの辛さも知らず生活できている。そしてただ平和で平坦で本当に幸せなこの世界に自分だけがいなこと。それはヴィータにとってあまりにも酷く生き辛い世界だろう。
だが全てを救えずともヴィータ達は今まで懸命に足掻いてきた。だからこそ救われた街があり、世界があり、次元があるのだ。そしてそれはカイズも同じだ。カイズは人差し指でそっと彼女の涙をすくいあげた。
「もしヴィータさんが俺の知っているヴィータさんじゃなかったら、俺は生きていたかもわかりません。あの電車の落盤事故で窒息死していたか、トチ狂った大人に殺されてたか、そのまま瓦礫に潰されてた可能性もあります」
「……カイズ」
「ここにはヴィータさんが望んだ幸せが全て揃っているかもしれません。俺一人なんかじゃその幸せには到底足りないかもしれませんけど。……だけど、だとしても今のヴィータさんは最高に幸せだって俺に証明させてください。もしかしたらこの世界にヴィータさんの居場所はないのかもしれません。だけど俺がずっと側にいます。俺が側にいてずっとヴィータさんの居場所になります。だから、今は何もかも忘れてください」
今度はカイズから口づけを交わす。そして先ほどのヴィータのように舌を入れ絡み合わせる。さらに激しさだけに身を任せず、彼女を労るように、愛を伝えるように優しく触れていった。
長い、長いキスが終わるとカイズはヴィータを真っ直ぐ見つめる。そして互いに無言のままソファーの上で体を重ねていった。