◆
いつもはカイズが気を利かせて話題を振ってくれるが、ザフィーラは逆に気を使って会話には入ってくる気がないようだ。
だが現状のことを正直に話すわけにもいかず、そうだとヴィータは疑問をぶつけた。
「この街での仕事を終えたら、地元で家を買おうと思ってるんだけど。何かアドバイスとかないかな?」
夜間学校でアインスが建築関係を学んでいると言うのは少し前に聞いた話だ。ヴィータの質問にアインスは少し口ごもる。
「アドバイスといってもまだ勉強中の身、ありきたりなことしか話せないぞ」
「こっちはそのありきたりもわからないんだ。教えてくれよアインス」
ヴィータがそう言うとアインスは片眉を撫でしばらく考える。
「まず意外かもしれないけどお風呂やトイレの水回りかな。お風呂の広さはもちろんのこと、湿気対策や日用品を置けるスペースがあるかは必ず見ておいた方がいい。あとは通勤や子供が出来たときの通学の便も考えておいた方がいい。あとエアコンが備え付けられているならそれの年代を――――」
などなど。ありきたりなことと言ってはいたが、ヴィータが考えもしなかった注意点を次々とあげてくれた。これだけ熱心に話してくれるのだからと、ヴィータはポケットからメモ帳を取り出ししっかり記入していく。
「それとあと共働きなら室内洗濯置き場なども…………っとすまない。何だか思いっきり喋ってしまって」
「いやいや、すっげえ参考になったよ。ありがとうなアインス!」
満面の笑みで応えるとアインスもまた笑顔で応える。ヴィータは彼女の建築への情熱を聞くと、本当に単純な疑問が思い浮かんだ。
「どうしてアインスは建築関係の仕事に就こうと思ったんだ?」
シグナムが剣道の師範代をしているのも、シャマルが医学生なのもイメージ通りで予想がつく。だが彼女がどうしてそのような夢にたどり着いたのかヴィータは単純に気になったのだ。
アインスは少し気恥ずかしそうな顔をしながらも、正直に答えてくれた。
「自分でも何でかあまりわからないんだ。だがなぜか家、というか皆が帰る場所を昔から大切に思っていたんだ。家に帰ると誰かが迎えてくれる。そして温かな気持ちで誰かを迎えてあげれる。そんな家族が安心して暮らしていける仕事に携わりたい。それが私の始まりの願いなんだ。……おかしいんだ。私は何不自由なく今まで暮らしてきたはずなのに、こんな感情がわき上がるなんて」
アインス自身、本当にどうしてと思っているのだろう。だが彼女に分からないことがこの世界でただ一人、ヴィータにだけはわかってしまったのだ。
ここはきっと全てが救われ望まれた幸せな世界。プレシア・テスタロッサは二人の娘に囲まれ、ハラオウン家は闇の書事件に巻き込まれていない。
あの雪の日。アインスはしっかり覚悟を決めていた。はやてを、ヴォルケンリッターを、そして全ての幸せのために彼女は空に還ったのだ。
だが思わないわけがない。願わないわけがない。もしそれが叶うのなら、きっと彼女は帰りたかったのだ。はやてが待つあの暖かい家へ。
「ど、どうしたんだヴィーラ!」
「…………えっ?」
アインスこそ血相を変えてどうしたのだろうか。ヴィータはそう言おうとするが、なぜか言葉が出しにくい。ヴィータは困惑しながら頬に触れると、大粒の涙がいくつも流れているのがわかった。
「あれ、あれれ?」
涙声でうまく言葉に出来ない。このままではまた怪しまれてしまう。そう想いながらもアインスの心の底の本心に気づいてしまったヴィータは泣くことを止めることが出来なかった。
「ご、ごめんな、今日は帰、あっ」
その言葉は最後まで声にならなかった。ヴィータはアインスに引き寄せられるとそのまま力強く抱きしめられる。
「ヴィーラがどうして泣いているか私にはわからない。だから私にはこうすることしかできない。……不甲斐ない私をどうか許してほしい」
「そんな、許すも何もアインスが、アインスは…………うっ、あああっ、うあああぁぁぁぁぁっ!」
今わかった。この世界は夢でも幻でもない。アインスは確かにここにいる。彼女の声、彼女の鼓動、彼女の熱、そして彼女の願いを知ったいま、ヴィータにはもうこの世界がただの異質なものとは思えなくなってしまっていた。
自分はこれかどうしたらいいのか、どうすることが正しいのか。何も分からず、何も答えられず、ただ、ただヴィータはアインスの胸で泣き続けることしかできなかった。