昇る朝日がカーテンに差し込むと、その部屋が明るく照らされる。
暗闇から時放たれた部屋の所々には、大量の栄養ドリンクが置かれている。さらにその家では珍しく、インスタント食品の空き容器が散乱していた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
そしてまるで死体現場のように、仰向けうつ伏せで倒れる女性達と一匹。
その中で一際幼い少女は、ようやく完成させたそれを優しく握りしめた。
「で、出来た。ギリギリだったけど何とか間に合ったぞ」
「ぐ、ぐっじょぶやヴィータ」
「はやて。それにみんなありがとうな」
「リ、リイン達はヴィータちゃんのお手伝いをしただけです。本当に頑張ったのはヴィータちゃんですよ」
「そうだぜヴィータの姉御。……だけどちょっともう体が限界なんで寝るな」
アギトの言葉の後に、一人、また一人と意識を失う八神家一同。
ヴィータもまたそのまま眠りにつきたい気持ちでいっぱいだった。
だがそれよりも今はカイズに会いたい。その思いが彼女の眠気を吹き飛ばす。
「時間はまだ午前八時。あいつの受験時間には全然余裕があるな」
ヴィータは前日にはやてが用意してくれた服に着替えると、顔を洗いうーんと背筋を伸ばす。
そして倒れている家族に決意の声をかける。
「よし、それじゃあ行ってくるなみんな!」
実技試験の前に今の自分の気持ちを伝える。
ヴィータはみんなで作り上げたそれを改めて握り直すと、玄関に向かう。
――――そう、思っていた時だった。
廊下に慌ただしい足音が響くと、シャマルが部屋に駆け込む。
「た、大変よヴィータちゃん!バ、バスが渋滞に捕まって動かないらしいの!!」
「な、なんだよそんな息切らして。だったら電車でもいいし、最悪飛行許可とって飛んで向かえばいいだけだし」
「そ、そうじゃないの。その渋滞に今日の教導の試験を受ける団体が乗ってるらしくて。試験の時間の調整上、一人一人で時間がかかる実技が先になっちゃうらしいのよ!確かカイズ君は直接会場入りグループのはずよね!」
「そ、そうだ。確かあいつのアパートから会場が近いから歩いていくって言ってた。それじゃあ!!」
「正確な時間はわからないけど、それでも下手をすればあと三十分ぐらいでカイズ君の実技試験が始まっちゃうのよ!」
「…………えっ」
カイズの実技試験が始まってしまう。
自分は彼の試験に間に合うことが出来ない。
その事実がヴィータの頭で理解されてしまうと、彼女はその場で膝を突いてしまう。
――――ドクン。ドクン。
高鳴る心臓とともに、掛け時計を見る。
時刻は八時五分。それはあと二十五分で試験が始まることを意味していた。
ヴィータの手から、みなで作り上げたそれが滑り落ちる。それは床に落ちると、甲高い金属音をあげる。
だがヴィータはそれを拾おうとはしなかった。
「な、何だよそれ。せっかく、せっかくみんなに協力してもらったのに。――――あいつに伝える言葉が見つかったのに。……そんなのってねえよ」
結局カイズの力になれない自分がふがいなくて。ここまで手伝ってくれたみんなに申し訳なくて。
ヴィータは唇をかみしめると、ポツポツと涙を流す。
だがそれは仕方がないことであろう。ここから全力で飛行をしたとしても、到着まではどんなに早くても一時間かかる。
カイズの試験時間がたとえ後のほうになったとしても。
きっともう間に合うことはないのだから。
「……何だよ。こんなのありかよ。やっぱりあたしは」
「弱音を吐くなヴィータ。私も主達もそんな言葉を聞くためにここまで手伝いをしたわけではないぞ」
ピンクのポニーテールを揺らすと、シグナムは部屋に入る。そして泣き崩れているヴィータの前にしゃがみ込むと、床に落ちたそれを優しく彼女に握らせた。
「シグナム。……だけどこのままじゃ間に合わないんだよ」
「そんなピンチを補うために家族がいて、そして仲間がいるのだろ。――――私はそれの製作にはあまり協力できなかったからな。もしかしたらという時のために、あいつに頼み込んでおいたんだ」
「頼みこんだ……?」
話の流れが見えてこない。そんな唖然としているヴィータの目の前に、今度は長い金髪の女性が姿を見せた。
「テ、テスタロッサ」
「話はもうシグナムから聞いてるよ。確かに今から飛行しても間に合わないかもしれない。だけどね」
フェイトはそこで言葉を切ると、トントンとつま先で床を叩く。そして力強い眼差しでヴィータを勇気づける。
「だからこそ、絶対に間に合うように私が全力で走るから。そしてヴィータを。そしてみんなで作り上げたそれを必ず送り届けるから。……だからヴィータも諦めないで」
フェイトが手を差し伸ばす。ヴィータは再び目に光を宿すと、涙をぬぐい去り彼女の手を強く強く握りしめた。
そんなヴィータを見て、フェイトは言葉を続ける。
「でもね。一つだけ約束してほしいことがあるんだ」
そう言葉にするフェイトの顔は真剣そのものだった。ヴィータはゴクリと唾を飲み込むと、フェイトの言葉にしっかりと耳を傾ける。
「これからは食堂で胸の話はしないでね。えっと、ちょっと、ううん。かなり恥ずかしいから」
「――――へっ?」
もじもじするフェイトときょとんとするヴィータ。
二人は互いに目を合わすと、同時に頬を緩ませた。
「ああ、わかった。それじゃあ頼むぜテスタロッサ!」
「うん、行こうヴィータ!」
二人は手を取り合うと、部屋を飛び出す。
二人は外にでると、フェイトはデバイスを起動させ金色の閃光と呼ばれたフォームへと姿を変える。
ヴィータは彼女におぶさると、その金属をしっかりと握りしめた。
「しっかり捕まっててねヴィータ!」
瞬間。雷鳴の音がその場に響いたと思うと、二人の姿は全ての人間の目から消えていくのだった。
受験者ごとに分けられた控え室。カイズは椅子に腰おろしたまま天井を見上げていた。
「まさか繰り上げで午前中から実技になるなんてな。……どっちにしても時間の問題だったんだけどな」
カイズは自身の震えている手を見ると、乾いた笑いを浮かべる。
結局、カイズはあれから自分にあったスタイルを見つけだすことができなかった。もちろんこの二週間弱で基礎体力は上がったはずだ。
しかしそれだけだ。
「ベルカ式かミッド式か。……どっちを使えばいいんだ」
机の上に置かれたのは、管理局から支給される一般的な二つのデバイス。次に自分が呼ばれた時には、このどちらかを持って試験に挑まなければいけないのだ。
そう思うと心が憂鬱になる。だが彼を憂鬱にしているのは、何も試験のことだけではなかった。
「試験前にもう一度くらいヴィータさんに会いたかったな。……いや、弱気になるな。必ず試験に合格する。それで大腕振って会いに行けばいいだけじゃないか」
もうここまできたらやるしかない。カイズは目を見開くと覚悟を決める。
「カイズ!」
「――――はい!!」
いよいよ自分の出番がきたようだ。カイズは椅子から立ち上がると、机の上のデバイスに手を伸ばす。
だがそれよりも早く、目の前の扉は開かれていった。
「カイズ!まだいるよなカイズ!!」
「えっ。……ヴィータさん」
現れるはずがない。そう思っていた彼女の登場に、カイズは目を丸くする。
だが驚きは、ヴィータに会えた嬉しさによりすぐに上書きされた。
「ヴィータさん!ヴィータさん!!ど、どうしてここにいるんですか。随分と息もあがってますし、それにここは試験関係の人以外は入れないんじゃ?」
「一応それなりに名の通った教導官だからな。公私混同ってやつだ。そんなことよりもう時間がねえんだ。だから。――――これを持っていってくれ」
ヴィータは大切に大切に握り込んでいた銀色のチェーンのついたネックレスをカイズに手渡す。
カイズはそれを見ると首を傾げる。
だが次の瞬間、目をむき出しにしてヴィータを見た。
「こ、これって、もしかしてデバイスですか!」
小さいながらも、黒く鋭利な棒が二本ついたネックレス。それは八神家と仲間達が一丸となりこの十日間で作り上げたカイズ専用のデバイスであった。
カイズはデバイスとヴィータを代わる代わる見る。
「ヴィータさん、これは……」
「あたしなりにいろいろ考えてみたんだ。カイズを助けるには、カイズの夢を後押しするにはどうしたらいいかって。それがそのデバイスなんだ。も、もちろんぶっつけ本番になっちまうけど、もしそれでもよかったらその――――」
「使います。絶対に使わせてもらいます!!」
その力強い声をあげたのは、果たして先ほどまで沈み込んでいた男と同じであろうか。
もう心配いりませんとデバイスを握り込むと、真っ直ぐにヴィータを見つめる。
『受験番号13番試験会場に来てください』
室内にカイズの受験番号が鳴り響く。今度は間違いなく、彼の試験時間だった。
「それじゃあ行ってきますねヴィータさん!!」
「おう!――――いや、ちょっと待て!!」
「はい?」
カイズは勢いよく踏み出した足に急ブレーキをかける。ヴィータは彼の前に回り込むと、その場でトンと飛び上がった。
「――――ん」
ヴィータの小さな唇が、カイズの頬に触れる。
その行動にカイズは思わずキョトンとしてしまう。ヴィータはそんな彼を見ると頬を赤く染める。だが目を背けることなく、彼を見つめた。
「し、試験。絶対に合格しろよな」
「――――――――――はい!!」
カイズはこの二週間で一番の笑顔を見せると、部屋から飛び出す。そんな彼の背中を見つめると、ヴィータも試験会場に向かうのだった。
「あ、ヴィータ、ここ、ここ」
試験会場を見下ろすことのできる観覧席。先に場所取りをしていたフェイトが、ヴィータの席をポンポンと叩く。
「どう、しっかり渡せた?」
「おう、テスタロッサのおかげでギリギリ間に合ったぜ」
「よかった。あっ、もう始まるみたいだよ」
「…………おう」
ヴィータは正方形の会場に現れたカイズを見つめる。そして祈るように両手を合わせると、彼の成功を願った。
「受験番号十三番です。今日はよろしくお願いします」
カイズは目の前の人物に頭を下げる。その姿を見て、白いバリアジャケットの女性は、柔和な笑みを浮かべる。
「今回実技の試験官になりました高町なのはです。試験の内容は知っての通り、私との模擬戦になります。もちろん試験にあたって私の魔力は受験生と同じBクラスまで抑えられています。――――条件は同じ。あとはどこまで受験生が戦えるかです」
――――パチン。
なのはが指を鳴らすと、ただの正方形だった試験会場がその姿を変える。
フィールドは廃墟のビル街。カイズが事前に練習をしていたものとほぼ同じ作りだ。
相手との距離は近からず遠からず。ベルカにとってもミッドにとっても最良であり、また逆ともいえる距離間だ。
「それじゃあ行くよレイジングハート」
小さな赤い宝玉が彼女の声に答えると、その姿を杖に変えた。
「さあ、カイズ君。そっちも準備していいよ」
「――――はい」
カイズは握っていた二つの小さく鋭い漆黒を見る。この初めて使うデバイスで自分は戦うことができるだろうか。
果たしてぶっつけ本番でこんなことをしていいのだろうか。
そんな不安が頭をよぎる。
「なんてこと、全くないけどな!セットアップ!!」
自分の大切な女性が自分のために作り上げてくれたデバイスだ。その何を疑う必要があるだろうか。
カイズは一抹の不安すら見せずに、デバイスを展開させる。
二つの漆黒は彼の左右に固定される。持ち手が銀色の漆黒の刃。その長さは小さくもなく、中くらいでもない。
しかもそれは左右非対象である。片方が鮮麗された刃ならば、もう片方は真ん中の開いた二股刃である
なのははその二つの刃を見ると、懐かしさに思わず声を上げてしまう。
「カイズ君のデバイス、長さがまるでお兄ちゃんとお姉ちゃんが使ってた小太刀みたいだね」
『高町試験官。試験に関係ない私語は慎んでください』
「あ、ご、ごめんなさい」
頭を下げるとペコペコと謝るなのは。カイズはそんな彼女を見ながら、何度も何度も二つのデバイスを握りしめた。
右側の刃のほうは若干重さがある。それとは逆に、二股のほうは些か軽いか。さてこのデバイスがどう働きを見せてくれるか。
…………信じてますよヴィータさん。
迷いなどない。カイズは力強く二つのデバイスを握り込むと、なのはに目を向ける。
「ん、んん。それじゃあこれから試験を始めます。準備はいいかな」
「はい!」
「ん、それじゃ」
『カウント入ります。5、4、3、2、1初めてください』
アナウンスが場内に響きわたる。
それと同時にカイズは地面を蹴り抜いた。
「ん。ミッド式相手には。特に砲撃の得意な私相手なら接近は常套手段だよね。でもね。この一撃で受験生の半分は落ちてるんだよ」
なのははレイジングハートに魔力を圧縮させる。そしてその砲撃を。――――地面に放った。
爆散する魔力が地面をえぐる。そして弾き出された瓦礫が接近するカイズに襲いかかる。
「ぐっ、これは!」
魔力を自身にではなく、地面に向けるなんて。
短距離砲撃なら避けるという選択肢があるが、これでは。
このままでは直撃する。ならどうすればいい。
不意打ちの一撃にカイズの頭は混乱する。とにかくフィールドを張って、防がなければ。
そう思った瞬間だ。右手のデバイスが電子音をあげたのは。
『砲撃魔導使パターン23です。対処はパターン2でいきます』
「パターン23のパターン2!?」
右手のデバイスはそれだけ言うと、その刃に魔力を込め始める。その魔力は薄く広いものに変わった。
「対処パターン2って。――――そうか!」
カイズはその場で立ち止まることなく、眼前の瓦礫だけを平たい刃で叩き落とす。
「そうだ。瓦礫による攻撃は相当狙わない限り、大きさも狙いもつけることができない。だったら落ち着いて必要なだけ落とせばいいんだ」
『状況終了。通常モードにシフトします』
右手のデバイスは再び黒い刃に姿を戻す。
カイズはその剣を構えると、一気に距離を詰めた。
「うん。これくらいは防いでもらわないとね」
なのはは慌てることなくふわりと後ろに下がる。
「遅い、この速度なら!」
『砲撃魔導使後退パターン2に該当します。迎撃はパターン1か4をお勧めします』
左手に構えた二股の漆黒がそう声をあげると、了承を得ることなく魔力をチャージし始める。
カイズは一見意味不明なその単語を聞いて、今度こそ確信したように頷いた。
カイズはなのはに接近することをやめると、その場で短距離砲撃を放つ。
その瞬間だ。先ほどまでなのはがいた場所に、突然ピンクの輪が現れると、何かを捕らえるかのように一気に締め付けられていく。
「私のバインド読んだ?んん!!」
冷静に分析してる場合ではない。正確に放たれる短距離砲撃をフィールドで止めると、なのはの表情がこわばる。
「どうだったとしても、私は試験官として戦うだけだよ」
なのはは空いている左手を天に掲げる。その瞬間、先ほど放たれた瓦礫がピンク色の魔力に覆われる。
この流れこそが三分の一の受験者を落とした戦闘パターンであった。
「スターダストフォール!!」
魔力に包まれた瓦礫が宙を舞いカイズを囲みだす。だが彼に迷いはない。カイズは不意をついた奇策に慌てることなく。電子音の指示に従うまま、三発ほどの魔弾を空中に待機させ右手の刃を構え直す。
そう、これこそがヴィータがカイズのことを思い彼の長所を伸ばすために作られたデバイスなのだ。
カイズは元々勤勉であり、そうであるからこそ教科書通りの動きしかできず。そしてベルカ式もミッド式もある程度しか使いこなすことができなかった。
だがそれは裏を返せば教科書に載っている動きなら全て対応することができ、基本的なことならミッド式もベルカ式もどちらもこなすことができるということだ。
だからこそヴィータはカイズのために、思考が早いインテリジェンスデバイスを作り上げた。
右手のものがベルカ式。左手のものがミッド式だ。
この二つのデバイスにできることはただ一つ。
デバイス上に記録された莫大な戦闘データに基づき戦闘対処を迅速、そして『勝手に』してしまうことだ。
それゆえに、先ほどからカイズの反応よりも早くデバイスは形状を変え、勝手に魔力を圧縮させているのだ。
普通なら何百とあるうちの迎撃パータンを術者の意思に関係なく行使するデバイスが機能するはずがない。
だがカイズは別だ。彼は教科書通りの基本的な動きしかできないのではない。
基本通りの動きなら、その教科書の隅から隅まで全てに対応することできるのだ。
唯一弱点であった虚をつくような攻撃は、デバイスが全て冷静に判断してくれる。
そしてカイズは下される判断を疑うことはない。
これはヴィータの作ってくれたものなのだから、そんなもの初めから存在してはいない。
だからこそ知識をフル活動し、最速のスピードで全てに対応することができるのだ。
「ウオォォォォォォォォォッ!!」
連続で襲いかかるスターダストフォールを迎撃し、カイズは再び近接を仕掛けていく。
なのはは彼の気迫に一瞬飲まれると、今度は全力で後退していくのだった。