外世界の日常
◆
二人がこの世界で過ごし始めてはや二ヶ月。ここは夢でも幻でもないと認められてから気持ちはかなり軽くなっていた。さらにその期間、この世界の住人との交流も深めていった。
八神堂の台所。はやてとヴィータは肩を並べ料理に励んでいる。
「今ですヴィーラさん、ここで火力を落としてください」
「は、はい、わかりました!」
ヴィータははやてに言われると強火から一気に弱火に切り替える。ここまでくればあとは煮込むだけ。ヴィータはほっと一息着く。そんなヴィータを称賛するようにやてはグッと親指を立てた。
「完璧ですヴィーラさん。これにて八神はやておすすめレシピ中級の伝授は全て完了です。ここまで本当にお疲れさまです」
「こちらこそここまで付き合ってもらって本当にありがとうございました」
ヴィータが軽く頭を下げると、はやては「いえいえ」と手を振る。
「私も改めて基礎を学び直せたからお互い様ですよ。それにここからはいよいよ上級編、最後まできっちり頑張っていきましょう!」
「お、押忍!」
ヴィータは両手で×の字を切ると頭を下げていく。そんな下げた頭をはやてはポンポンと撫でていった。
「もおー、ヴィーラさん本当に素直で可愛いらいし人です。人妻じゃなかったら是非とも八神一家に加わって欲しいくらいですよー」
はやてにとってそれはただの冗談混じりの日常会話であろう。本気でヴィータを八神家に引き込もうとしてないことはもちろんわかる。
だがそれでもヴィータは嬉しかった。初めてこの世界に来たとき、自分とはやては赤の他人だった。さらに自分のいるべき場所にはすでにもう一人のヴィータがいたのだ。
そうであっても、はやては自分のことを認め家族になって欲しいと言ってくれた。それがどんな感情のものであっても、ヴィータには涙がでるほど嬉しかった。だがここで感情的になってしまっては、初対面の時と同じだ。ヴィータもはやてのように冗談混じりのトーンで答えた。
「もしその時は温かく迎え入れてくださいね」
「はい、もちろんです」
ここで泣いてしまうわけにはいかない。ヴィータはにじみ出そうな涙を無理矢理押さえ込むと笑顔を向けていった。
◆
今日は訓練もブレイブデュエルもお休みで公園でデートをしていた。だがヴィータが自販機で飲み物を買っているうちにその予定は狂わされ始めていた。
「お兄さーん、お兄さーん、ごろにゃ~」
普段絶対に出さないであろう自身の猫撫で声に寒気が走る。ヴィータは眉をぴくぴくさせると、カイズに体をすり寄せている小ヴィータに目を向けた。
「おい、小娘何してるんだ」
「げっ、出たな無駄おっぱい! あたしはいまお兄さんと愛を育んでるんだからじゃまするんじゃねえよ! ねー、お兄さーん。あっ、これ今日の調理自習で作ったクッキーです。食べてくださーい」
リボンの包装を解くとクッキーを取り出す。小ヴィータはカイズの返事を聞くことなく口元にぐいぐいと押し当てていく。カイズは困ったようにヴィータの方を見た。ヴィータからすれば他の恋敵が作ったものなど食べて欲しくないだろう。だが見た目通り小ヴィータは初等部三年だ。断ったりしたらそれこそあとがどうなるかわかったものでない。
ヴィータはため息混じりに「いいぞ~」と言う。カイズは口周りがクッキーのカスだらけになる前にそれを口に運んでいった。
「きゃっ、お兄さん。あたしの指は食べ物じゃないですよ」
――――ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾッ‼
声も見た目も何もかも同じ存在の行動で全身にさぶいぼが出てくる。
「(あ、あたしは大丈夫だよな。…………だよな??)」
もしかしたら日頃の行いを改めないといけないかもしれない。そんなことを思いながらも、きっちりカイズと小ヴィータの間に割って座る。
小ヴィータは見るからに不満そうな顔をする。しかしそんなことなど意に介さず、ヴィータはスッと左手を構える。そして薬指の結婚指輪をこれでもかと言うほど見せつけた。
「ぐっ、ぐぐぐぐぐ‼」
悔しがっている自分と全く同じ顔を、ヴィータは勝ち誇ったように見つめていった。
「むっか! お兄さんと結婚してるからっていい気になってるなよ! ブレイブデュエルで勝負しろ! どっちがお兄さんに相応しいか証明してやるからな‼」
小ヴィータは一方的に因縁をつけるとそのままズンズンと歩いていく。こうなってしまってはもう何を言っても聞かないし、行かなかったら行かなかったで後が怖い。
「これで今日のデートはお終いか~~」
ヴィータは大きくため息をつくとカイズを見る。カイズは困ったような顔をしながらも、ヴィータに手を差し伸べる。二人は小ヴィータに気づかれないように手を握りながらその後についていくのだった。
◇
「(恭也さんどうしたんだろう?)」
カイズがそんなことを思ったのは今日の訓練を終えた頃だ。訓練中はそれどころでなく気づかなかった。だがハンドタオルで汗を拭く恭也は心そこにあらずに見えた。
聞いてみるべきだろうか、それとも触れない方がいいのか。カイズが悩んでいると、恭也が意を決したように口を開いた。
「いきなりこんなことを聞いて申し訳ないと思うのですが。………女性は何をプレゼントされたら喜びますかね」
「女性ですか。…………おおっ」
恭也の口から女性の話が出てきたことに、疑問や驚きよりも感嘆の声があがってしまう。だがこのルックスに性格だ。ガールフレンドがいてもおかしくはないだろう。
「(恭也さんは行き詰った俺に手を差し伸べてくれた。いま役に立たなくていつ役に立つんだ!)
カイズは思考をフル回転させる。
「学生同士ならそこまで変なものでなければ、いや、変なものだったとして結構笑って受け入れてくれるとは思いますけど。ちなみに趣味は何わかったりますか?」
「趣味というか、その領分を越えて本気で機械弄りをしていますね。あとゲームもかなり得意みたいで。ただ俺はアナログな人間なのでどちらもあまり詳しくはないんですよね」
「恭也さんの趣味は盆栽とか囲碁ですもんね。……えっ、凄いですね。かなり真逆に見えますけど」
「確かにそうですね。……正直俺は感情を表に出すのがあまりうまくありません。逆に彼女は元気で笑顔を絶やさない女性で。その明るさにはいつも助けられています」
「おおっ……!」
再び感嘆の声を上げてしまう。きっと恭也にはその気はないのだろうが、彼が惚気を言うとは思わなかったからだ。普段無表情な分、照れ笑いが何とも愛らしい。男のカイズがそう思うのだから、きっと甘いマスクにその女性も落とされてしまったのだろう。
カイズが言葉を出せないでいると、恭也が言葉を続ける。
「それに彼女、かなりの資産家で大体のものは手に入れられると思うんですよね。だから俺自身どうしていいのかあまりわからなくて」
「あー、うーん、なるほど、そういう感じですか。いやー、それは男にとって結構プレッシャーですよね。……えーっと、まず言えるのが、機械関係やゲーム関係のプレゼントはやめたほうがいいと言うことです」
「えっ、そうなんですか?」
「普通の学生なら相手の趣味に合わせたもので全然いいと思うんですよ。ですが剣術をここまで鍛え上げた恭也さんが、『趣味の領分を越えて本気で』って言っているってことは、それこそ学生レベルを越えていると判断します」
「そうですね。疎い俺でも分かるレベルです」
「そこまで本気だとそれに見合った道具やアイテムをすでに持っていると思うんですよね。例えば恭也さんが剣術をしているからって、プレゼントにサーベルを渡されても困りますよねえ。でも彼女からのプレゼントだから何とか使ってあげたい。しかしそれではパフォーマンスが落ちることになり、お互いにギクシャクしちゃうと思うんです」
「…………なるほど、凄く分かりやすい例えです」
恭也がここまでの話を飲み込んだことが分かると、さらに話を続ける。
「ちなみに恭也さんの彼女はブレイブデュエルをしたことはありますか?」
「いえ、彼女の妹はもう常連らしいですけど、彼女自身はまだ行ったことないと思います」
「だったら彼女を誘って二人でブレイブデュエルを初めて見てもいいかもしれないですね。体を動かすことが得意な恭也さん。そして機械弄りとゲームが好きな彼女さんにしてみれば、最新技術の集合体みたいな存在は凄く刺激になると思うんですよね」
「それは…………そうですね、喜んでくれそうです」
その姿を想像したのだろう。恭也は納得のいったような顔をした。最後にカイズは自身の左薬指の指輪を見せた。
「二人とも学生だから指輪って訳にはいかないですけど。デートの終わり際に普段使いでも邪魔にならないプレゼントしてあげるといいと思います。ネックレスでもキーホルダーでもストラップでも、あっ、でも腕時計とか髪飾り、バック、財布とかは好みがでるからNGで。……まあここまで話しましたが恭也さんからのプレゼントなら何だって喜んでくれそうな気もしますけどね」
恭也が選んだ女性なら実際にそうなのかもしれない。だがそれで納得できるなら彼自身相談することはなかっただろう。自分に言えることは全て伝えた。カイズは伺うように恭也の顔を見る。
「――――ありがとうございます!」
霧が晴れたように表情が明るくなる。恭也はスッと手を差し出した。カイズも手を差し出すと、ガッシリと力強く手を握られる。役に立てたのなら幸いだ。カイズもまた力強く手を握り返してくのだった。
二人はこちらでの生活が段々と日常に染まりつつ過ごしていく。そんな生活に光明が指したのはさらに一ヶ月後だった。