◆sideヴィータ
魔法のことを含めてこれまでの出来事をアインスに伝える。その全てを彼女は受け止めてくれた。その後、アインスの提案を聞いてヴィータは「あ~~」と頭を掻いた。
「確かに魔法はなくても機械技術は進んでるもんな。ってか、未来から人が来てるって。……これならうだうだ考えないでもっと早く相談すればよかったな~~」
「私はそうでもないと思うよ。早い段階で打ち明けられても、全てを受け止められたかはわからないからな。今の信頼関係があるからこそ話がうまく進んだ。私はそう思うよ」
「それはそうなんだろうけどよ~」
「それにな」
アインスはそこで言葉を止めるとベンチから立ち上がる。そして数歩前に進むと話を続けた。
「この世界に迷い込んだヴィータには悪いと思う。だがヴィータと過ごせたこの数ヶ月間は本当に楽しかった。目の前にいるヴィータとの別世界での記憶はない。だがこの心に宿る思いが、またヴィータと過ごせて嬉しいと叫んでいるんだ。ヴィータはどうだった?」
「あたし、あたしは…………」
この世界に初めてきたときは困惑と苦しさしかなかった。自分が成し得ることが出来なかった幸せを見せつけられ、自分でない自分がそこにいる。大切な人たちがそこにいるのに、その輪に自分がいない。それが本当に、本当に、胸が引き裂かれそうなほど辛かった。
これが幻術やマインドコントロールならどれだけよかっただろうと何度も思った。それならこんな景色を見せる奴に怒りをぶつけることができたからだ。だけどこの世界が実際に存在しているものと知り、この街で生活し、そして八神堂の皆と触れあって気づくことができた。
ヴィータもベンチから立ち上がると、アインスの隣まで歩いていく。お互い顔を見ることなく、降りしきる空の雪に目を向けた。
「あたしは。……あたしも悪くなかった。いや、はやて達に囲まれて、幸せに暮らすアインスを見られて本当によかったって思ってる」
あの雪の日。全ての咎を受け入れてアインスは空へと還っていった。その時の彼女の気持ちを考えたら、どうしてもこの世界を受け入れることが出来なかった。だが今は違う。あの時はそれが最良であり、空に還ったアインスには一片の後悔もなかったはずだ。そして今目の前にいるアインスは空に還ったアインスとは違う存在だ。
八神リインフォースアインスとしてこの街に生きる彼女は、この世界に確かに存在し、その声、その瞳、その髪、全てが彼女と同じなだけで、全くの別人なのだ。
過去は決して変えることが出来ない。それは闇の書と共に多くの罪を犯してきたヴィータだからこそ深く胸に刻みつけている。
ヴィータの知っているアインスは全てを受け入れ空に還った。この世界のアインスは八神家に囲まれ幸せに過ごしている。たったそれだけのこと、それは初めから比べるべきものではなかったのだ。
「むしろ幸せに暮らしてるアインスの姿を見れてラッキーってぐらいだよな」
「ん、何か言ったかいヴィータ?」
「いいやー、何にもー」
自分の知っているアインスのことは目の前のアインスには関係ないことだ。ヴィータは晴れやかな気分で空を見上げる。するとその心に呼応するかのように雪が止み、朝日が登り始めた。
まばゆい日差しに照らされながら、アインスは申し訳なさそうに、そして困ったように笑みを浮かべる。
「本当は私も一つ打ち明けようと思っていたんだ。そのためにプライベート筐体とこのステージを用意していたんだ」
アインスがその場で手をかざすと一枚のカードが現れる。さらにそれは本のページの切れ端のようなものに形を変えていく。それは温かい不思議な紫色の光を放っていた。
「ヴィータの話を聞いて合点がいった。八神堂の前でヴィータと初めて出会った日の夜、私のデッキケースにこのカードが追加されていたんだ。シードがどういうものか私には分からないが、多分これがそうなんじゃないかと思うんだ」
そこまで言うとアインスは切れ端を柔らかく握り込む。
「ヴィータと出会ってこの切れ端が現れてからだ。私でない私が、私の知らない八神家と一緒にいる映像を見るようになった。それがただの夢なのか、この切れ端が見せていたのかはわからない。ただヴィータとこれには何か関係がある。それだけは無意識でも理解していたんだ」
「アインス……?」
言葉を放ちながらアインスは目をギュッと閉じる。そしてそのまま話し続けた。
「本当はもっと早くに打ち明けるつもりだったんだ。だけどどうしてだろうな。ヴィータと過ごす毎日が楽しくて、また明日、また今度、そのうちにとドンドン先延ばしになってしまった」
アインスは力なく首を横に振る。
「……怖かったんだ。このカードを渡してしまったら、何かが終わってしまいそうで。ヴィータは本当に困っていたのにすまなかった」
アインスは目に涙を浮かべながら深々と頭を下げる。そんな縮こまってしまったアインスの体をヴィータは優しく包み込んでいった。
「今までとは逆だな」
「ヴィータ?」
「泣くなよアインス。アインスが悲しんでると、あたしも悲しくなっちまうからよ」
「――――あっ」
それはあの夜、アインスがヴィータにかけてくれた言葉だ。
誰が悪いわけではない。たまたま同じ日に全てを打ち明けようとして、ヴィータが口を開いたのがほんの少しだけ早かっただけだ。
アインスが顔を上げると、ヴィータはその涙を指で拭う。そして朝日のように目映い笑顔をアインスに向けた。彼女はその笑顔に応える言葉を見つけられない。だからこそヴィータの気持ちの応えるように、アインスもまた最高の笑顔を見せるのだった。
◆
それから少しの間、この三ヶ月間のことを話していた。ブレイブデュエルを教えてもらったこと。アインスの学校までよく一緒に歩いたこと。八神堂で料理の特訓を受けているとき、一緒にはやてに手ほどきを受けたこと。
だがこの平行世界に来てからヴィータは主に元の世界に戻る方法を探していた。アインスもアインスで、夢のため、八神堂のために懸命であった。たった三ヶ月、思い返してみると二人の思い出は数えるほどしかないのかもしれない。だけどこの海鳴市はアインスとのことを既に数えきれないほどあった。何よりもう二度と見れないと思っていたアインスの笑顔を何度も見ることができた。これ以上の幸せはないであろう。
「(本当はまだこの世界にいたいくらいなんだけどな)」
だがそれは甘えだ。今のところ元の時空との時差も相まって危険を感じていない。だがいつロストロギアが暴走するかも分からない。それこそこのタイミングを逃したら最悪の事態もあるかもしれない。
「(それに、いつまでも皆に心配かけるわけにはいかねえしな)」
この時空のではない。自分の帰る場所にいる、はやてやなのは達の顔を思い浮かべる。特になのははこの海鳴市の視察を勧めたことから責任を感じているだろう。皆に幸せをくれるあの笑顔を曇らせたままでいたくなかった。
ヴィータは手のひらを差し出す。それとほぼ同時にアインスも握っている手をヴィータに向けていた。アインスは悲しそうな目を向ける。
「このページの欠片が現れてから私は私でない記録の断片を見るようになった。もしかしたらこれを手放すことで私の中にあったものがぽっかり消えてしまうのかもしれない」
寂しそうに話ながらも小さく微笑んでみせる。そして弱々しくも確かな思いを乗せて言葉を続けた。
「だけど私とヴィータの日々は決して色あせることはないと思う。二人で過ごした三ヶ月はただの記録でなく、確かな記憶なんだから」
「ああ、きっと何も変わらねえよ。この三ヶ月、あたしと一緒に過ごしてたのは誰でもない。目の前の八神リインフォースアインスなんだからな」
互いに見つめ合うと小さく頷きあう。アインスは握り込んでいた手をゆっくりと開く。そしてページの切れ端をゆっくりと落としていった。それは風にさらわれることなく、ヴィータの手のひらに落ちていく。そして降りしきる雪のようにその手にとけ込んでいった。
一呼吸おいてアインスは不思議そうに目をぱちくりさせる。そしてキョロキョロと辺りを見回した。
「あれ、このフィールドは、えっと。……『ヴィーラ』私はどうしてここにいるんだろうか?」
その呼び方で全てを理解する。だがそれだけだ。落ち込むことなど何もない。ヴィータは広げていた手のひらをギュット握りしめた。
「私のためにアインスがプライベートルームを用意してくれたんだよ」
「そう言われてみれば、そうだったような? えっと、何か人には聞かれたくない話なのか?」
「人に聞かれたくないと言うか、まずアインスに聞いて欲しいって感じかな。――――これから話すことはちょっと信じられない話かもしれねえんだけどよ。それでも最後まで聞いて欲しいんだ」
ヴィータは申し訳なさそうに頼み込む。そんな彼女を見てアインスは髪を大きく揺らしながら何度も首を横に振った。
「もちろん最後まで聞くに決まっているさ。それに悲しいこと言わないでくれ。ヴィーラの言葉なら、私はきっと信じることが出来るはずだ」
そんなアインスの返答を聞いて、ヴィータはほほえみを浮かべた。
「ああ、やっぱり何も変わらないな」
「……ヴィーラ?」
「いや、何でもねえ。でよ、その話なんだけどさ」
例え記録を失っても記憶はアインスの中に残っている。ヴィータは変わらない確かなものを感じながら、ことの事情を再びアインスに説明していくのだった。