最高の前座
◇
八神堂の地下ブレイブデュエル施設は、冷めることない熱狂に包まれていた。多くの観客が今か今かと待ち望むなか、始まりを告げるために八神はやてが高台に立つ。
おへその見えるチアリィーディング姿の彼女は、短いポニーテールを揺らしながらマイクを構えた。
「みんなあああああ、盛りあがっとるかーーー‼」
『おおおおぉぉぉぉぉっ‼』
「血が沸き肉躍る熱い戦いを見たいかーーーー‼」
『おおおおぉぉぉぉぉっ‼』
はやての一挙一動に会場のボルテージは上がり続ける。そんな会場の様子に、待機中カイズは少し尻込みしてしまった。
「いやー、告知から開催まで一週間しかなかったのに。……めちゃくちゃ人が集まりましたねアインスさん」
「何と言ってもヴィーラとカイズ君のお別れ会でもあるからね。それだけ二人が人気だってことだよ」
「いやいや、ヴィーラさんはともかく俺はそうでもないと思うんですけどねー」
まあアインスなりに気を使ってくれているのだろう。あまり突っ込んでも困らせてしまうので、これ以上野暮に聞くことはなかった。
◇
アインスからシードを受け取ってから一週間。今まで問題視していたことはあっさりと解決の兆しを見せていた。
まず受け取ったページの欠片。解析の結果これはこの世界には存在し得ない物体であることが分かった。
次に解析に当たってくれたグランツ研究所、並びにこの世界のスカリエッティの協力により平行世界の座標の割り出しに成功。元の世界へ連絡と協力の取り付け、渡航がめどが立った。
以前高町ヴィヴィオを未来へ帰すときの機械がそのまま転用出来るとのことであり、準備期間は何と一週間。あまりにもトントン拍子に話が進み二人はめまいを感じるほどだ。
そして今日はその六日目。明日の時空旅行を前に、はやてに呼ばれた二人は八神堂に来ていた。そしてあれよあれよと誘導されるままに、ブレイブデュエルの二大マッチをメイキングされたのだ。
「お別れ会がしたいと言われましたけど、いやいや、はやてさんには一本取られましたよ」
「気を悪くしないで欲しい。きっと我が主なりの、ここであったことを忘れないで欲しいというメッセージだと思うんだ」
「もちろん分かってますよ。この平行世界で二人で心細い中、八神堂さんには本当にお世話になりましたからね。むしろ最後にこんな大きな催しを開いてくれて感謝してますよ」
さらに自分たちの頑張りで八神堂が盛り上がるならこれ以上に嬉しいことはない。控え室で待っているヴィータもきっとそう思っているであろう。カイズは場の空気に飲まれないようにと深呼吸をする。
「さてそれじゃあヴィーラさんの前座として盛り上げてきますか」
「前座ではないさ。間違いなくカイズさんも今日の主役なんだから」
「いえいえ、周りの皆がそう思っていたとしても、やっぱりこの物語の主人公はヴィーラさんだと俺は思うんですよ。だから前座って言うのは俺の中では間違ってないんです」
「そ、そうなのか…………」
キリッとした表情で前座発言をするカイズにアインスは少し困惑してしまう。だがカイズの言葉はそこで終わらない。力強く手を握りしめると決意の眼差しで言葉を続ける。
「そして盛り上げるって気持ちにも嘘偽りはありません。……俺はここで得た全てを出し切って観客を盛り上げて見せますよ」
カイズは反対側のスペースで待機している人物に目を向ける。そこにいるのは腰まで届く紫のポニーテールの女性、八神シグナムだ。シグナムは向けられた視線を感じ取ったのか、鋭い眼光でそれに応える。
ヴィータとカイズのためのイベント。だが勝負には一切手を抜くつもりはない。そう訴えかける表情を見て、望むところだと視線で応えた。二人が火花を散らしているのが高台のはやてからは見えたのだろう。準備も万端だと分かるとマイクを高く持ち上げた。
「それでは本日の第一試合選手入場や! どんな小細工も関係ない! 全ての敵は接近からの一刀両断! 我が剣に断てぬ物なし! 赤コーナー烈火の将シグナムー‼」
『オオオオオオオォォッ!』
舞台裏からシグナムが現れると施設が震えるほどの歓声があがる。男女問わずであるが、やはり男性からの人気が頭一つ抜けているようだ。
しかし熱狂的な観客にシグナムが目を向けることはない。すでに臨戦態勢、周りは目に入っていないようだ。
「対するはこの一ヶ月メキメキと頭角を現し今や上位ランカー! 力づくなどもってのほか、計算し、戦術を立て確実に勝利を掴んでいく。青コーナーミッドベルカの二刀流カイズーー‼」
はやての紹介でカイズが舞台へと顔を出す。だが先ほどの盛り上がりとは違い、場は少しクールダウンしているようだ。
「(いやまあ、ここまでアウェーだと逆に清々しいよな)」
観客はシグナムの勝ちを望んでいるし、予想しているのだろう。だがそんなことは関係ない。シグナムと同様に真っ直ぐ前を見る。その時だ、観客から向けられる殺気に思わず振り返ってしまう。
「…………恭也」
視線が合うと恭也は一度大きく頷いた。
「(ああ、そうだ。こんなプレッシャーに圧されているようじゃ、この三ヶ月に申し訳が立たない。周りは関係ない。俺は俺の出せる全力を尽くすだけだ)」
気持ちを新たにカイズが筐体に近づいていく。だがそんな緊迫した状況を崩すように、はやては「こほん」と咳き込んで見せた。
「えーっ、皆さんにお伝えがあります。次の試合の準備のためヴィータとヴィーラさんは控え室におります。そして試合の映像はモニターされていますが、会場の様子は二人に届くことはありません。……それでは改めて青コーナーからカイズさんの入場です‼」
『キャアアァァァァッ! カイズさああぁぁぁん!』
『もっと海鳴市にいてええぇぇぇっ!』
『デバイスの使い方手取り足取り教えてくださーい!』
先ほどとは打って変わって黄色い声援が会場をこだまする。これはいったいどういうことか。カイズは「えっ、ええっ!?」とはやての方を見る。
「知らなかったと思いますけど、カイズさん女性の方からかなり人気があるんですよー」
「そ、そうなんですか?」
「そうですよー。失礼ながら見た目は少し軽そうに見えますけど、その実愛妻家でヴィーラさん一筋。たまに見せる無垢な少年の笑顔は子供、大人問わず、射抜かれた女性が多いみたいですよ」
全くの初耳である。カイズはまだ現状を受け入れられないでいた。
「えっ、ええー、いや全く気づきませんでしたけど」
「それはそうです。だって普段はおっかない二人が常に目を光らせていましたからねー」
「…………あー、はは、なるほど」
大と小の赤髪の姿が目に浮かぶ。きっと自分の知らないところで、周りにとてつもない威圧をかけていたのだろう。
カイズは多くの歓声を受け取ると客席へと目を向ける。本当はシグナムように試合に集中するべきなのだろう。だがこの世界において、ただの異端であった自分がこんなにも多くの人に認められている。その事実がただ、ただ、嬉しかったのだ。
「(それに集中するだけが戦いじゃない。広く、深く、視野を持つんだ)」
心を新たに筐体へと近づく。扉が開き二人が入ったのを見ると、はやては解説を始めた。
「第一試合はデッキ、並びにコストを同一化したレベル統一戦! カードの選択肢が少なく、プレイヤーの力量が決定的な差になるガチバトルになっています! さあー、二人とも準備はええかー!」
はやては天に手を挙げ。
「ブレイブデュエル、スタートや!」
その手を勢いよく降ろしていくのだった。