二人のヴィータ
◆
『ウオオオオォォォォッ!』
控え室に届くほどの大歓声が聞こえる。モニター越しに試合を見ていたヴィータはグッと手を握り込んだ。
「カイズ、本当に強くなったんだな」
自分以外の師に少し焼き餅を焼いてはいた。だが恭也との訓練にかまけず、カイズはヴィータの訓練もしっかりこなしていた。
この時空に迷い込み二人に出来ることはあまりなかった。と同時に、ここでは元の世界のように事務の仕事をこなすことも、教導に赴くこともない。だからこそカイズは時間を無駄に浪費せず、その全てを自己研鑽に回したのだ。
「カイズらしい無駄のない時間の使い方だよな」
そしてその成果はしっかりと目に焼き尽くさせてもらった。次は自分の番だ。ヴィータは両頬をパシンと叩くと「よしっ!」と立ち上がる。
そして同時に控え室のドアがノックされる。
「そろそろ出番だが、どうだいヴィーラ?」
ドアの隙間からアインスが顔を覗かせる。ヴィータは左手の平に右拳をバシンと当て、ぐっと顔を引き締めた。
「いつでも大丈夫だぜアインス!」
「ふふ、準備万端みたいだな。あっ、そうだ、前に言われた物が手に入ったのだが。……もう今更かな?」
アインスはデッキホルダーから一枚のカードを取り出す。ヴィータはそれを受け取ると絵柄を見た。
「あー、頼んでたこれか。確かにこの大舞台でぶっつけ本番って訳にはいかねえかもなー」
しかしそれだけではないとヴィータはバツの悪い顔をする。
「……あとこれ使うのはカイズの了承もらってからのほうがいいんだよなー。このカードは本当に危険だって口を酸っぱく言われてるし」
「まあ確かにリスキーなカードではあるが、っとそろそろ移動しないと」
「とにかくありがとうなアインス。カードの入手を頑張ってもらった代わりに、この試合はしっかり盛り上げるからよ」
「楽しみにしているよ。私は立場的にも気持ち的にもどちらかに肩入れすることはできない。だからこそ二人の健闘を祈っている」
「ああ、それで十分だ」
ヴィータは受け取ったカードをデッキケースにしまう。そしてアインスの後に付いていき、決戦の舞台へと向かっていった。
◆
司会者特設ステージに再びはやてが立つ。彼女は先ほどのチア衣装とは変わり、紺色の長袖ジャージの上着と青いブルマ姿にお色直ししていた。ボンボンの代わりに、黄色いメガホンを手に持ちはやては観客へと声を放つ。
「燃え上がるような熱い戦いをみたいかーーー!」
『オオオオオォォォォッ!』
「最強のハンマー使いが誰か知りたいかーーーー!」
『オオオオオオオオオォォッ!』
「あどけなさが残る可愛い少女とセクシーで大人なお姉さんが好きかーーーーー‼」
『ウォオオオオオオオオオオオオオオォォォッ‼』
「私もやーーーーーーーーーー‼」
カイズとシグナムの決着よりも大きな歓声が会場から巻き起こる。はやては「うんうん」と力強く頷くと舞台端に手を差し向ける。
「それでは第二試合! 赤コーナーから来るのは八神堂の、いやこの商店街のアイドル! しかしその正体はブレイブデュエルロケテスト個人戦ランキング五位の大トップランカー! 彼女に砕けぬ物など何もない、鉄槌の騎士ヴィータの登場やーーーーー!」
『ウオオオオオオォ! ワアアアアアァ!』
小ヴィータはぐっと握りしめた手を掲げながら中央へと歩いていく。その姿を見て老若男女、特に子供やお年寄りの声がとどまることなく上がり続けた。
「続いては青コーナー! この八神堂に彗星の如く現れた超ド級の大型新人! たった三ヶ月でトップランカーに名を連ねた実力は伊達ではない! オールランド? いや全ての技能がトップクラスで特化型! 赤い流星ヴィーラの登場やーーー!」
『ウオオオオォォォ! キャアアアアァ!』
小ヴィータと違い太い声援や黄色い声援が濃く響き渡る。その声を聞いてヴィータは笑みを浮かべた。
「(ああ、はやて達だけじゃねえ。カイズ以外誰もいないと思ってたこの場所で、あたしはこんなにも認めてもらってたんだな)」
その声援に応えるようにヴィータもまた腕を掲げる。
二人は舞台の中央に立つと固い握手を交わす。その姿に観客は大いに盛り上がった。そしてその大歓声をいいことに、小ヴィータはヴィータにだけ聞こえるように声を上げた。
「お兄さんにとってあたしは可愛い可愛い女の子なだけだ。結局その心を射止めることはできなかった。……いや、そんなお兄さんだからこそあたしは好きになったんだと思うけどな」
「ほう、あいつのことよくわかってきたじゃねえか」
「だからよっ!」
小ヴィータはギチギチとさらに固い握手を交わす。さらに今まで見たことのない本気の眼差しでヴィータを見た。
「この勝利をお兄さんに捧げる。あたしのことを絶対に忘れないように、全力で叩き潰してやるからな!」
「…………望むところだ」
ヴィータも握る手に力を込める。二人はバチバチと火花を散らすと同時に背を向けた。そして互いに筐体へと入っていった。
はやては二人の姿を確認すると、メガホンを口に添える。
「それじゃあルール説明や! ヴィータは随分嫌がってたみたいやけど、今回はイベントの主役ヴィーラさんたっての願いにより通常のレギュレーションルールでバトルが行われるで! 今までのステータスとカードがそのまま全て使える。つまりプレイヤーのレベルとデッキコスト上限、そして所持カードがそのまま戦力になるってくるわけや! キャリアの差から必然的にヴィータが有利やけど、それだけで勝てるほど甘くないのがブレイブデュエル! 二人の活躍に注目や! それじゃあカウントダウンいくでーーー!」
『スリイイィィ!』
「ツウゥゥゥゥ!」
『ワアァァァン!』
「試合、開始や‼」
◆
歓声が聞こえなくなると共にVRステージに転送される。ヴィータはすぐ辺りを確認し始める。
「市街地C、カイズ達と場所は一緒か。さていっちょ頑張るか」
ヴィータはグラーフアイゼンを担ぐとゆっくりと歩き始める。慌てることはない。この戦いは1on1、遅かれ早かれ小ヴィータとはすぐに接敵するはずだ。
「あたしがこの世界に出来る恩返し、それはきっと、今このときこの瞬間なんだろうな」
この三ヶ月間、八神堂に通い続けたヴィータだからこそ深く理解している。以前にも感じてはいた。八神堂は実力派揃いのメンバーであるが、なにぶんログイン率が低い。多くが大学や専門学校に通い、それぞれの夢のため一番大切な時間を過ごしている。そんな彼女たちだからこそ仕方のないことであろう。それははやても同じだ。社会人一年目の彼女はその小さな体で古書店とブレイブデュエル運営の二枚看板を背負っている。
八神堂のこれからの繁栄を考え何が出来るかと考えた。その答えは八神ヴィータのレベルアップであるとヴィータは思った。
ランキング的に小ヴィータは間違いなく八神堂のトッププレイヤーだ。だが子供ながらの粗削りなところも多く見られた。しかしヴィータが戦術を教えると言っても素直に聞く玉ではないことは重々承知だ。
「だからこそハンデのある状態であたしがどう戦うかをいろいろ学んでもらえたら嬉しいんだけどな。…………そろそろお出ましか」
廃ビルを派手に壊しながらこちらに近づいてくる。考えるまでもなく小ヴィータであろう。
「真っ向勝負は悪いことじゃねえ。実際シグナムもそうだしな。だけど臆さないっていうのと、無謀ってのは全然違う」
考えて戦うことを覚えれば、小ヴィータはまだまだ強くなることが出来る。それを教えるためにわざわざこのルールを選んだのだ。
目の前の廃ビルが粉砕され砂埃があがる。だがそこに紛れる赤い陰をヴィータは見逃さなかった。
「相手がどこにいるかわからないのに、無鉄砲すぎるんだよ!」
振り抜いたグラーフアイゼン越しに確かな手応えを感じる。
「なっ、ぐっ!」
だがそれはあまりにも弱い手応えだった。砂埃が晴れるとその正体に目を疑う。
「紅い魔法弾!」
確認したのもつかの間、等身大の魔法弾がその場で大きく膨らむ。ヴィータは瞬間的に手を構えるとプロテクションを展開した。
「ぐっ、ううううっ!」
巨大な魔力の爆発に吹き飛ばされそうになる。だがここで体勢を崩すわけにはいかないと、軸足に力を込めた。
「狙い通りだーー‼」
そのタイミングを逃しはしない。そう言わんばかりに空から小ヴィータが急降下してくる。この状態では避けることが出来ない。ヴィータはグラーフアイゼンを上部に構える。
「うおらあああああぁぁぁっ!」
「はあぁぁぁぁぁぁっ!」
二つのグラーフアイゼンがぶつかり合い甲高い金属音を上げる。だが力が拮抗したのはほんの数秒だけだ。
「――――ッツ!」
小ヴィータの方がデッキレベルが高い。さらに両手でしっかりと構え、急降下による勢いを乗せた完璧な攻撃だ。故に負ける道理がない。このままではまずい。そう直感的に感じ取ると、ヴィータはプロテクションを解除した。
「ぐっ、あああぁぁぁっ!」
魔力の爆風に飲み込まれると全身にダメージが入る。だがその爆発を利用し、その場から大きく離脱することが出来た。
「(結構いいのもらっちまったな)」
そんな逃げかたをしてただで済むわけがない。魔弾の爆風、そして離脱の際、胴をかすったグラーフアイゼンの一撃で、かなりのHPを持って行かれたことを確認する。
小ヴィータの一連の動きを見て、ヴィータは素直に賞賛の声を上げた。
「驚いたぞ、まさかこんな戦術を考えて来るなんてな」
ヴィータがそう言うと小ヴィータは「ふふん」と得意げな顔をした。
「あったりまえだろ。これはお兄さんが考えてくれたとっくべつな作戦なんだからなーー!」
「………………へっ?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。ヴィータは何もない空に目を向ける。そしてその視線の先でカイズが土下座をして謝っている姿を見た気がした。
「(ああ、そうか。八神堂のために何かをしたいって気持ちはあたしも、カイズも同じ。そしてその方法も全く同じって事か)流石あたしの旦那様だよ」
小ヴィータとのステータス差は歴然。さらに相手には戦術が授けられている。これでは教えるどころか完敗の可能性も見えてきてしまった。だがそれでは駄目だ。ここでボロ負けしてしまっては、彼女に大切なことを教えられない。
ヴィータはグラーフアイゼンを構え直す。そして先ほどまで心のどこかで持ち合わせていた慢心を完全に捨て去る。そしてこの場から全力で離脱していくのだった。