「まだあいつは来てねえか」
試験から三日後の今日。ヴィータはトレイを手に持つと、いつもの指定席に腰を下ろす。
すると、それに合わせてコバルトブルーの女性が彼女の対面に座った。
「こんにちはヴィータさん。随分と長い休暇だったみたいですけど、お加減いかがですか?」
「シンドウさんか。別に体調が悪くて休んでたわけじゃねえから、なんともねえよ」
「それなら何よりです」
そう言葉を交わすと二人の間に沈黙が生まれる。だが以前のような居心地の悪さはなかった。
それはヴィータ自身が答えを見つけたからだろう。
「カイズはこれからも教導の道を歩むってよ」
「へぇ。彼が体を動かすことに向かないってわかってても、それでもその背中を突き落とすっていうんですか」
「……これは受け入りだけどな。結局向く向かねえとかそんなの関係ねえんだよ。もう向かないからって相手の夢を変えさせようとは思わねえ。――――そんなことより、相手に寄り添ってその背中を押してやる。それがあいつの恋人であるあたしの役目だって気づいたんだ」
キッパリと言い切るヴィータ。その真っ直ぐな眼差しをみて、サクヤは「ふぅ」とため息をつく。
「ええ、そうですよ。それが彼のためなら例えどんなことだろうと、寄り添ってあげる。それが彼の隣にいるものに出来ることなんです」
「シンドウさん?」
「そういえば彼の試験のためにデバイスを作ってあげたらしいですね。で、そのおかげで試験も好評価だったとか」
「まだ結果はでてねえけどな」
「でもまさかたった十日間で彼にデバイスを作るなんて。――――随分と遠回りなことしましたね」
「何だよ。遠回りって」
実際彼の特性を見いだし、あのデバイスがなければテストも散々なものだったはずだ。
それはカイズも認めるほどであったがただ一人、サクヤだけはそれは違うと声を出す。
「カイズ君は別に新しいデバイスなんてなくたって試験を合格してましたよ」
「新しいデバイスなしって。ど、どうやってだよ」
「それは簡単ですよ」
サクヤはにこりと笑みをこぼすと、ヴィータを指さす。
「あ、あたし?」
「ええ、そうですよ。そんな回りくどいことしなくても、カイズ君が大好きで大好きで堪らないヴィータさんが『合格したらいっぱいエッチなことしてやるぞ』なーんていえば、死ぬもの狂いで合格したはずですよ」
「――――ブッ!な、な、なな!!」
「あら真っ赤になって。本当に可愛い人ですねヴィータさんは。でもその調子だとまだエッチなことはしてないみたいですね」
「わ、悪いかよ!」
「いえ。…………正直いうと羨ましいですね」
「えっ?」
体を求められていないことのどこが羨ましいのだろうか。ヴィータは頭に疑問符を浮かべると、サクヤは深いため息をつく。
「だってカイズ君。学生の頃は付き合った女の子に次の日にはやろうやろううるさくて。どの子にもそんな対応してるから、本当に自分に興味があるのかって疑心暗鬼になっちゃうほどなんですよ。――――そんな彼がまだ手を出してないなんて。ヴィータさんは本当に大切にされてると思いますよ」
「お、おう…………」
何だろう。この前話した時とは違いサクヤの口調には攻撃的な面がみられない
ヴィータは不思議そうにサクヤの顔を覗くと、彼女は小さく頭を下げた。
「でもそんな大切にされなかった元彼女も、別に彼が嫌いってわけじゃなくて。でも戦闘面では彼の力になれないし、何より私が何を言ってもあのときの彼には届かなかったでしょうしね」
「そ、それじゃあこの前あたしにいろいろ言ったのはまさか――――」
「いえいえ。ただ私は元カノとしてヴィータさんに因縁をつけただけですから。それ以上でもそれ以下でもありません」
「で、でもよ。――――あっ、それはそうと十日前にカイズと出かけてたよな。あれはいったいなんだったんだ?」
元はといえば、それこそがヴィータが落ち込む一番の要因になったのだ。
ヴィータは机に両手をおくと、サクヤにグイグイ顔を寄せる。だがサクヤはその言葉に応えることなく。いつの間にか手に持っていた手紙をヴィータの前に出した。
「な、何だこの紙は」
「招待状です。あっ、ちなみにカイズ君ってものすごくお酒に弱くて酒癖も悪いんですよー。そのせいであの人も家に運ぶのに一苦労してましたからね」
「酒に弱い?あの人?」
何が何だかチンプンカンプンだ。ヴィータは渡された手紙の正体を探ろうとする。
だがそれに合わせるように、後ろから声が聞こえた。
『ヴィータさーん。お待たせしましたー』
恥も外聞もなく食堂に響くカイズの声。ヴィータは恥ずかしそうに頬を染めると、サクヤは席から立ち上がった。
「それじゃあ指定人物もきたようですし、私は退散しますね。それでは後日お会いしましょう」
サクヤはヒラヒラと手を振る。すると、その薬指にはこの前までなかった銀色に輝く指輪が存在していた。
「えっ!その指輪って、え、はぁ?」
「おっ、サクヤの奴ちゃんと空気読んでくれたみたいですね」
カイズは彼女が去っていった指定席に腰を下ろす。
――――そして間髪入れず頭を下げた。
「ヴィータさんすみませんでした!!」
「な、何だよ!さっきからみんな突発的すぎるだろうが!!」
「いえ、でも俺ヴィータさんに謝っておかなくちゃいけないことがあって」
「あ、謝ることって?」
「俺、ヴィータさんに一人で練習するって言った日にサクヤとサクヤの旦那と食事してたんです。なんか友達を代表して、是非とも俺にスピーチをしてほしいらしくて。で、そこで久しぶりに酒を飲んで気がついたら朝になっちゃってて。せっかくヴィータさんから連絡もらってたのに……」
「シンドウさんとシンドウさんの旦那!?えっ、じゃあシンドウさんって」
「あっ、あいつはもう婚約してますよ。でも会社のほうが忙しくて結婚式があげられてなかったみたいで。って、なーんだ。ヴィータさんももう結婚式の招待状もらってるじゃないですか」
あっはっはっはと笑い声をあげるカイズ。そんな彼と招待状を交互に見ると、ヴィータの額に青筋が浮かぶ。
何だよ。結局振り回されたのはあたしだけじゃねえか!
これは久しぶりに相手の頭をかち割ってもいいのではないだろうか。ヴィータは待機モードのグラーファイゼンを握りしめると、カイズを睨みつける。
「あっ、さっき聞いたんですけど試験のほうは見事合格でした!いやー、これもヴィータさんの応援とこいつのおかげですね」
カイズは首にかけていたそれを外すと、二人の中間にただよわせる。
「このデバイスがなかったら絶対合格できませんでしたよ。それに試験間際のほっぺのキス。あれが一番効きましたね~」
そう語るカイズは本当に無邪気で嬉しそうで。
きっと彼はこの笑顔に辿り着くまで、様々な努力をして、たくさんのものを切り捨ててきて。
それでも自分と会いたいと。自分の隣にいたいとここまできてくれたのだ。
そんな姿を見せつけられてしまったら、もうヴィータには怒る気が失せてしまっていた。
「まあいいか。今回のことでいろんなことに気づかせてもらったしな」
「ん、ヴィータさん。いま何か言いましたか?」
「別になんでもねえよ。……ただな」
ヴィータはそこで言葉を止めると、机に肘をつけその手のひらに頬を乗せる。
そしてしょうがないと言わんばかりに、言葉を紡いだ。
「やっぱりあたしはカイズのことが好きなんだなって。……そう思っただけだよ」
「そんなー、俺のことが好きって。…………え、ええ!!」
まさかこんな公共場で、ヴィータから愛の告白を聞けるとは思っていなかったのだろう。
カイズは珍しく顔を真っ赤にすると、視線をあちこちに漂わせてしまう。
あれだけ自分を困らせたのだ。これぐらいの仕返しはいいであろう。
ヴィータの告白に右往左往し、そのせいでさらに周りの目に晒されているカイズをちらりと見る。
そして心の中で『べー』っと舌を出すと、ヴィータはゆっくりと目を閉じていくのだった。