たとえ どこにいたとしても
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昨日の大盛況がまるで嘘のようだ。八神堂のブレイブデュエル施設は本日貸し切りとなっており、そこには様々な精密機械が運び込まれていた。
機械のセッティングについて話し合っているはやてとグランツに、ヴィータはぺこりと頭を下げた。
「今日は本当にありがとうございます。店もそうですし、機器の運搬も何から何まで」
「気にせんといてくださいヴィーラさん。一日くらい休んでも八神堂の人気は落ちたりしません。それに昨日の二人の試合、あの後に新規プレイヤーさんがものすっごく増えたんですよー。感謝することはあれど、不満に思う事なんてないです」
はやてがそう言うと隣のグランツも言葉をかけてくる。
「こちらも全く気にしないでくれ。ブレイブデュエルなどの精密機械搬入は慣れているしね。……それに未来の次は平行世界か。ふっふっ、ブレイブデュエルの可能性は本当に果てしないよ」
グランツはグランツで今回の試みを本当に楽しみにしているのだろう。迷惑がっている雰囲気は全く感じられなかった。
「おっと、スカリエッティ君がまたスタッフを困らせているみたいだ。あの時のように、変な機能を付け足されてもやっかいだ。私はあっちに向かうとするよ」
シュタっと手を挙げると、グランツはスカリエッティの方へと駆け足で向かう。残されたヴィータとはやては、「あはは」と笑みを浮かべ合った。
「ヴィーラさんがこの街に来て三ヶ月とちょっと、何だかあっという間の出来事に感じますー」
「私もそう思います。はやてさんには本当にお世話になりました。あっ、そうだこれ」
そう言うと肩に掛けていた鞄から一冊の本を取り出す。
「このレシピ本大変参考になりました。何とか妻の面目躍如です」
ありがとうございました。の言葉と共に本をはやてに差し出す。しかしはやては首を横に振ると、それを押し返した。
「その本はヴィーラさんが持って行ってください。……まあこちらの物を持ち込める可能性は半々くらいらしいですけど」
「えっ、ですけど」
「まだヴィーラさんには上級編を伝えきれていませんからね。だから、その本だけは持って帰ってください。ヴィーラさんが。……ヴィータがここでも私たち八神家の一員だったって証として」
「――――はやて⁉」
その名前に思わずさん付けが抜けてしまう。はやては周りをキョロキョロ見る。そして鼻に人差し指を当て「しぃーー」と言った。
「何の確証もなかったけどな。ずーっと会ってるうちに何となくそう思ったんや。他の子達も何となく気づいていたとは思うけどなー。まあこっちのヴィータだけはチンプンカンプンだったと思うけどなー」
「……はやて、あたし」
ヴィータが声を上げようとする。だがその前にはやてがヴィータを抱きしめた。
「大丈夫や。未来からヴィヴィオが来たときもそうやったけど、話せることと話せないことがある。ヴィータはヴィータの考えがあるのは分かってたし、そのことをこれ以上聞こうとも思っとらん」
そこで一度言葉を止める。はやては慈しむような眼差しを向け言葉を続ける。
「ただどんな世界に来ても、私八神はやてはヴィータと家族である。それを伝えたかっただけなんや。……なっ、『ヴィーラ』さん」
だからこの話はこれでお終い。ヴィータは軽く目をこすると、料理本をギュッと握りしめた。
「ありがとうございます。おすすめ料理、絶対にマスターしてみせますね『はやてさん』」
「はいっ、『ヴィーラ』さん」
『八神さーん、この機械の置き場所なんですがー』
スタッフの一人に声をかけられると、はやてはパチリとウインクする。
「それじゃあ私はそろそろ行きますね。二人のことは絶対に元の世界に戻しますから、どうか安心してください」
はやてはトンと自分の胸を叩くと奥へと行ってしまう。その小さくも頼もしい背中を見届けながら、ヴィータは料理本を鞄の中に閉まっていくのだった。
◇
ヴィータとはやてが話していた三十分前。人目に付きづらい公園の練習スペースでは、平日の朝早くから木刀のぶつかり合う音が鳴り響いていた。
「――――フッ!」
まるで演武でも見ているかのように、美しい軌道の剣戟がカイズに迫る。その技は薙旋(なぎつむじ)。恭也が始めて見せる御神の技の一つである。回転を加えることでの四連撃はまさに必殺と言えるであろう。
「ぐっ!」
だがその殺気をカイズは見逃さなかった。反射に身を任せ、不格好に倒れながらも見事に回避して見せたのだ。
――――ピピピピピピピピッ!
その瞬間、時間を知らせるアラームが鳴り響く。恭也は手を差し出すと、倒れているカイズはそれを握りしめた。
「カイズの反射と思考、かなり形になってきたな」
「いやいや、まだまだ。あの体勢じゃそのまま追い打ちをかけられてやられてたしな」
「謙遜はしないでくれ。カイズのことだ、アラームの時間はちゃんと把握してただろ」
「そ、それはその。まあ…………」
もうすぐ模擬戦が終わる。そして終わるからこそ、カイズは最後の攻撃を避けられた。継続して戦うことを考えたら、あの避けかたは出来ない。逆にあの避けかたでなければ、初見ではきっと直撃していただろう。お互いがお互い、相手の行動を読んだ行動に自然と笑みがこぼれた。
二人は汗でびっしょりの上着を着替える。そんな中、恭也はため息混じりに声を上げた。
「ここまで一緒にやってきてカイズの完成系を見られないのが少し口惜しいよ」
「それは正直俺も思うよ。……本当はこんな戦い方にならないよう立ち回るのが一番いいんだけどな。でも恭也のおかげで絶対に逃げられない戦いへの覚悟を決めることができたよ」
カイズはそう言ってミネラルウォーターを渡す。このやりとりもこれで最後だと思うと、涙がこみ上げてくる。恭也はそれを一気に半分飲み干し真剣な眼差しを向けた。
「反射と思考による戦い。この注意点はちゃんと覚えているな?」
「もちろん。使うときは逃げられない、または戦わなければいけない時。出来るだけ相手の手札を看破してから使う。それと今の俺では一対一が絶対条件だったよな」
「ああ、そうだ。……そしてこれが最後のアドバイスだ」
恭也がそう口にした瞬間、首もとにひやりとした何かを感じる。カイズは恐る恐る目を向けると、そこには飛針が突き立てられていた。
「えっ、あっ、いつの間に⁉」
「ブレイブデュエルはあくまで戦い合うことが前提だ。だからあえて口にしなかった。……カイズの反射にはもう一つ大きな弱点がある」
恭也は飛針を手首にスット納め話を続ける。
「カイズは誰よりも殺気に敏感だ。だが俺のような暗殺術を生業としている連中は、殺意を隠し通す術に長けている。だから今のように不意をつかれて反応できないこともあるんだ」
「そ、その場合どうしたらいいんだ?」
「鍛え続けるしかないさ。あくまで殺気を隠すことが得意なだけで、殺気が完全にゼロには出来ない。……反射による回避の対象を、一人から二人、二人から三人。近距離から中距離、そして遠距離。さらに隠された殺気すら敏感に感じ取ること。今回俺が伝えられたのは、カイズの可能性のあくまで入り口でしかないってことだよ」
「…………いやー、道は長いなー」
口ではそう言うがカイズの気持ちは晴れやかだった。道が長いと分かっているということは、その道を歩き進んで行けるということだ。果てしはないがたどり着けないわけではない。
カイズは上着で汗を拭うとスッと手を差し出した。
「もう何度目になるかわからないけどさ。……本当にここまでありがとうな恭也。俺、絶対恭也のこと忘れないからな」
「俺もだよ。お互い精進していこうカイズ」
「ああっ!」
たった三ヶ月。だがこの世界、この場所で過ごし学んだことは生涯決して忘れたりはしない。そう誓いをたてるように二人は固く、固く、握手を交わしていくのだった。
◆
そしてその時がやってきた。ブレイブデュエル施設の中央には二つの特設筐体が用意されている。カイズとヴィータはそれぞれの前に立つ。そしてその前には見送りに二人の人物が来ていた。アインスはヴィータに申し訳なさそうに声をかける。
「本当は全員でお見送り出来ればよかったのだがな」
「いやいや、今日は平日だし夜間学校に通ってるアインスしかいねえのは仕方ねえよ」
その言葉に恭也はギクリと肩を浮かせる。カイズは仮病で学校を休んでくれた戦友に恍惚の笑みを浮かべる。アインスは少し苦笑いをしながら、一枚のカードを差し出した。
「これは二人と八神堂、そしてたくさんのギャラリーを映した写真をもとにした特別仕様のカードだ。ここで過ごした三ヶ月、どうかこれからもずっと忘れないでほしい」
「もっちろんだよ。私からはこれだ。アインスと違ってかなりアナログなものだけど、全員分あるんだ」
ヴィータが渡したのは『学業成就』や『商売繁盛』などの様々な種類のお守りだ。
「一応誰のかわかるように、色も揃えてあるんだ。……建築士の夢、絶対叶えろよなアインス」
「……ああ、ありがとうヴィーラ」
二人は互いのプレゼントを交換する。次は自分たちの番だと恭也は手に持っている袋を渡す。受け取った瞬間、ズシンとした重みが両腕に伝わってきた。
「俺からはカイズ用に調整した飛針と鋼糸だ。これがそちらの世界でどう役に立つかは分からないが受け取ってほしい」。
「ありがとうな! そしたら俺からはこれだ」
恭也とは逆にカイズはポケットから軽々としたカードを取り出す。それはカイズが使っていたブレイブデュエルのカードだった。
「小太刀二刀流のカードって強さはともかく、結構希少武器らしくてさ。……忍さんとブレイブデュエルをするときに役立ててほしいんだ」
「ああ、ありがとう。これで十全に戦えそうだ」
お互いに実用性重視。そんなプレゼントを渡しあって二人はクスクスと笑みを浮かべた。
カードの譲渡はプレイヤー間でよく行われているようなので、安心して全てのカードを恭也に明け渡す。四人は各々気持ちを伝え終える。それを見計らってフロア全体にはやての声が響いた。
『それじゃあそろそろ本番や。二人が筐体に入ったら例のシードを起動させてください。特設転送用プライベートエリアに飛ばします。確認次第、あちら側の世界と同時に転送プログラムを起動させます』
はやての声に促され、二人は筐体の中に入る。
「それじゃあ行くなアインス」
「恭也、本当にありがとうな」
扉を閉める直前、目の前の人物の顔を見た。その表情には悲しみや辛さは見られず、真っ直ぐで暖かい慈愛の笑みに満たされていた。
涙はここに来るまで全て流し尽くした。ヴィータとカイズは言葉ではなく、その表情に笑みで答えていくのだった。
『どうか二人ともよい旅を』
はやての声が聞こえると筐体の扉が完全に閉まる。ヴィータはデッキケースからシードのカードを取り出した。
「これが最後のブレイブデュエルだ。カードスラッシュ! カードリリース‼」
そのカードが発動すると共に視界は深い闇に埋め尽くされていくのだった。