生け贄に選ばれし少女
その事件はきっと、誰の落ち度もなかったはずだ。
その世界の文明レベルや犯罪者の個人能力。その他様々なことを視野に入れたとしても、十分に対策がとられていた。
あえて言い訳をするなら、運が悪かった。
そんな一言で片づけるにはあまりにも大きな失策。
その生け贄となったのは、年頃の少女にしか見えない彼女だった。
分かりやすく形容すれば、それはピラミッドが一番近いであろう。石に囲まれた広いその一室で、赤い髪の少女は叫び声をあげる。
「さあ、追いつめたぞ! 随分と派手にやってくれたじゃねえか!」
紅いゴシックロリータのバリアジャケットを着た少女は、相棒であるハンマーを構えると男を睨みつける。
そんな彼女を援護するように、管理局の局員が四名ほど後ろで構えた。
「き、貴様等いったいなんなんだ! 我々の正当なる儀式を邪魔しようと言うのか!」
追いつめられた男は、痩せていると言うより、やつれているというほうが正しいであろう。腰まで届く長髪は、手入れがされておらず埃まみれである。
さらに目の下にできた大きな隈は、男のうす気味悪さに拍車をかけていた。
男は真っ黒に染まった三十センチほどの卵を慎重にテーブルに置くと、それを守るように両手を構えた。
ヴィータはチッと舌打ちをすると、グラーフアイゼンを握りしめる。
「なにが神聖なる儀式だよ。……関係ない人間の命を五百人以上奪っておいて、神聖が呆れるぜ」
「この卵を孵化させるためには、愚かな民衆の命などものの数ではないわ。――――あともう少し、もう少しで生まれると言うのに。ああ、おいたわしいや、おいたわしや」
卵に頬ずりする男の目には光が一切見られない。きっと彼自身もあの卵。管理局で言う『ロストロギア』の被害者なのだろう。
だが相手が被害者だろうと、このまま卵を放って置くわけにはいかない。たとえ男を手に掛けようとも、これは押収しなければいけない。
「……悪いがさっさと終わりにさせてもらうぞ。アイゼン、カートリッジロード!」
ヴィータの叫びとともに、カートリッジが装填される。空薬莢が地面に落ちる音と共に、彼女はその場から飛び出していった。
「だああぁぁぁぁっ!」
「ヒッ、ヒィ!」
ヴィータの放つハンマーに、男はなにも為す術がない。だが当然だ。この世界の文明レベルは、なのは達がいた地球以下である。
どんな形でこの卵が生まれたのか。それとも他の次元から流れ着いたかはわからない。
ただ一つわかることと言えば、男には一切の勝ち目がないということだ。
非殺傷設定で放たれた一撃は、男の体を壁に叩きつける。殺してはいないが、今まで死んでいったもののことを考えれば、これくらいの罰は許されるはずだ。
ヴィータは倒れている男を指さすと、局員に指示を出す。
「その男は確保の後、これまでの経緯を話してもらう。しっかり捕まえておけよ」
「はい、了解しました」
局員はその場で敬礼すると、すぐに男の確保に入る。
これで今回の事件も終わりだ。ヴィータはアイゼンを待機モードにすると、目標のロストロギアに目を向けた。
「全く、やっかいなもの作り上げたもんだな。……こんなもののために、五百人近くが死んだのか。何だか、やるせねえな」
五百人。その言葉を口にした瞬間、ヴィータの中である記録が思い出される。
それはもう思い出すこともできない記憶ではあるが、多くの記録が残っている事件のこと。
今回の事件など非ではない。たくさんの人間の命を奪った後悔しても仕切れない事件だ。
「あたしははやてに出会って。そしてなのはやテスタロッサ、時空管理局のおかげで今こうして過ごすことができてる。……もしあいつらに出会わなかったら、きっとお前のことなんて非難できなかったんだろうな」
多くの人間の命を奪った闇の書事件。その最後の記録には、奇跡的に死者が0名だと記載されている。
だがその前までの事件では、多くのものの命を奪っている。記憶にない。システムに支配され仕方なく。
きっとそんなことでは言い訳できないほど、多くの命を……。
『なら、貴様は私と同類だ』
突然聞こえた声に、ヴィータは左右を向く。
「ん、いま誰かなんか言ったか?」
「いえ、特になにも」
局員同士確認を取り合うが、誰も口を開いた人物はいない。男のほうも見てみるが、気絶したままであった。
「……気のせいか?」
『気のせいなものか。お前は私と同類。いや、それ以上の存在と言ってもいいだろう。そんなお前が私を消そうというのか』
「いや、確かに聞こえる。……この声は、な、なんだよこれは」
ヴィータが振り返ると、卵がドクンドクンと光をあげていることに気づいた。
明らかに危険な兆候に、ヴィータは声を張り上げる。
「お前等、早くこの場から脱出しろ」
「し、しかしロストロギアが」
「こいつはあたしが何とかする。――――急げ、命令だ!」
「りょ、了解しました」
局員は男を担ぐと、そのまま石壁の一室から走り出す。
ヴィータに対し申し訳ないという思いはあったであろう。だがもしもの時に、自分達がいてはヴィータの足手まといになる。
それだけヴィータを信頼しているからこそ、彼らは一室を後にした。
「よし。――――あとはこいつだな」
鬼が出るか蛇が出るか。ヴィータはアイゼンを構え直すと、卵を睨みつける。
『私の復活には、まだ人の死の記憶が足りない。――――だからこそ、もらうぞ。貴様の死の記憶を』
「はっ、ふざけるなよ。残念ながら、闇の書の転成前の記憶はないんだよ」
だからこそ自分達は何度も同じ過ちを繰り返してきたのだ。
叩くならいいましかない。ヴィータは再びカートリッジロードをすると、ブースターを噴射させる。
『なら、貴様を殺してからゆっくりと探らせてもらうとしよう』
「そんな格好であたしがやれると思ってるのか!」
『思ってはいないさ。何せ私は攻撃する手段を持っていないからな。――――だが貴様を殺す手段は持っている』
「やれるもんなら、やってみやがれ!」
ラケーテンハンマー。ブースターの噴射に身を預け、遠心力により強力な一撃を放つ攻撃だ。
並のフィールドなら、それごと術者を粉砕する一撃。その攻撃は例に漏れることなく、その卵を打ち砕いていく。
あまりにも呆気ないその結末。だがそれが結末でなく、過程と気づくのはすぐ後のことだった。
「中身が空っぽじゃねえか。――――ッ! なんだこの黒い靄は!?」
どこから現れたのか。その黒い靄は一瞬のうちにヴィータを包み込む。まるで、何の抵抗もできない彼女をあざ笑うかのようにだ。
『さあ咎人よ。貴様には死んでもらおう』
「ぐっ、やらせるかよ」
『無駄だ。私が殺すのは今の貴様であって、今の貴様ではない。逃れることはできないさ』
「なっ、あ、あああぁぁぁぁっ!!」
ヴィータの中に黒い霧がとけ込んでいく。
彼女は朦朧とした意識のまま、ガクリとその場で膝を突いた。
「なん、なんだよ。…………カイズ」
最後に愛するものの名前を口にすると、ヴィータは石の地面に横たわっていく。
これが今回の事件の終幕。
そしてこれから始まる事件の始まりでもあった。