時間にして15分。ヴィータの深層心理にダイブする準備は急ピッチで行われた。
その間にカイズはシグナムに渡された黒のジャケットを身につけていた。
管理局の黒衣と違い、腰のまでの通常のジャケットは一見すれば普段着にも見える。
だがシグナム曰く、この服にはヴォルケンリッター達の魔力が込められており、ヴィータの深層心理に入り込みやすくなるらしい。
本当は歴とした管理局のジャケットにほどこすべきだったが、時間が惜しくその場にあった服に付与したようだ。
最後にカイズは二つのデバイスを握り込む。そしてヴィータの横に設置された簡易ベッドに横になった。
「あとはどうしたら?」
「先ほど管理局で借りてきた機器を取り付けます。少し痛いかもしれないけど我慢してね」
「わかりました」
自分の了承を得ると、シャマルが体にいくつもの機械を取り付ける。時々チクリと体が痛んだが、それくらいのものだ。
シャマルは機器の取り付けを終えると、口を開いた。
「これから私たちとはやてちゃんの力で、ヴィータちゃんの深層心理への道を作り出します。でもカイズ君は何もする必要はありません。……そのかわり、その後のことはお願いね」
「はい。……まかせてください」
カイズは覚悟を決めて、ギュッと手を握りしめる。そんな彼の手をはやては優しく包み込んでいった。
「こんな重大な役割を任せてもうて。堪忍なカイズ君」
「謝らないでください。必ず、絶対に、何とかしてきますから」
「ありがとな、カイズ君」
涙を拭いながら、はやてがそっと離れる。その様子を見て、シャマルは最後にと言葉を述べる。
「カイズ君。これから話すことは絶対に忘れてはいけないことです。だからしっかり聞いていてください」
「はい。わかりました」
「カイズ君はこれからヴィータちゃんの深層心理に飛び込みます。ですがそこは言ってしまえば夢の中です。そこでカイズ君が死んでも、現実で死ぬということはありません。ですが、夢の中で命が費えるということは、それはすなわち深層心理から追い出されることを意味します」
「要するに、ある程度無茶な戦法はとれる。でも無理をしたらそこまでってことですね」
「そうです。あと、ここからが一番大事なことです。――――カイズ君。貴方はこれから過去にタイムトラベルするわけでも、転生するわけでもありません。あくまで今のヴィータちゃんが見ている過去の記憶に飛ぶだけです。だから常に強く心を持つことを忘れないでください。ヴィータちゃんのことを想い、ヴィータちゃんに強く想われているカイズ君なら。きっと夢の中で誰よりも強い力を発揮できるはずだから」
「――――はいっ!」
「それでは準備をします。すぐに意識が遠くなると思うから、それに身を任せてください」
「よろしくお願いします」
いよいよその時がきた。カイズは緊張のなか、額から汗が流れるのを感じる。だが横で眠りについているヴィータの姿を見ると、自身を強く戒めた。
絶対に失敗は許されない。――――必ず、ヴィータさんを救うんだ。
その決意と共に、眠気がとカイズを襲う。カイズはそれにあらがうことなく、ゆっくりと瞳を閉じていった。
◆◆◆
「――――――ハッ! こ、ここは!?」
暗闇から目覚めた瞬間、カイズは世話しなく辺りを見渡す。大木が並ぶその場所は、どうやら山のようだ。月夜に照らされたその頂上で、カイズは眼前の街を見つめた。
「ここが海鳴市、ヴィータさんが昔住んでいた場所か」
資料通りの街並みに、まずはダイブがうまくいったことを安心する。
「さて、まずはどうしたらいいかな。ここら辺の地理とかを知っておきた、うおっ!」
とにかく情報収集。そう思いカイズが辺りを見回すと、海鳴市の先に見えるはずの街並みが、蜃気楼がかかったようにボヤケていることに気づく。
いったいこの街に何の異変が。そう思うと同時に、シャマルの言葉を思い出した。
「そうか。ここはあくまでヴィータさんの記憶の中。ヴィータさんの記憶に曖昧なものは、しっかりと存在できないのか」
隣街がこんな姿では、ヴィータの記憶にないものなど姿を維持することすらできないであろう。
そんな中でも、自分の姿が何の乱れもなく存在している。カイズはそんな自分を誇らしく思いながら、視線を降ろした。
「よく見てみると、地面なんかも結構あやふやだな。山道なのに、ずっと平坦な道が続いてて。きっと山道はこういうもの。そんな記憶で作られてるんだろうな。――――んっ?」
自分の言葉に引っかかりを覚える。山道の地面は確かにあやふやなものだ。だが今自分がいる頂上はどうであろうか。木々の配置はしっかりしており、大小もそれなりに分かれている。
さらにこの場所から見える海鳴市の景色だ。街灯などで綺麗に照らされたそれは、とても想像の域で作られたものなどではない。
「ということは、この場所はヴィータさんにとってしっかり記憶している場所ということ。だけどこの頃のはやてさんは足が悪くて、一緒にこんなところにこれるはずもない。…………それってつまり」
『魔力反応。マスターきます!』
「―――――ッ!」
虚をついた魔力攻撃に、相棒が先に答えにたどり着く。カイズは横に大きく飛ぶと、転がりながらその攻撃を回避する。
ズンッ! ズズンッ!!
地面に力強くめり込む二つの鉄球。当たっていれば骨折程度ではすまないだろう一撃。
この攻撃方法は、教導の実技試験の練習中何度も見てきた。カイズはデバイスを戦闘態勢にすると、両手に黒刀を握り込む。
そして夜空に佇む紅い少女を見つめた。
「はっ、おめえがシャマルの見つけた魔力反応か。管理局にしては変な格好だが。…………まあ関係ねえか」
紅いゴシックロリータのような服を着た少女は、相棒であるハンマーを肩に乗せると「フン」と鼻を鳴らす。
自分を落盤事故から助けてくれたあのときからずっと変わらない容姿。見間違えるはずもない。見間違えるわけがないのだ。
自分は彼女を救うためにここに来たのだから。
「…………ヴィータさん」
「あん? 何でおめえがあたしの名前を知ってるんだよ。まっ、そんなことどうでもいいか。――――あたしは。あたし達は、はやての為に止まってるわけにはいかねえんだからよ!」
ガシャリと金属音が響くと、空薬莢がはじき出される。
カートリッジロード。その行動を見れば嫌でも理解できる。
ヴィータは本気で自分を倒そうとしているのだ。
「ヴィータさんやめてください! 俺はヴィータさんを救うために――――」
「あたしを救うため? だったらおとなしくリンカーコアをよこしやがれ!!」
「ヴィータさんッ!」
「うっせええぇぇぇぇっ! 行くぞアイゼン!!」
グラーフアイゼンにブースターが生成される。ヴィータはその噴射に体を預けると、カイズに襲いかかっていくのだった。