「くそ、いきなりこんなことになるなんて!」
木々の間を走りながら、カイズは苦笑いを浮かべる。
「このちょこまか動きやがって!」
ヴィータは空中に静止したまま、三つの鉄球を放つ。
この軌道は、以前見覚えがあるぞ!
カイズはその場でブレーキをかけると、右へ、そしてそのすぐ後の左斜めにステップを踏む。
軌道がわかって紙一重。カイズは再び木々に紛れると、山道を駆け抜ける。
「ヴィータさんやめてください! 俺です。カイズですよ!」
「戦闘中に自己紹介なんていい度胸してるな。そこだあぁぁぁぁっ!」
ヴィータはラケーテンハンマーの体勢に入ると、再度攻撃を仕掛ける。その勢いは木々などが存在しないかの如く、それらを伐採していった。
だがそこに木々は確かに存在している。障害物のためほんの数秒、その数秒遅くなった攻撃をカイズはギリギリのところで避けていった。
「ぐっ、あぶな!」
「ま、また避けやがった!」
ブースターの勢いのまま距離をとるヴィータ。カイズは息を整えながら、相棒に語りかける。
「説得は通じない。まあこの頃のヴィータさんは俺のことなんて知るはずもないからな」
『さらに八神はやて様を救うという使命を帯びていますしね。実力で何とかしない限り、止まることはないでしょう』
「じゃあその実力の差はどのくらいだ」
『50:1と言ったところでしょうか。この頃のマイクリエイターは、戦法が力押しです。ですが実力はAAA以上あります』
「ったく、ハッキリ言ってくれるな!」
――――ズンッ! ドスンッ!
再び鉄球が後方に抉り込まれる。先ほどよりも距離が近い。あと数分も経てばこちらの動きにも慣れ、直撃も免れないだろう。
「このまま戦い続けたら俺の勝率はどれくらいある」
『マスターが感情的にならなければ。……92パーセントの確率で勝てるでしょう』
「そうか。勝てる可能性は8パーセント。……ん、今なんていった」
『感情的にならなければマスターの勝率は92パーセントです。ほぼ負けないと踏んで間違いありません』
「……そうか。って、ここまで実力差があってどうしてそんな勝率が高いんだ、よっ!」
さらに精度の上がった鉄球を、今度はヘッドスライディングで回避する。逃げるだけでも精一杯なのに、ここからどうしたら勝てるというのだろうか。
そんなカイズに対し、デバイスは淡々と言葉を並べる。
『ここにいるのはあくまで過去の記憶のマイクリエイターです。その時の戦闘記録は全て私の中に存在します。そしてこの攻防を通して、そのデータが有効であると判断しました』
「そ、それじゃあ本当に何とかなるのか」
『しかしチャンスは一回です。マイクリエイターがこちらの戦力を把握していないからこそ奇策になります。油断がなくなった瞬間、マスターに勝ち目はありません』
「―――――わかった。補助を任せるぞ」
『了解しました』
カイズはその場で足を止めると、一気に横道に逸れる。そしてあろうことか、見晴らしのいい広場に飛び出た。
「逃げる場所を間違えたみてえだな!」
どちらにしても遠距離では埒があかない。ヴィータはハンマーを構えると、カイズに向かい叩きつけた。
「――――フッ!」
「な、よけやがった! この!!」
「――――ハッ!」
「こいつ、急に動きが!」
こんなに近接で戦っているのに、攻撃が届かない。全てをギリギリのところで避けられると、ヴィータに焦りが生まれる。
「この、舐めやがって!」
避けられるなら、避けても余波で致命傷を負う一撃を浴びせればいい。ヴィータはその場で飛び跳ねると、ハンマーの側面にドリルを生成する。
「ぶちぬけえぇぇぇぇぇっ!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
カイズは左手を構えフィールドを展開するとヴィータハンマーを受け止めた。
「なっ、こいつ、どんだけ堅い防御してるんだよ!」
「ふっ、ふふふふっ」
こええぇぇぇぇ! ちょっとでもズレたら死ぬじゃねえかよ!
この防御はデバイスの指示だ。座標を指定するので、ドリルの先だけに集中してフィールドを展開する。そうすれば、カイズの魔力の半分ほど費やせば、攻撃を止められるはずだと。
攻撃を予測できるのなら、避ければいいのでは。カイズはそんなことを頭に浮かべるが、デバイスを信じ余裕があるように張ったりを見せた。
「ぐうぅぅぅっ、くそ!」
全ての攻撃を力ずくでねじ伏せてきたヴィータは、初めて攻撃を防がれたことに困惑したのだろう。頭で考えるよりも早く、後退を開始する。
「そこ、だっ!」
だがこのまま逃がすわけがない。カイズは右手に持つベルカ式の黒刀を投げつける。高速回転してヴィータに襲いかかる一撃。その攻撃をヴィータは。
「あったるかよ!」
難なく避けて見せた。
追撃など百も承知だったのだろう。その表情に焦りはない。だからこそ、その後彼女が焦っている顔がハッキリと見て取ることができた。
高速回転する黒刀。それはまるでブーメランのように半円を描くと、再びヴィータに襲いかかる。
「なっ、ぶねっ!!」
このままでは押し負ける。ヴィータは悔しそうに舌打ちをしながら、空に飛び上がった。
「は、初めて通じたな。黒刀二本の特性を生かした攻撃」
『今のマイクリエイターは、この二本の剣が引き合う性質であることを知りませんからね。さて、魔力のチャージはできましたか』
「聞くなよ。勝手にやってるくせによ」
二股の黒刀の周りに魔弾が8つほど生成される。
見た目は派手だが、中身がスカスカの張ったりの攻撃。その中身を知らないヴィータは、自らを囲うようにフィールドを展開させる。
「はっ、だったらお前はあたしのフィールドを突破できるか」
見るからに密度の高いフィールドは、カイズの全力を持ってしても絶対に突き破ることはできないだろう。
それがわかりながら、8つの魔弾を解き放った。
『高町教導官との戦いと同じですね。高町教導官はマイクリエイターのフィールドを、アクセルシューターで削りきりました。ですが、マスターの魔力ではそれはできません』
「わかってるよ。だからこそこうするんだろ。――――ブレイク!」
カイズは起動トリガーを口にする。その瞬間。ヴィータのフィールドの直前まで迫った魔弾が全て爆散した。
周りに煙が浮かぶと、ヴィータは目を白黒差せる。
「め、目くらまし。だけどフィールドを張ってる限り、そっちの攻撃はくらわないぞ!」
攻撃と同じく防御にも自信はある。ヴィータはカートリッジをロードすると、さらに防御を固める。
「…………どうした。どこからくる?」
息を飲みながら、全包囲に意識を向ける。
見えないことと、いつ攻撃がくるかわからない緊張感。そして自身の攻撃を受け止めきれる魔力を持つものが、どれほどの攻撃をしてくるのか。
ジッと待ち続けるヴィータの精神消耗はかなりのものだろう。だがどれだけ待ち続けようと、その瞬間はやってこなかった。
煙が晴れ地上を見下ろす。しかしそこに男の姿はない。
そこまできてヴィータはようやく気づく。
「……逃げた? くそっ、まだ遠くには行ってないはずだ!」
フィールドを解除すると、すぐに森の中に目を向ける。
そして、そこでようやく気づかされるのだ。
「――――フッ!」
自分が完全に相手の策に乗ってしまったことに。
ドンピシャだ。ヴィータさんの背後を取ったぞ。
自分の魔力のほぼ全てを込めた跳躍。そしてあまりカスをかき集めて刃に乗せた一撃。
だがこの攻撃を持ってしても、ヴィータを倒すことはきっとできないだろう。
だがある程度の致命傷を与えればそれでいいのだ。
その隙に街中に逃げれば、それでヴィータの追撃を振り切ることはできる。
すみません、ヴィータさん。でもこれも全てヴィータさんを救うためなんです。
振り降ろされた黒刀がヴィータの腰に向けられる。
タイミングは完璧。この攻撃は必ず当たる。
奇襲にようやく気づいたのだろう。困惑した顔のヴィータと視線が重なる。
『――――カイズ』
その瞬間、ヴィータの笑っている顔が頭に浮かぶ。
自分が大好きで。そして自分のことも好きだと言ってくれた大切な女性の姿。
ここにいるのはそのことを覚えている彼女ではない。
それに例え彼女を傷つけようとも、ここは夢の中。実際にヴィータが怪我を負うわけではない。
それはカイズもわかっている。わかっていたのだ。
「――――ぐっ!」
彼女を傷つけたくないという本能が。
例え夢の中だろうとそんなことをしたくないという理性が。
カイズの動きに全力でブレーキをかける。
「――――はぁ、はぁ」
首の皮一枚。振り切るはずだった刃は、彼女のバリアジャケットをほんの少し斬っただけで、完全に止まってしまった。
どんな理由があろうとも、自分にヴィータのことを斬るなどできるはずがなかったのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、――――ぐふっ!」
瞬間、左わき腹に鈍痛が走る。これがしとめきれなかった代償だ。
容赦のないヴィータの一撃が深く抉り込まれると、元々跳躍していただけのカイズは一気に地面にたたき落とされる。
「ぐっ、がはっ!」
衝突と共に胃の中からこみ上がるそれをそのまま吐き出す。茶色の大地に降り懸かる吐血。その量を見ると、これは参ったと、顔を手のひらで覆ってしまう。
そんな惨状を見て、デバイスが電子音をあげた。
『ちなみに、マスターが感情的になったときの勝率は0パーセントですね』
「……言うのが遅いんだよ。でもま、どっちにしろ無理だったけどな」
もう一歩も動けない。カイズは大の字になって降伏のポーズを取る。そんな彼の姿を見て、ヴィータもまた地上に降りてきた。
終わってみればヴィータの圧勝だ。だがヴィータの顔はどこか優れないものだった。
「……どうして最後の一撃を止めたんだ。お前ぐらいの魔力量だったら、あれで決まってたはずだぞ」
「ああ、無理ですよ。ヴィータさんのハンマーを止めたのは直径一センチほどのピンポイントフィールドで止めただけ。それに全力で斬りかかっても、驚くだけでそこまで大きなダメージにはなりませんから」
「……そうか。まあ理由はどうであれあたしの勝ちだ。お前からリンカーコアはもらう。それでおしまいだ」
「……ですね」
ヴィータの手がカイズの胸元に向かう。
情報ではリンカーコアを奪われると、しばらく魔力行使ができなくなるはずだ。
果たしてロストロギアとの戦いまでに、本調子に戻ることはできるのだろうか。
だがどれだけ考えても仕方のないことだ。
もう自分は指一つ動かすことも―――――。
「貴様が最近の事件の犯人か! よくも局の仲間達を!!」
森の先から聞こえる声。見覚えのある管理局の黒衣を着たその男は、チャージの終えた長距離射撃砲をヴィータに放つ。
そうだ。この記憶にいる俺はあくまでイレギュラーな存在。この場所で戦った本当の人物がいるのは当たり前じゃないか。
完全に虚を突かれた全力の攻撃に思考が停止するカイズとヴィータ。だからこそ、彼の相棒が叫び声をあげた。
『マスター!』
「はっ、間に合え!」
もう指一本も動かなかったはずだ。
もう駄目だと降伏するように倒れていたはずだ。
だけどまだ自分は体を動かすことができる。
それが自分のためではなく、ヴィータのためなら。
カイズはヴィータの前に立つと、その背で彼女を庇った。
「グッ、っつうう!」
背中が焼け付くように熱い。いやもう熱いのか痛いのか区別が使いほどの感覚に段々と意識が遠くなってしまう。
「あっ、やばい。これ、もう駄目かも」
ここでどんな痛みを負おうとも死ぬことはない。だが死ぬことはなくても、ヴィータを救うことができなくなってしまうのは確かだ。
カイズは本当に力つきたと、思い切り地面に膝を突く。
「すみません。……ヴィータさん」
「な、何だよ。すみませんって、なんで、なんだよ。何なんだよお前は。――――くそっ、ちっくしょおぉぉぉ!」
三発目。ヴィータは最後のカートリッジロードをすると、管理局の人間に襲いかかる。
死に体の自分など、あとに放っておいても問題ない。きっとそういうことなんだろう。
でも、それでも。ヴィータさんを守れてよかった。
カイズは張っていた肩肘を降ろすと、痛みのまま地面に崩れ落ちていくのだった。