――――ポツン。
何かが頬に当たる感触がする。
いったい自分はなにをしていたのだろうか。
その答えを知るために、意識が覚醒するままにカイズは目を開いた。
「あれ、ここは……?」
目に映るのは、記憶にない部屋だ。だが部屋の内装をみると、どこか懐かしさがある。そんなデジャヴュ感にカイズは襲われた。
「……ようやく目覚めたな」
「ヴィータさん? それにシャマルさんも、どうしたんですか。あれ、こんな部屋はやてさんちにありましたっけ? あっ、今日の服はこの前の公園のときみたいのですね」
はやてのうちには何度も遊びに行っているが、いまいち記憶にない部屋。だがヴィータの隣にある呪いウサギをみると、カイズは頭に疑問符を浮かべる。
「あれ、ヴィータさん。部屋の模様替えしましたか?」
「模様替えもなにも、お前に部屋を見せるのは初めだよ。……なっ、言った通りだろシャマル」
「そうみたいね。ヴィータちゃんどころか、私の名前も知ってるみたいだし」
「それは何度かお世話になってますし。シグナムさんとザフィーラさんは下ですか? というか、この部屋随分暗いですね」
「……なっ」
「ええ、そうみたいね」
ヴィータとシャマルは互いに視線を合わせる。するとシャマルは右手を天井に掲げた。
その瞬間、カイズの手足は緑の輪で拘束される。
「あ、いててて。なんですかいきなり」
自分の意志で座ることもできず、カイズはうつ伏せに寝転がる形になる。ヴィータはそんな彼を見下すと、ベッドに腰を下ろした。
「おめえには聞きたいことがいろいろあるんだ。全部喋ってもらうからな。あと嘘を言おうなんて思うなよ」
「貴方が嘘をついたらすぐにクラールヴィントで察知できるようにしてあります。このデバイスが揺れ動かない答えを期待しています」
目の前に見えるクラールヴィントが垂れ落とされる。
そんな状態までくると、カイズはようやく全てを思い出した。
「そ、そうか。今俺はヴィータさんの夢の中にいるんだった」
「おめえは勝手に口を開くな。あたしたちの質問に答えればそれでいいんだよ。あとここから逃げられると思うなよ。外にはシグナムが控えてるし、はやてのところにはザフィーラがいるんだからな。絶対に逃げられないぜ」
「い、いえ。逃げる気も人質を取るきもないんですけど。……それでも一つだけ言わせてください」
「なんだよ?」
「そ、その。……できれば毛布か何かを腰にひいてくれませんか。えっと、さっきからスカートの中がちらちらと」
「はっ? こんな容姿の女の下着見てなにを興奮するんだよ。変なこと言って煙に巻こうとしてるんじゃねえぞ」
「い、いえ。ほんと、生殺しなんで」
カイズがそう答えると、ヴィータはクラールヴィントを見る。全く微動だにしていないそれは、嘘をついていないということだ。
「――――なっ、なに見てるんだよ!」
「いや、だからさっきから、あいたっ」
顔面に枕を叩きつけられると、視界が暗くなる。カイズは首を振ると、それをどかす。
そのほんの一瞬の間で、ヴィータは顔を真っ赤にしながら、スカートに毛布をかぶせていった。
ヴィータはギロリとカイズを見ると、わざとらしくせき込んでいく。
「ん、んん。それじゃあ最初の質問だ。お前は管理局の人間だな」
「はい、そうです。と言っても管理局には入ったばかりで、今はヴィータさんの元で立派な教導官を目指してがんばっています」
「……なんでそこであたしの名前がでてくるんだよ」
「いえ、それが本当のことなんで」
「――――(ギロッ!)」
刺すような視線でクラールヴィントを見る。だが微動だにしないそれを見て、シャマルは肩を落とした。
「じゃあ次の質問だ。どうしてあたし達のことを知ってる。管理局はもうあたしたちの存在に気づいてるのか」
「えーっと、前半の質問は、何度も遊びに行ってるからです。後半の質問は。えーっと、この時点ではまだ確信にはたどり着いていないはずです。ですが、前回の闇の書事件の際に事故に巻き込まれてしまった、ハラオウン一家はある程度感づいていると思います」
「な、何だよ。前回の事件って」
「闇の書の暴走の事件です。無限に転生を繰り返す闇の書を封印のために移送していたときの暴走。そこでクロノ提督のお父さんが犠牲になってるんですよ」
「なっ、何言ってるんだ? お前はなにデタラメなこと言ってるんだよ!」
「…………いえ、これは全部事実です。というか、俺の事情を全て話します。それを聞いた後で、いろいろと判断してください」
「お、おう…………」
あまりにも衝撃的なことが続いたからだろう。ヴィータとシャマルは息を飲むと、カイズの言葉を待つことしかできなかった。
今までの闇の書事件。夜天の書の話。これから起こる事件の結末。そして今ヴィータがどういった状況にあるか。
それら全てを話すのに、三十分ほどを有しただろうか。
微動だにしないクラールヴィントのように、二人は言葉を挟むことができなかった。
「――――これが、俺に話せる全部のことです」
「…………はっ。じゃ、じゃああれか? 今ここにあるのは現実じゃなくて、夢の中だっていうのかよ。そんなばかばかしい話、だ、誰が信じると思ってるんだよ」
「まあ明晰夢ってなかなかできないみたいですしね。それにこれは夢というか、過去の記憶といったほうが近いようですし」
「とにかくデタラメ言ってるんじゃねえよ! そんな馬鹿みたいな嘘ついて、誰が信じるって言うんだよ!」
「で、でもクラールヴィントは揺れてませんよね」
「テメェが何か細工してるんだろ!」
「それならどうしたら信じてもらえるんですか!」
「はっ、だったらあたしの秘密の一つでも言ってみろっていうんだ。まっ、そんな秘密あたしにはないけどな」
あくまでカイズの話を認めたくないのだろう。秘密がないと公言しておきながら、秘密を言えと無理難題を押しつけられる。
秘密。秘密かー。
カイズはしばらく頭を悩ませる。ヴィータのことならいろいろと知っているが、そのほとんどは付き合い初めてからのことだ。
いまこの場にいるヴィータを納得させる秘密でなければ意味がない。これは困ったと考え込むと、ふと前回の公園でのことが思い出された。
「あっ、あー、えーっと」
「どうだ。何もないだろう」
「いえ、あるにはあるんですけど。とても言いにくいと言いますか。えっと、シャマルさん。クラールヴィントの嘘発見って、声でですか、心拍数とかですか?」
「どちらにも対応してますよ」
「えっとじゃあ、ヴィータさん。ちょっと耳貸してもらっていいですか」
「な、何だよ。秘密なんて本当はないんだろ」
「いえ、あるんですけど。さすがに大声でいうのは憚られると言いますか、なんと言いますか」
カイズの困った顔を見ると、ヴィータは仕方なしにと彼に近寄る。カイズはヴィータの耳元に口を近づけると、本当に小さな声で呟いた。
「えっと、ホクロのある場所を知ってます」
「ホクロなんて、そりゃどこにだって」
「ヴィータさん。――――のところにホクロがあるはずですよ。多分気づいてないと思いますけど」
「――――って。えっ、なっ、はあっ!?」
「いや、だから」
「い、言うな言うな! ちょっと待ってろ。嘘だったらぶっとばしてやるからな!!」
ヴィータは顔をトマトのように真っ赤にすると、部屋から飛び出していく。世話しなく階段を下る音が聞こえると、どこかの部屋の扉が思い切り閉められたようだ。
だが数秒経つと、再び階段を駆け上がる音が家中に響くのがわかる。ヴィータは部屋の扉を壊れそうなくらい思い切り開くと、床に落ちている枕を手につかんだ。
「―――――んッ!!」
「い、いた。嘘じゃなかったんだから枕で叩かないでくださいよ。秘密を言えっていったのは、ヴィータさんで」
「バカ、アホ、変態! 何であんな場所のホクロを知ってるんだよ! お前はあたしの何なんだよ!」
「そ、それはですね」
枕で叩かれながらも、カイズはちらりとシャマルのほうを見る。
今の状態では嘘でお茶を濁すことはできないだろう。どちらにしてもここまで明かしてしまったのだ。最後まで真実を答えよう。
カイズはゴロゴロと床を転がると、枕攻撃から逃げる。そしてヴィータの顔をジッと見つめると、その答えを口にした。
「俺は。――――俺はヴィータさんの恋人です」
そう答えると、二人の視線がクラールヴィントに向かう。結局一度も動かなかったそれは、故障でもしているのではないだろうか。
そんな疑惑が部屋を支配し始めると、カイズはダメ出しと声を張り上げた。
「俺はヴィータさんのことが大嫌いですよー」
――――ブンブンブンブン!
このまま飛んでいってしまいそうなほど、クラールヴィントは回転をしだす。
ヴィータは頬を膨らませると、真っ赤な顔のままカイズを睨みつけた。
「お ま え は。 黙ってろ!!」
渾身の勢いで叩き降ろされる枕。ヴィータはさらに布団や毛布を投げつけると、カイズの口と視界を完全に塞いでいくのだった。