四日目。午前中の最終訓練は、レイヤー建造物内のターゲットの破壊とゴールまでのタイムを競うものだった。
この試験は陸戦魔導師のBクラスの試験によく似たもので、唯一違うところと言えば最終関門に遠距離狙撃型のターゲットがいないことぐらいであろう。
過去にBクラスの試験に挑戦したスバルとティアナを苦しめたこのテスト。もちろん教導メンバーも悪戦苦闘していた。
「……あの馬鹿。すげえじゃねえか」
全体を見通しながらも、瞳の中は懸命にひた走るカイズを映していた。他のメンバーより、頭二つ先行している彼を見ると、ヴィータは額に手を当てる。
「あたしのことを追って、それで訓練が疎かになってくれれば一番よかったんだけどな。だけどあいつはあのメンバーのなかじゃ、一番優秀なんだよな」
いや、優秀だというよりは、優秀になったというほうが正しいだろうか。ヴィータはデバイスを手に取ると、教導メンバーのプロフィールを次々に表示していく。
「あの馬鹿はこのメンバーのなかで決して優秀なほうじゃなかった。せいぜい中の上くらいのあいつが、どうしてここまで動けるんだよ」
理由としては二つ考えられた。そのうちの一つは何かしらの理由で力を隠していたこと。だがそれは考えにくい。隠すような力なら、教導合宿などで見せつける意味がないからだ。
そうなると理由はあと一つしかない。その可能性を考えると、ヴィータの顔がカァーと赤くなっていく。
「故意に力を隠してたんじゃない。だったら、何かしらの理由でいつも以上に張り切って、それがそのまま実力に繋がったってことだよな」
しかしカイズという人間をよく知らないヴィータには、その理由へ繋がる選択肢があまりにも少ない。今日は好きな夕飯が出るからか。それともこの合宿を通して、一気に実力をつけたいからか。
――――それとも。
「あ、あたしに、いいところ見せたいからか……」
口に出すと、一気に体温が上がるのがわかる。自分はいったい、何を思いあがったことを言ってるのだろう。
「で、でも、あいつがあたしを好きなことは真実なわけだし。やっぱり、そういうこと。……なのか」
チラリとカイズのほうを見ると、彼はゴール線を切る一歩手前だった。そこで、今日初めて二人の視線が交差していく
――――パチンッ。
「な、あいつ!」
ゴール直前に贈られるウインクに、カッと顔が赤くなる。だがそれは恥ずかしさのためではなかった。
「ヴィータ教導かーん。どうでした、ここ最近では一番のタイムですよ」
手を振りながら、黒い前髪を揺らし走ってくるカイズ。褒めて欲しいと見えない尻尾を高速で振るが、そんな彼に対しヴィータは冷ややかな視線を向ける。
「おう、確かにタイムは言うことない。それこそ障害物の避け方。ターゲットの破壊まで、しっかりと予習復習をしたのが感じられる模範的な動きだったぞ。……だけどよ!」
手のひらに包まれたグラーフアイゼンを、ヴィータは戦闘形態にする。ハンマーの上部の棘部分を鼻先に向けられると、カイズの表情から笑みがなくなった。
「最後のウインクはなんだよ」
「え、あ、あれは、その。視線があったので、ヴィータ教導官にアピールをしようかと」
「馬っ鹿にしてるんじゃねえよっ!」
力の限りでアイゼンで地面を叩きつけるヴィータ。彼女はその小さな手を伸ばすと、カイズの胸倉を掴んだ。
「訓練だからって油断してるんじゃねえよ!いや、訓練だからこそ全力を注ぐべきだろう!実戦には訓練みたいに明確な終了地点なんて存在しねえ。一瞬の油断で命を落とすことだってあるんだよ!!」
「…………はい」
「勝ったと思った時が一番危ない。それを噛みしめておくことが現場での鉄則だ。いいか、これに懲りたら二度とふざけた態度で訓練に取り組むんじゃねえぞ!!」
「りょ、了解しました!」
顔は狼狽しながらも、しっかりと敬礼のポーズをとるカイズ。そんな彼の行動を見て、ヴィータはデバイスを待機モードに戻していく。
「全く。だから子供は嫌なんだよ」
「あっ、うっ……」
呆れたように背を向けるヴィータに、手を伸ばそうとするカイズ。だが自分の非をしっかりと認めているからだろう。その手を下ろすと、そのまま押し黙ってしまった。
だからこそ、ヴィータには彼がしっかりと反省していることが背中越しでも理解できた。彼女は頭を掻くと、後ろを向いたまま空に目を向ける。
「まあお前の集中力が散漫になったのは、話をしっかりと聞いてやれなかったあたしのせいでもある。……だから昼休みぐらいなら、話し相手になってやってもいいぞ」
「…………えっ?ええっ!?そ、それって」
「聞き返すな。いいか、あたしはちゃんと要件は伝えたからな。だからそれまで大人しくしてろ」
ヴィータはそのまま歩き出すと、残りのメンバーに目を向ける。
「い、いやったああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
そんな彼女の後ろで盛大な歓喜の声をあげるカイズ。そんな彼の無邪気に喜ぶ声を聞いていると、こんなことぐらいならさっさと願いを聞いてやるんだった、毒気を抜かれたように息をつくのだった。
午前の訓練後には二時間のお昼休憩が設けられている。それはなぜか。ご飯を食べる時間を一時間確保するためだ。
なら残りの一時間は何をしているか。正解は何もしていない。ヴィータやなのはの教導を受けた生徒は、ほぼ全てが一時間は動くことができなかったからだ。
そう、こいつを除いてな。
お昼ご飯を口に運びながら、チラリとカイズの姿を見る。彼は何が嬉しいのか終始笑顔でいた。
「もしかしてお前、今まで力を隠してたのかよ」
「えっ、何のことですか?」
「トボケるな。お前等クラスがあたし達の教導を受けたら、くたくたで動けなくなるはずだ。だがお前は動けないどころか、走り回る元気すらあったじゃないか」
「いやー、正直体力的には限界を突破してるんですけどね。まあこれも愛がなせる技といいますか」
カイズは食事を終えると、その視線をヴィータに合わせる。パッチリとぶつかり合う視線に、彼女は思わず目を反らしてしまう。
な、何意識してるんだよあたしは。こんなこと、今までなかったはずなのに。
今までなかった。そんな言葉を頭の中で浮かべると、ふと自分は男友達どころか、男の知り合いすら少なかったことに今更気づかされる。
男で一番付き合いが長いと言えば、もちろんザフィーラだ。だが彼は男である前に、同じ守護騎士であり、家族でもある。正直あまりにも近すぎるために、性別など気にしたことがない。
そのほかと言えば、クロノかユーノだ。しかしクロノクラスの階級の会話は主にはやてがしている。それに調べごとなどは、シャマルやほかのメンバーに任せており、自分から進んで無限書庫に足を運ぶことすらなかった。
それに男性にここまで想いを寄せられたことなど一度もないし、そんなものは自分には一生縁のないものだとヴィータは思っていた。正直に言えば、お昼に誘ったことすら彼女にとっては大冒険なのだ。これ以上何かアクション起こせというほうが、無理な話であろう。
外した視線を再びカイズに向ける。すると先ほどから変わることのない、彼の笑顔を目の当たりにして、体が熱くなるのを感じた。
「な、何がそんなに面白いんだよ」
「面白いというか、幸せなだけですよ」
「何でだよ?」
「憧れだったヴィータ教導官と一緒に食事が出来てるんです。それは笑顔にだってなりますよ」
「――――ッ!」
不意打ち過ぎるだろこいつは。
いや、自分に興味があるなら、こういう答えが返ってくることは予測が出来たはずだ。だが未だに目の前の好意を実感できない彼女だからこそ、こんな迂闊な質問をしてしまったのだ。
全くどうしていいかわからない。いっそ何も喋らないことにより、空気が悪くなったほうがどれだけよかっただろうか。
このままでは自分は残りの一時間半、ずっと視姦し続けられる。そんな状態で保つはずがないと、ヴィータは話題を無理矢理変えた。
「それにしても随分と予習復習をしてるみたいだな。今日の訓練も、最後以外は言うことなかったしな」
「好きな人の前ですから。気合いの入り方も違いますよ」
「お、お前な!」
何一つ会話が変わらない。どんなことを言っても、結局そこにたどり着いてしまう。
頬の赤みは、その領土をどんどんと広げ、今では頭の天辺まで到達しかけていた。
「お、お前はどうしてそんな恥ずかしいことをポンポン言えるんだ!わ、わかったぞ。あたしだけじゃなくて、ほかの奴にもそういって気を引いてるんだろう!!」
「そんなことありません。それに別に好きという言葉は恥ずかしいことだと俺は思いません。一番駄目なのは、なにもいえずに終わってしまうことですしね」
「ま、まあそうだけどよ……」
でもお前は言い過ぎだろと、心の中で叫び声をあげる。
「ああ、もう。お前の気持ちはよくわかったよ!じゃあ聞くけど、どうしてお前はあたしのことがそんなに好きなんだよ!理由もなしじゃ、理解も納得もしようがないんだよ!!」
「……それは言いません。でもヴィータ教導官に対する好意だけは本気だと。それだけは信じてほしいです」
またこれだと、ヴィータは頭を抱える。この質問は一度しているので、答えが返ってくることはないとよくわかっていた。
そしてこれこそが、ヴィータが後にも先にも一歩も踏み出せない理由なのだ。
あの馬鹿の好意には、嘘偽りがないと思いたい。だけど肝心なことがなにもわからねぇんだよ。
しかしその答えはきっと聞き出すことは出来ないのだろう。それは目の前にいる、カイズの表情を見れば考えるまでもない。
だからといって、これ以上好き好き言われることに、ヴィータはもう耐えられなかった。
「あー、じゃあさっきの訓練の復習だ。確かにお前はあのメンバーの中じゃ頭二つ分くらい抜けてた。だけど、まだまだ詰められるところは、いくらでもあるぞ」
「はい。ご指導のほどよろしくお願いします!」
先ほどの真剣の表情などどこ吹く風。ニコニコと笑顔になると、カイズはヴィータと一緒にデバイスから表示されるモニターを眺めていくのだった。
「ちゃんと話は聞いてたんだな」
午後の訓練が始まると、ヴィータはぼそりとそんなことを口にするのには意味があった。
それはカイズの動きにある。午前の訓練の復習を終えると、余った時間で二人は午後の予習をした。カイズ自身しっかり予習をこなしていたからか、元から十分に合格点の動きが出来たはずだ。だがその動きの注意点をさらに付け加えると、その動きはCクラス魔術師とは思えないほど完成されたものになっていた。
これならBクラスの試験を受けても、すぐに合格できるであろう。いや、むしろどうしてまだCクラスなのか疑問が沸くほどの成長ぶりである。
「いや、渡された資料じゃ、ありふれたCクラス魔術師なんだけどな」
スバルやティアナのように、お手製のデバイスを持っているわけでもなく、彼の使っているのはありふれたミッド製の杖。他の訓練生同様、普通の訓練生のはずなのに。
デバイスに映し出された資料のカイズと視線が合う。
「…………どうして資料相手にドキドキしてるんだよ」
視線を訓練上に向けると、今はまさにカイズがゴール線を切るところだった。今度は油断も余裕もなく、前だけを見て訓練を終えていく。
そして一息つくことなく彼はヴィータに向かい手を振ると、そんな彼につられて彼女も手を振ってしまうのだった。