ヴィータちゃんは男友達が少ない   作:白翼

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交わした約束

「ウオオォォォォォッ!」

 

『ゴアァァァァァァッ!』

 

 デバイスと爪がぶつかるたびに、強烈な火花があがる。

 どちらも一歩も引かない一進一退の攻防。ほぼゼロ距離の状態で、カイズとデスイーターは十二回目となる鍔迫り合いをし始めた。

 

『たかが人間が! 私の邪魔をするな!!』

 

「引くわけないだろ。俺は絶対にヴィータさんを救うんだ!」

 

『調子に乗るな!』

 

 デスイーターの右足の爪がカイズに迫る。カイズは足に傷を負いながらも、大振りの隙をつきデスイーターの肩を斬りつける。

 

『グオオオォ!』

 

「はっ、力に頼りすぎなんだ、ぐっ!」

 

 ―――――ドクンッ!

 

 心臓が一度力強く高鳴る。脳裏にはまた名も知らない人間が無惨に殺されていく姿が駆け巡った。

 

 カイズはその場で吐き出してしまいたい気持ちを押さえ込むと、必死に地に足を着けた。

 

 力はあっちの方が上。技量はこっち。だけど、攻撃が当たるだけでこっちにはディスアドバンテージか。

 

『でしたら可能な限り避けて倒すまでです』

 

「ああ、そうだな」

 

『それにマイクリエイターを助けたい気持ちが、相手の死の記憶に負けるとは思えませんが?』

 

「仰るとおりだよ!」

 

 弱気になるな。ここは記憶の世界。想いが力になるなら、弱気になったほうが負ける。

 

「それに死の記憶の人々はみんな生きたがってた。そんな人たちの犠牲をなくすためにも。――――ここでこいつを倒す」

 

『その意気です。近接戦闘パターン3でいきます。敵は動きに変化をつけていますが、まだ荒いです』

 

「了解!」

 

 カイズは大きく跳躍すると、デスイーターに迫る。

 

『馬鹿め。上空では動きが。グガッ!』

 

 デスイーターの目が釘付けになった瞬間を狙い、その前に設置しておいた魔弾が直撃する。

 

「まだだ!」

 

 飛んだ勢いのまま再びデスイーターの体に傷を負わす。だが致命傷を与えるまでに至らなかった。

 

『くそ、くそが。たかがBクラスの餓鬼の分際でえぇぇぇぇっ!!』

 

 明らかに格下のカイズに追い込まれている事実を受け止め切れないのだろう。デスイーターは両手を震わせると、カイズをにらみつける。

 

 悪魔の形相から放たれるその眼孔とカイズの視線がぶつかりあう。

 

「ぐっ!」

 

 それは人間の本能と言ってもいいかもしれない。現実の世界なら圧倒的に実力の差があるものからの威圧に、カイズはほんの一瞬足を止めてしまったのだ。

 

 その隙を、死を喰らうものは見逃さなかった。

 

『しょせんは餓鬼だな!』

 

「なっ、くそ!」

 

 踏み込みと共に放たれた爪が、カイズに襲いかかる。なんとか回避行動を、震える足がワンテンポ遅れて後ろに下がる。

 

 だが避けきれない。空を切り裂き放たれたそれは、カイズの右足を大きく傷つけていった。

 

「グッ――――!」

 

『まだだああぁぁぁぁぁっ!』

 

 一発、さらに一発とデスイーターの爪がカイズの体に傷を負わす。デバイスが叫びをあげる。じり貧になるからと、今まで極力使用を避けていたプロテクションを展開する。

 

 すると攻撃はカイズに届かなくなる。だがその衝撃を押し殺すことができず、カイズはビルに叩きつけられた。

 

 背面に強烈な痛みが走る。カイズはすぐにその場から立ち上がるが、それと同時に胃の中のものを吐き出した。

 

 血と胃液が混ざりあったそれは、ビルに叩きつけられたダメージだけではなかった。

 

 

 

 

 

 死にたくない、死にたくないよ!

 

 助けて、誰か助けてよ。

 

 殺さないで。殺さないでください。

 

 やだよ。お母さん、お母さん!

 

 いや、いやあぁぁぁぁぁっ!

 

 

 子供の。大人の。老人の。男の。女の。様々な死の情景で頭の中がパンクしそうになる。

 

 死の情報量に段々と頭の中が朦朧としてくる。今自分がどうしているのかわからない。

 

 立っているのか。倒れているのか。死んでいるのか。生きているのか。

 

『マスター! マスター!!』

 

 何かの声が聞こえる。その叫びは果たして誰のものだろうか。いや、自分はいったい誰だったろうか。

 

 この死んだ人の記憶の中に、自分はいるのだろうか。

 

 いたとしたら、自分はこれ以上頑張る必要なんてないのではないだろうか。

 

 茫然自失のまま、カイズの目の焦点が合わなくなる。 デスイーターはそんな彼を見ると、底気味悪い笑みを浮かべた。

 

『がっはっはっは、よーやく精神が壊れたか。はっ、何が想いの力だ。結局死の記憶には誰にも抗えはしないんだよ』

 

 一歩、また一歩とデスイーターはカイズに近寄る。

 

『マスター、気をしっかりもってください。貴方の想いはこんなものだったのですか。こんなところで挫ける想いだったんですか!』

 

『無駄だ無駄だ。この骸にはもう何も残っていないさ』

 

 デスイーターはカイズの目の前に立つと、巨大な爪を高らかと掲げる。彼の全ての魔力を込めた一撃は、カイズを殺すには十分すぎるほど威力を持っているだろう。

 

『これでお前もお前の想いも終わりだ』

 

「……………俺の、想い?」

 

 それはいったい何だったろうか。

 

 死にたくないということだろうか。

 

 助けてほしいといったことだろうか。

 

 神様に祈ったことだろうか。

 

 正義の味方を求めたことだろうか。

 

 娘を救ってほしかったことだろうか。

 

 自分だけでも生きたいと思ったことだろうか。

 

 せめて苦しまないで殺してほしいと思ったことだろうか。

 

 この死の記憶の中にそれはあるだろうか。

 

 それとも。それとも。

 

「あ、ああ。ああぁ」

 

『さあ、死ね』

 

 カイズの目には振り降ろされる爪がまるでスローモーションのように見えた。

 

 ああ、この一撃で自分は死ぬんだ。それがわかると、頭の中がクリアになる。

 

 この一撃で死ぬ。それはつまり自分がまだ死んでいないということ。なら生きている自分は何のためにここまできた。自分はどうしてこの場に立っているんだ。

 

 分からない。全てが分からない。だから俺は、俺は。

 

 

 

 

「――――カイズ!」

 

 

 

 

 その声が耳に届く。ずっと側にいたはずなのに、その単語だけは彼女は口にしてくれなかった。

 

 だから聞き間違えることなど絶対になかった。

 

 自分は、また彼女にそう呼んでもらいたくて。

 

 だからこそ、彼女を救うためにここまできたのだから。

 

 頭上に振り降ろされる爪。だがカイズは全力で顔を横にそらすと、その一撃を回避する。代償として引きちぎられる右腕。痛みと死の記憶が頭を流れる。

 

 だがもう惑わされることはない。

 

 カイズはもう、大切な想いを取り戻していたから。

 

「――――ヴィータさん! うっ、ああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 まだ左手は残っている。カイズは二股の黒刀をデスイーターの肩に突き刺す。

 

「――――ブレイク」

 

 そしてはやてとの会話の後からずっと止めようにと蓄えられていた魔力がデバイスごと爆発を起こした。

 

 ヴィータの夢の中だからこそ、最後の策としてカイズとイノセントハートが考えていた捨て身の一撃。無茶を通り越した無理のある戦法だ。

 

 上半身がほぼ吹き飛んで行ったデスイーターは、目を血走らせカイズを睨みつける。

 

『ぐっ、くそ! くそ! 私の存在が、こんな、こんな餓鬼の脆い想いなんかに!!』

 

「愛する想いの強さを知らなさすぎたんだよ。はっ、愛を知らないお前のほうがよっぽど餓鬼だったみたいだな」

 

『グゾオオォオォォォオォオオオオ!!』

 

 それが最後の断末魔だった。デスイーターは体が粉々になると、その姿を黒い霧と化す。だがその霧もその場で四散すると魔力反応が完全に消えていった。

 

「これで。……終わったんだよな」

 

『ご苦労様ですマスター』

 

「はっ、ははは」

 

 もう力尽きた。カイズはその場で膝をつくと、そのまま地面に向かって倒れ込む。

 

「カイズ! カイズ!!」

 

 ヴィータはグラーフアイゼンを投げ捨てると、彼の体を抱きしめる。カイズは久しぶりにヴィータの顔を見て、笑みをこぼした。

 

「この世界にきて。初めて俺のこと名前で呼んでくれましたね」

 

「馬鹿、そんなこと言ってる場合かよ! 待ってろよ、すぐにシャマルを呼んでくるからよ!!」

 

 すぐにでもヴィータは引き返そうとする。だがカイズは彼女の手を握りしめると、首を横に振った。

 

「大丈夫ですって。ここはヴィータさんの夢の中で、もうロストロギアも倒してあとは帰るだけですから」

 

「だけどもしかしたらってことはあるだろ! お前が言ってるのが本当はただの偽りの記憶で。このまま本当に死んじまうことだってあるかもしれないじゃないか!」

 

「いえ、まー、あー、そう言われるとちょっと自信がなくなってきますけど」

 

 なんと言っても、先ほどまで死の記憶のせいで意識が曖昧だった身の上だ。カイズは少し困ったように頬を掻こうとすると、右腕ないことを今更になって実感した。

 

「いやいや、すみません。ヴィータさんに変なところみせちゃって。――――あれ? ヴィータさん?」

 

「何でそんなにヘラヘラしてるんだよ。うっ、ひっく、このばかぁ」

 

 ポタリと頬に涙が落ちる。この感触は以前にも感じていた。それはもしかして、あの時もヴィータが――――。

 

「ヴィータさん。何で、どうして泣いてるんですか」

 

「し、知るかよ。あたしだってわかんねえよ。だけどお前が傷ついている姿を見ると、なっ、涙が、ひっく、止まらねえんだよ。お前のことなんて、ついさっきまで忘れてたのに。だけどずっと心の中で何かが引っかかってて。それでカイズのことを思い出したら、また胸が苦しくなったんだ」

 

 ヴィータはポロポロと涙を流しながら、カイズを抱きしめる。そして唇を一度噛みしめると、嘆きを続けた。

 

「初めて会ったときもそうだ。初めはお前を倒す気でいたけど、お前があたしを庇って倒れた姿を見てあたしは自然と涙を流してた。お前のことなんて全然知らなかったのに。それなのに、好きだって、愛してるって言われて浮かれてる自分がいた。カイズとデートに行ったときはずっとドキドキしてたし、お前が誰かにやられて意識不明になったときは、三日三晩ずっと泣いてた」

 

「ありがとうございます、ヴィータさん。……でももう大丈夫ですよ。もう、全部終わったんですから」

 

「それが。――――あたしはそれが一番嫌なんだよ!」

 

「ヴィータさん?」

 

「カイズのことを思い出して。それでようやく自分の気持ちにも気づけたのに。それなのに、どうしてもうお別れしなくちゃいけないんだよ。それに今のあたしはただの過去の記憶で。お前がいなくなったら、この気持ちも忘れちまうんだろ。あたしは、あたしは今の気持ちを忘れたくねえんだよ。もっとお前と一緒にいたいんだよ!」

 

 ヴィータは心に溜めていた思いの丈を全て吐き出していく。

 

 だが自分との別れを悲しむヴィータを見て、カイズは今回の事件が記憶の世界であることに初めて感謝した。

 

 会話の途中であっても、肉体的に殺されたカイズの体は容赦なく足下から徐々に崩れ始める。カイズはヴィータの体を一度力強く抱きしめ離すと、すぐに彼女の目をのぞき込んだ。

 

「大丈夫ですよヴィータさん。一度目を閉じて、そしてゆっくり開けてください。そうすれば、俺はすぐ側にいますから」

 

「ほ、ほんとうか。ほんとうなのか」

 

「……はい」

 

 もし今回の事件が過去へのタイムスリップや転生なら、自分はきっとヴィータを長い時間ひとりぼっちにしてしまったかもしれない。

 

 だがここは記憶の世界だ。カイズは絶対にすぐに会いに行くと約束すると柔らかい笑みを浮かべた。

 

 カイズの体が半分ほど消える。だがヴィータはもう慌てた様子を見せることなく、小さく声を上げる。

 

「だ、だったらちょっと目を瞑ってろ」

 

「えっ、どうしてですか?」

 

「いいから早く!」

 

「は、はい!」

 

 ヴィータの剣幕に押されて、カイズは急いで目を閉じる。目の前が暗闇になると、ヴィータの息づかいだけが耳に入る。その音がゆっくりとこちらに近づいてきた。

 

 ――――チュ。

 

 唇に何かが触れる。カイズは急いで目を開くと、目の前には頬を赤く染めたヴィータの姿があった。

 

「ヴィ、ヴィータさん、い、いま」

 

「な、なんでもねーよ。……別に、キスなんてしてないんだからな」

 

 ぷくーっとヴィータは頬を膨らませる。

 

 だが時間はもうそこまで迫っている。ヴィータは再び真っ直ぐカイズの姿を見つめた。

 

「あたしが目を開けたら、絶対に側にいろよな。……嘘だったら、グラーフアイゼンの頑固な汚れになってもらうからな」

 

「はは、それは怖いですね。――――でも大丈夫です。例えここから俺がいなくなっても。俺は必ずヴィータさんの側にいますから」

 

「絶対に約束だからな!」

 

「――――はい」

 

 カイズの体の胸から下が消える。ヴィータはそんな彼に合わせて、ゆっくりと目を閉じた。

 

 そして心の中で大きく時間を数える。

 

 目の前の暗闇の前に、何があるかは今のヴィータにはわからない。目を開けてもそこにはカイズが消えているだけで、何も変わらない今が続いているのかもしれない。

 

 だけどヴィータは疑わなかった。

 

 カイズが自分を悲しませることをするはずがない。

 

 だからこそゆっくりと目を開けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初めに見えたのは白い天井だ。

 

 いったい自分はどうしたのだろうか。ぼんやりとした意識の中、彼女は隣のベッドをちらりとのぞき込んだ。

 

 そこで横になっている人はいったい誰だったろうか。

 

 そんな見当はずれなことを思うことはなかった。

 

 だって彼はヴィータの恋人なのだから。

 

 彼女に遅れて、カイズがゆっくりと目を開ける。彼も薄ぼんやりとした意識だったのだろう。だが無意識ながらも引かれ合うように、ヴィータの顔をのぞき込んだ。

 

「ねっ、嘘じゃなかったですよね」

 

「えっ?」

 

 柔らかい笑みを浮かべたカイズの言葉の意味はわからなかった。

 

 だが自然と頬を伝う涙が何かを訴えかけてくる。

 

 カイズが自分と何を約束したのかは、ヴィータ自身も覚えていない。いや、記憶に存在してもいないのだ。

 

 だがその言葉が嬉しくて。彼が側にいてくれることが心から幸せで。

 

 ヴィータはただ涙を流し続けると、小さく頷き続けていくのだった。

 

 

 

 

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