「はあぁ~」
夕ご飯を終えると、ヴィータは何度目かのため息をついた。
「どうしたのヴィータちゃん。もしかしてカイズ君のことで悩んでるのかな」
「そ、そんなわけ。…………そんなわけ、ないこともないけどよ」
「その様子だと何か変化があったみたいだけど。でもまだ答えは出ないって感じかな?」
「そうだよ。っていうか、ここ数時間頭の中がおかしいんだ」
「おかしいってどんな感じに?」
「なんて言うかな。何するにしても、あいつの顔がずっと頭のなかから離れねえんだ。あれか。こういうのをノイローゼっていうのか?」
「あははは……」
そんなことを真顔で聞くヴィータに、なのはは苦笑いする。なのははこほんと咳払いをすると、質問をぶつけた。
「えっと、ヴィータちゃんはカイズ君の顔がずっと頭に浮かんで、イライラしたり気持ち悪くなったりするかな?」
「別に気持ち悪いことなんてねえけどよ。……でも変な気分ってのは違いないかもしれない」
「どんなふうに?」
「そうだな。……あたしは今まではやての家族で、はやて守る騎士で、今はこうやってなのはと教導に勤しむようにもなった。あたしははやてやなのは、それに六課のメンバーにだけ囲まれて、これからもずっと進んでいくって思ってたんだ。はやてや、ま、まあ一応なのはとも一緒にいるのはすげぇー居心地がよくて。その居心地の良さを疑う必要もなかった」
「うんうん。でもカイズ君は違うんだよね」
「ああ、そうなんだよ。あいつの気持ちは確かに居心地はいい。でもその居心地の良さに、本当に身を寄せていいのか、わからないのかもしれないな」
ああ、そうだと髪をかきあげるヴィータ。なのはに話すことにより、ようやく自身の疑問が形になったのだ。
「あたしは今ある幸せを広げるのが怖いんだな。はやてが主になってくれてあたしたちは救われた。なのはや六課のメンバーに出会って、たくさんの繋がりが出来た。夜天の書のプログラムとして生まれたあたしにしてみれば、もうこれ以上にないってくらい、救われてきたんだ」
思えば自分はいつも誰かに助けられてきた。はやてに助けられ。六課の存在に救われ。教導官の道もなのはに進められたからこそ進むことが出来たのだ。
「結局自分の足で一歩前に進むのが、あたしは怖いんだな」
自身の弱さを理解すると、ヴィータの腕は突然震え出す。しかしなのははその手を優しく包み込むと、ありったけの笑顔を向けていった。
「違うよヴィータちゃん。それは怖がってるんじゃなくて、ただ前への進み方を知らないだけなんだよ」
「進み方を、知らない?」
「誰だって初めてのことは不安と戸惑いでいっぱいだよ。でもヴィータちゃんはその感情から逃げようとしないで、今でもしっかりと考えてるんでしょう。だったら後もう少しだよ。ヴィータちゃんの想いを、そのまま言葉にしてあげればいいんだから」
「あたしの、想い…………」
ヴィータはその場で足を止めると、ジッと考え込んでしまう。なのははそんな彼女を焦らすことなく、その場で一緒に足を止めた。
だが制止し、言葉を止めた二人の耳には容赦なく言葉が囁かれていくのだった。
「いやー、それにしても明日で教導も終わりかー」
「こんなきついなんて思わなかったからな。もう体中生傷だらけだぜ」
廊下の曲がり角から聞こえるのは二人の話し声。その野太い声は、ヴィータの教導している、メンバーのようだ。
聞こうとは思っていなくても、聞こえるその声に二人は自然と聞き耳を立ててしまう。
「それにしても明日で終わりじゃ、もう賭のほうは駄目かなー?いやー、カイズの奴ならやってくれると思ったけど、さすがに相手が悪かったか」
「お前は落とせるほうに賭けてたもんな。まっ、今更賭けは無効にならないから言うけどよ。この勝負は初めから落とせない方の勝ちだったんだよ」
賭け。勝負。勝ち。負け。理解出来ない、いや理解し難い単語が次々と二人の耳に届く。そしてその中心には必ず、カイズの名前が存在していた。
ガチガチとヴィータは体を震わせていく。
「何だよ、初めから落とされない方の勝ちって。カイズの奴も賢明に口説き落とそうとしてるじゃないか」
「だからお前はその姿に騙されてるんだよ。俺はあいつとの付き合いが長いから知ってるけどよ。あいつは度がつくほどの、年上好きなんだぜ」
「はっ?マジかよ」
――――やめろ。
「マジもマジだよ。中等部の頃はすぐ高等部の奴を口説き落とそうとしてたし、高等部の頃なんて女教師にアタックしまくってたんだぜ」
――――やめろ。やめろ。
「まあパッとみ、めちゃくちゃアタックして見せてはいたけどさ」
――――やめろ。やめろ。やめろよ。
「あいつがあんな幼児体型に興味示すわけないって話なんだよ」
――――やめろ。やめろ。やめろよおぉぉぉぉぉっ!!
「ぐっ、がああぁぁぁっ!!」
小さな拳を握り込むと、全力で壁を殴りつけるヴィータ。自分が今苦しんでいるのか。悲しんでいるのか。怒っているのか。憎んでいるのかもわからない。
ただ圧倒的な虚無感が心の中に渦巻くと、ヴィータは狂ったように走り出してしまった。
「ヴィータちゃん!」
走り出した彼女の手を掴もうとするが、もう遅い。すぐに背中が見えなくなってしまうと、なのはは下唇を強く噛む。
「ふっ、うふふふ」
とにかく今は一人にしてあげよう。そう心を決めるなのは。
そして自分が今するべきことをするために、満面の笑みを作る。
そんな顔とは裏腹に、彼女は背後に死神と阿修羅を乗せると、ゆっくりと角を曲がっていくのだった。