招待状に記された場所につくと、ヴィータはまず驚きの声を上げる。それは結婚式場が豪快だからではない。少しシックな雰囲気ではあるが、どうみても飲食店にしか見えない店だからだ。
本当にここで結婚式をやるのだろうか。そう訴えかけるヴィータの顔を見ると、カイズはそうですよと口を開いた。
「俺も初めて見たときはヴィータさんと同じ感想でしたね。でもこの店は。――まあ口で説明するより、なかを見た方が早いですね。とにかく行きましょうか」
カイズに引かれるままに店内に入る。内装は外から見えるよりは、広々としていた。だがそれだけでは未だにヴィータの不安は拭えない。
そんなヴィータをよそに、カイズは店の奥を指さした。
「このレストランってサクヤの旦那さんの友達がやってるらしいんですよ。で、その旦那さんの趣味も兼ねてるのか、ここの地下がすごいんです」
「地下? この下にも店があるのか??」
「そうなんですよね。とりあえず下りましょうか」
カイズに手を引かれると、ヴィータは一歩一歩落ち着いて階段を下りる。そして下りきった場所の光景を見て、思わず声を上げた。
「す、すげえな。一階の敷地の三倍は広いんじゃねえか!」
「そうなんですよね。普段は上の階でレストランをやって。で、予約入ったら宴会とかパーティーが開けるように地下を広げて。それから結婚式を開けるわけですから、もちろんあれだってあるんですよ」
「あれって。……お、おおー」
ヴィータは視線の先に見える巨大な十字架を見ると、思わず小走りで向かってしまう。
どういう構造なのか、太陽の光が通るステンドグラス。こじんまりとしながらも、来客が座る横広の椅子。そしてその真ん中に通るのは、今までテレビなどでしか見たことのない真っ赤なヴァージンロードだ。
何もかも初めての式場を見て、目を輝かせるヴィータ。そんな彼女に今日の主役である彼女が声をかけてきた。
「旦那の友達は神父の資格も持ってるらしいんですよ。だけどレストランも開きたくて、どうしよーって考えたら、結局どっちもやってしまったみたいですね」
「あっ、シンドウさん。きょ、今日はお日柄もよく――――」
「そんな堅苦しい挨拶は大丈夫ですよ。それに今日から私はシンドウではなくなるので、気軽にサクヤって呼んでください」
「あっ、そうか。……ん、でも式はあげてなくても、婚約はしてたんだよな」
「あー、それは独身ってことにしたほうがいろいろと商談が進むことが多くて。……まあこの結婚式を期に、私もしっかりしようかなって思いまして」
「あ、あははは」
自分よりも見た目も心も大人のサクヤのことだ。きっといろいろと思うところがあったのだろう。ヴィータは「ん、んん」と一度喉の調子を整えると、改めてその名前を口にした。
「それじゃあ改めて。えっと、サクヤさん。今日は改めてあたしなんかを誘ってくれてありがとうな」
「いえいえ。私もヴィータさんには是非とも来てほしかったので嬉しいです。――――それとカイズ君。しっかりとスピーチの準備はできてるわよね」
「あったりまえだろ。ここ最近いろいろあったけど、そこは抜かりねえよ」
「そう、それはよかったわ。――――それじゃあ今日はヴィータさんにいいところ見せるために、しっかりスピーチしなさいよね」
「ふぇっ! サ、サクヤさ――――」
「あったりまえだ! ヴィータさんの見てる前でかっこ悪いところ見せられるかよ!!」
「えっ、カ、カイズ!」
「――――うん。それでよし」
サクヤは満足そうに頷く。カイズもまたビシっと親指を立てると自信満々であった。
いや、なんて言うか。サクヤさんカイズの舵取りのしかたうますぎだろ。
先ほどヴィータが思ったことを、サクヤはもっと前から考えついていたようだ。
互いの利害が一致している姿を見ると、ヴィータは何とも言えない気持ちになる。
そんな置いてきぼりなヴィータを見ると、サクヤはこほんと一度流れを区切った。
「それでは私はこれから準備がありますので。もうちらほら私と旦那の親族や友達がくると思いますので、今しばらく待っていてくださいね」
そう言葉にすると、サクヤは二人に背を向ける。そんな彼女の姿を見て、ヴィータは思い出したように声を上げた。
「……えっと、なんかタイミング逃しちゃったけど。改めて今日はおめでとうなサクヤさん」
「――――ええ、ありがとうございます。ヴィータさん」
そう言って振り返るサクヤの顔は、今まで見た彼女のなかで一番幸せそうな顔をしていた。
◇◆◇◆
式は何の問題もなく滞りなく進む。
神父の前で結婚を誓ったサクヤと旦那さんはとても幸せそうで。普段から綺麗なサクヤのウエディングドレス姿は、こういう言葉があっているかわからないが圧巻の一言だった。
二人は神父の前に誓いの口づけを交わすと、それで第一部は終了する。
二人はお色直しのために、それぞれの控え室に移動する。親族や友達、そしてヴィータ達もまた用意されたテーブルに移動していった。
ウエイターから受け取ったグラスを手に持つ。だがヴィータはそれに口をつけることなく、「ふっー」と息をもらした。
「サクヤさん。すっげえ綺麗だったな」
「そうですかー? って、まあそういうジョークをこの会場で言うべきじゃないって俺もわかってますよ。――――悔しいけどそれについては同感です」
「なんて言うんだろうな。普段の大人びてるキッチリした綺麗さとは違ってるっていうか。大人の抱擁力みたいな、温かさがある綺麗さだったな」
「結婚ってそれだけで人を変えるもんなんですね。俺も少し、あいつのことを大人に感じましたしね」
「――――ふぅー」
サクヤのウエディングドレス姿が、ヴィータに与えた想いはそれだけでない。
彼女は隣にいるカイズをチラリと見ると、頬をうっすらと赤色に染めた。
結婚か。……いつかあたしもするんだよな。
きっと半年前には結婚のけの字も考えることはなかっただろう。
だが今の自分には大切な人がいて。そしてそんな自分を好きでいてくれる人がいる。
ヴィータは純白のウエディングドレスを着て、みんなに祝福されている自身の姿を想い描くと、はにかむような笑みをこぼした。
「ふふふ」
「何だかご機嫌みたいですけど。どうしたんですかヴィータさん?」
「んー、なんでもねえよー」
もう一度笑みをこぼすと、ヴィータはようやくグラスに口を付けた。
「あれ? これただのリンゴジュースだ。カイズのは?」
「俺のは赤ワインですけど。――――あのウエイター、間違えたんですかね」
「まあ別に構わないけどよ。――――あっ、カイズはあんまり酒飲み過ぎるなよ。ってかもう飲むな、そこに置け!」
「えっ、な、何でですか」
「何でもだよ。ほら、もうすぐスピーチやるわけだし、酔っぱらったらしょうがないだろ」
「そ、そうですね」
ヴィータのあまりの剣幕に、カイズは有無言わずグラスをテーブルに置く。すると、そのタイミングを見計らったかのように、一人のウエイターが彼の元に近づいた。
「カイズ様でございましょうか」
「あ、はい。そうですけど」
「このあとのスピーチのスケジュールを親族様と打ち合わせしたいので、来てもらってよろしいでしょうか?」
「えっと、あの」
カイズはちらっとヴィータの方を見る。きっと知らない人だらけの場所に、自分を置いていくのが心苦しいのだろう。だが小さな子供ではないのだ。ヴィータはカイズに向かい、小さく手を振る。
「ほら行ってこいよ。あたしは別に大丈夫だからよ」
「そ、それじゃあ。――――お、俺、ヴィータさんのために」
「だからそれはわかってるって。ほら、ウエイターさんも困ってるだろ」
「わ、わかりました。それじゃあ行ってきますね」
「おぅ、行ってらっしゃい」
カイズは大げさに手を振ると、ウエイターと共にその場を離れていく。ヴィータはやれやれと肩を落とすと、リンゴジュースに口を付けた。