仕事を終えても、ヴィータはカイズの家に真っ直ぐ帰ることができなかった。
何のあてもなく町外れにでると、一面に緑の広がった草原まで足を延ばしていた。
都会の喧噪から遠く離れたこの場所は、一人で悩むにはちょうどいい。
ヴィータは夕暮れの空を見上げると、重く目を閉じた。
「誰にも話せるわけねえよ。きっとあたしの悩みを話したら、カイズもはやても一緒になって悩んじまう。……でもだったとしても、あたしのことを優しく迎えてくれるはずだ。……闇の書の意志のせいで、どうにも出来なかったから。償いの為に今まで走り続けたことをしってるから」
だがそれはあくまで自分を受け入れ、近くにいた人たちだからいえることだ。
「……あたしのことを知らない人からしたら、あたしは世界を滅ぼし続けた重罪人。人の形をしたただの魔力の結晶体に過ぎないんだ」
親しいものと無関係のもの。それらの人たちが自分のことをどう思っているかは、この数日でよくわかった。
だからもし。もしそんな人物がハラオウン一家以外に現れたらと、そんなことをここ最近思うようになってしまった。
ヴィータは閉じていた目を開けると、顔を俯かせた。
「あたしたちに大切なものを奪われた人いて。その人がもし今のあたしたちのことを知ったら。……どう思うんだろうな。――――わっ!」
突然の突風が草原を走る。ヴィータは反射的に目を閉じると、苦笑いをした。
「はっ、ははは。……やっぱり世界はあたしのこと許さないって言ってるのかな」
「いや、世界はお前のことを許しているさ。だからこそお前はここにいる。幸せな顔をしてな」
「――――えっ!」
不意に聞こえる声に、ヴィータは目を丸くする。手で覆っていた視界を開くと、目の前には一人の男が立っていた。
ガタいのいい筋肉質な男。その白い髪は染めたものではなく全てが白髪。口で語ることがなくとも男の苦難を象徴していた。
背に携えている大剣は板のように平べったく。それでいて百八十センチほどの大きな得物だった。
黒いマントを羽織ったその姿は、まさに旅人といった風貌であろう。
そこまでゆっくり男を観察すると、ヴィータは待機状態のデバイスに手を伸ばした。
「いったいお前は誰だ」
「お前は誰か? 俺はシスンだ。……覚えてないか?」
「お前みたいな男は知らねえよ」
「そうか。…………なら、エレナという名前は覚えているか?」
「だから知らねえって言ってるだろ! ――――いや、お前の顔見覚えがあるぞ。今いろんな世界を形振り構わず救ってるやつだな!」
途中で切り上げてしまったが、資料に映っているその顔に見覚えがあった。
きっとなのはは、この男が次はこの世界に来るかもしれないから、注意するように伝えようとしたのだろう。
だが目の前にでてきたのなら手間が省ける。こっちとしては、ここ最近悩むことが多すぎてイライラしていたところだ。
ヴィータはデバイスを機動させると、紅いバリアジャケットをセットアップした。
男もまた大剣に手をかけると、ヴィータを睨みつける。
「あの頃と違って、随分と可愛らしいバリアジャケットだな。…………それだけ今が幸せだということか」
「はっ! お前にあたしのなにがわかるっていうんだよ。お前の身柄は確保させてもらうぞ!」
「…………こい」
シスンは大剣を持つと、その場でズッシリと構える。ヴィータはカートリッジロードをすると、グラーフアイゼンのブーストを全開にする。
「うおらあぁぁぁぁぁぁっ!」
ラケーテンハンマーによる先制攻撃。たとえ相手がどんな手段を使おうとも、真っ向から力で叩き潰す。
この数年間。鍛えに鍛えた必殺の一撃だ。
「……あの頃よりも速いな。――――だが!」
男は身の丈ほどの剣を軽々と振り回す。ぶつかり合う大剣とハンマーから火花が散る。お互いの力が拮抗し、完全に動きが止まる。
そう、ヴィータから仕掛けたにも関わらず、大剣を構えただけのシスンを押し切ることができなかったのだ。
「なっ、くそっ!!」
「最後の転生後から、随分と磨きをかけたみたいだな。――――だが俺はその何百倍もの時間を歩き続けた。たった一つの想いを胸に、ただ斬り結んできた!!」
シスンの両腕に血管が浮かび上がる。一歩、ゆっくりと一歩シスンが地面を踏み込むと、ヴィータの体が押され始めた。
「さっきから訳わからねえことをゴチャゴチャと! いったいお前は何者なんだよ!!」
「……どうしても思い出せないか。だったら教えてやる!!」
「うっ、あっ!!」
男の叫びとともに、ヴィータは完全に押し切られる。受け身をとることも出来ずに、吹き飛ばされると地面に何度も叩きつけられた。
ちっ、何てパワーなんだよ。
ヴィータは空いている左手で地面を叩くと、何とか体勢を整える。だが追撃を注意したヴィータとは違い、シスンは彼女に斬りかかることはなかった。
だがヴィータを見るその瞳は剣で斬りつけるよりも凶刃であり、その怨念のこもった視線にヴィータの胸は自然と締め付けられた。
男は地面に剣を突き刺すと、抑え続けた激情を言葉にして放った。
「俺はお前たち闇の書に、世界を、友達を、家族を。そして愛する人を奪われた男だ」
「――――――えっ」
「お前達は俺から全てを奪った。ただ平穏に生きたかっただけなのに。そんなありふれた幸せを望んだエレナの命をお前達が奪っていったんだ!!」
「――――――――」
パクパクと声にならない声が、ヴィータの口から漏れる。目の前の男が何を言っているのかがわからない。いや、わからないわけではない。
わかることを心が拒絶してしまったのだ。
だってそれを今のヴィータが理解してしまったら。きっとこの小さな少女の心は耐えきることができないから。
「……あっ、ああ」
「やはり何も覚えてないか。ああ、そうだろうな。もしエレナや俺のことを覚えてるのだったら、新しい家族に囲まれて笑顔なんて見せるはずないからな!!」
シスンは何百年もため続けた憤激をヴィータにぶつける。だがそれだけで収まるはずがない。
彼は大剣を引き抜くと、それを大きく振りかぶった。
「たとえ管理局がお前達を許そうとも。たとえ世界がお前達の幸せを望もうとも。俺は絶対に許しはしない。お前達闇の書に殺された者達の怒りを、ここで晴らさせてもらうぞ!!」
「うっ、あ、ああ、ああぁぁぁぁ」
シスンはその体つきからでは考えられないほどの速度で、ヴィータに攻めよる。
振り下ろされる一撃は、直撃すればヴィータの体を粉々にするだろう。
だがすでにその必要はなかった。
そんなことをしなくとも、ヴィータの心はすでに砕かれてしまったのだから。
「あ、あ、あたしは、違う、あたしは、あたしはああああぁぁぁぁっ!!」
ヴィータの叫びが草原の中を走り抜ける。
そんな彼女に憤怒の念に駆られた一撃は、殺された者への慈悲を込め、無慈悲に振り下ろされていくのだった。