『どういうことだヴィータ!』
デバイス越しの会話。納得がいかないと声をあげているシグナムに、ヴィータはもう一度同じ説明をする。
「だからさっき言ったとおりだ。ヴォルケンリッター並びに、リインやアギトは絶対単独で行動しないでくれ。それと必ず一人ははやてと行動するようにしてほしい。そう言ったんだ」
『言っていることはわかっている。私が聞いているのは、どうしてそんな伝言をよこすかだ』
「…………とにかく伝えたからな。絶対にはやての側を離れるんじゃねえぞ」
『ヴィータ! だから説明を――――』
シグナムの言葉を遮ると、そのまま全ての着信を拒否する。ヴィータは家主のいない部屋で、ただ呆然と天井を眺めていた。
「……これではやては大丈夫だな。あとは」
カイズのことはどうするべきであろうか。少し調べれば、闇の書とはやてが関係があることはすぐにわかることだ。
だが自分とカイズの関係はどうであろうか。身内にはもちろん知れ渡っているが、それでも何かの形として外部から漏れる心配はないはずだ。
「…………だけど、このまま近くにいるのは危険だよな」
やはりこのカイズからは距離を取ったほうがいい。そうと決まれば早く荷物をまとめてしまおう。
そうヴィータが決心した時、部屋の鍵が開く音がする。
「ヴィータさーん。ただいま戻りましたー」
いつもと変わらない笑顔でカイズが帰宅する。
ここ数日を含めこれ以上不振な姿を見せたら、カイズは完全に自分の異変に気づくだろう。
ヴィータはざわつく気持ちを抑えると、笑顔で彼を迎える。
「おー、お帰りー。今日はどうだった?」
「いやー、もうそろそろ仮教導実習が始まるからか、結構みんなピリピリしてますね」
「そうか、そんな時期だもんな。……あのな、カイ」
「そ・れ・よ・り。ヴィータさーん」
カイズはニヤニヤと企みを含めた笑みを見せる。いったいどうしたのだろうか。ヴィータは首を傾げると、カイズは二つのチケットを出した。
「十日後って確かオフだって言ってましたよね」
「えっ、おお、確かにそうだけど。そういえば、ここ最近何度か同じこと聞いてきてたけど。どうしたんだ?」
「ふっふっふっふ、いよいよ。いよいよ貯まったんですよ。そして今日予約してきました!!」
カイズは手に持っている二つのチケットを見せる。そして満面の笑みで話を続けた。
「不肖カイズ、このたびよーやく給料を目標金額まで貯められました。――――だからヴィータさん、十日後に俺と一緒に海の見えるホテルに旅行に行ってください!」
目標金額。海の見えるホテル。旅行。
そして目の前にある二つのチケット。ヴィータはそれらの情報を提示されると、嬉しそうに顔をほころばせた。
「そ、それじゃあ本当に貯まったんだな!」
「もちろん本当ですよー。いやー、長かったですね。いや、それもこれも俺が教導の勉強をしながらだったのが一番の理由なんですけど。だ、だから、十日後は是非ともよろしくお願いします!」
ズイっとだされる一枚のチケット。ヴィータはそれを受け取ると、カイズを抱きしめた。
「よく頑張ったなカイズ。すごいぞ、偉いぞー」
「ヴィータさんのためなら、何だって頑張れますよ。――――それじゃあとりあえず夕飯の準備しちゃいますね。今日は朝やってもらったんで、俺が夕飯作りますねー」
「おー、ありがとうなー」
カイズは上着を脱ぎ、ネクタイを外すとエプロンをつけ台所に向かう。ヴィータは手に握ったチケットを見ると、ベッドの上に寝転がり、恥ずかしそうにばた足をした。
(いよいよ、いよいよこの日がきたんだな)
カイズと旅行に行くということ。それはヴィータと彼が始めて結ばれる日を意味する。
今まで何度かエッチなことを経験してきたが、その日のために本番行為だけはしてこなかった。
全てはヴィータの願いを叶えるため。全ては十日後のその日のために。
「十日後、十日後かー」
両指折りで数えられる未来の予定。それを口にした瞬間、あの声がヴィータのなかで蘇った。
『お前等は必ず全員殺す。周りを巻き込みたくなかったら、身の振り方を考えておくんだな』
重く、深く、シスンの放った言葉がヴィータの心を蝕む。嬉しさのあまり、瞬間頭の中から消えていた声は、喜色のヴィータの顔を青ざめさせるには十分だった。
「……なに笑ってるんだよあたしは。近くにいたらカイズを巻き込んじまうじゃねえか。……それに十日後にはあたしがどうなっているかだってわからねえのに」
嬉しさがあったからこそ、目の前にある絶望が色をより濃くする。ヴィータはベッドに体を預けると、深く強く目を閉じた。
嬉しさと苦しさが心を支配する。ヴィータは一度も笑顔を見せることなく夕食を終え、先にシャワーを浴びていた。
顔に当てられる温水は、体の汚れを落としても、心の憂いまでは落としてくれない。
もうヴィータにはどうしていいのかがわからなかった。
今ある幸せを手放したくない。だがそのまま幸せに溺れてしまってもいいのだろうか。
シスンの言葉には嘘偽りはないと思う。
きっと自分は彼の全てを奪ってしまい、彼をあのような復讐鬼に変えてしまったのだろう。
それを抜きにしても、シスンは強い。なのはのフィールドを突破し、その力はまだまだ上がある気がする。
こちらが生きたいと思っても、彼の前ではどうにもならないかもしれない。それほど、彼の力量は底知れぬものだった。
「十日後。……あたしは生きてるのかな」
自らが望もうが、望まなかろうが、明日には自分は死んでいるかもしれない。
だけど仲間達に助けを求めることができない自分もいた。
もしこのまま自分が死んでしまうとしたら。
もしこのまま自分が殺されてしまうとしたら。
その両方の可能性が頭に浮かぶと。
ヴィータはシャワーを止め、浴室から出ていった。