「ヴィータさん喜んでくれてたなー。よかった、よかった。何だか最近思い悩んでたみたいだったし」
食器を片づけ終わると、カイズはカーペットの上で一休みしていた。
ここ最近ヴィータが何か思い悩んでいるのは、何となくだがわかっている。
だがその理由を話したくないということは、そういうことなのだろう。
だったらその悩みが吹き飛ぶくらいのサプライズを贈ればいい。カイズは十日後のことを思うと、自然と頬を緩めていた。
――――ガチャ。
浴室のドアを開く音が、カイズの耳に届く。入浴時間が随分早いなと思いながら、カイズはヴィータのほうに目を向ける。
「今日はシャワーだけだったんです、えっ、ちょっとヴィータさん。パ、パジャマ忘れちゃったんですか!?」
あまりに事態にカイズは思わず目を逸らしてしまう。だがそれも仕方のないことだろう。
目の前にいるヴィータは、パジャマはおろか下着すらつけていない生まれたままの姿だ。
髪の毛も解いており、体も拭いていないのだろう。体から落ちる水滴が床を濡らしていた。
焦るカイズ。だがそんなカイズの質問に、ヴィータはなにも答えなかった。その代わりに、背を向けている彼に近づくと、そのまま背中に抱きついていく。
小さな胸と塗れた体がカイズの体に押し当てられる。水滴がジワリとカイズの服に染み込んでいくと、彼はごくりと喉を鳴らした。
「ど、ど、ど、どっどど、どうしたんですかヴィータさん。あ、で、でもエッチなことは最近してませんでしたし、お、俺としても、そ、その嬉しいかなと」
心臓をバクバクさせ、カイズは挙動不審になってしまう。だがそんな彼とは違い、ヴィータは落ち着いた冷静な声で一言口にした。
「――――しよ」
「えっ!?」
「今ここで、あたしをカイズのものにしてって。……そう言ってるんだ」
「へっ!!」
いったいこれはどういうことだろうか。いや、ヴィータが何を言っているかわからないというほど、自分は鈍感な男ではない。だがしかしだ。その日が十日後に来ると先ほど言ったのに、このタイミングでヴィータが迫ってくる意味がカイズにはわからなかった。
「で、でもそれは十日後に海の見えるホテルでって。そのためにこれまで我慢して、いろいろ頑張ったわけですし」
「いいじゃねえか。十日後なんてもう我慢できないし。――――お願い、なっ」
今までに聞いたことのない艶のある声に、カイズの男の部分が反応する。
まあ言われてみればそうなのだ。これまで本番行為がなかったにしても、何度もエッチなことはしてきている。
そしてその集大成が十日後になるか、今日になるか。実際にはその違いしかないのだ。
別に今エッチなことをしても、たった十日間でしなれるわけではない。十日後は十日後で、海の見えるホテルでロマンチックにすればそれでいいのではないのか。
そうでなくても、今まで寸止め的なことが多かったのだ。カイズはもう一度喉を鳴らすと、ギチギチとゆっくりヴィータの顔を見る。
「ヴィ、ヴィータさん。そ、それなら、お、俺……」
互いの息づかいを感じるほどの距離。カイズはヴィータの目をのぞき込むと、彼女の両肩に手を置く。
そしてそのまま彼女をベッドに押し倒した。
「……ヴィータさん」
「……カイズ」
ヴィータは全てに観念したようにギュッと目を閉じる。
その姿を見て、カイズは自身の欲望を口にした。
「ヴィータさん。…………何があったんですか。おかしいですよ」
「――――えっ!」
カイズの言葉を聞くと、ヴィータは思わず目を丸くしてしまう。カイズはヴィータと視線を合わせると、彼女のことを知りたいという欲望のままに言葉を続けた。
「ここ最近、ずっと何か変だと思ってました。だけど本当に困ったことなら、俺に相談してくれる。そう思ったからこそ、俺はずっと待ってました。――――だけど、俺なんかには相談できない悩み事だったんですね」
「――――ちっ、違う! カイズだからじゃない、これは誰にも相談してな、あっ!」
カイズに嫌われたくない。カイズに誤解されたくない。その思いが、反射的に言い訳をしてしまう。
しまったと口を抑えるヴィータ。カイズはその姿を見て、さらに言葉をかける。
「困ってることがあるなら教えてください。俺なんかじゃ役に立てないかもしれませんけど。それでもヴィータさんの力になりたいんです!」
「……だ、だけど。このことは」
「――――ヴィータさん!」
カイズは心の底から声を張り上げる。
どこまでも真っ直ぐな思いは出会った頃から変わることはない。だからヴィータは自身の悩みを口にすることができなかった。
だからこそ、呟くようにその言葉を漏らしてしまった。
「なあ、カイズ。……もし、もしあたしと一緒に死んでくれって言ったら。カイズはどうする?」
「――――えっ」
それは何の脈絡もない言葉。だがきっとヴィータからすれば、様々な想いが積み重なったが故の言葉なのだろう。
だからこそカイズは即答できなかった。いや、できるはずがないのだ。
だってその回答しだいで、自分とヴィータは――――
思い悩んでいるカイズの表情を見て、ヴィータは苦笑いを浮かべる。そして、ほんの少し寂しそうな顔をすると、カイズの体をズイッと押しやった。
「ははは、ごめんな。冗談だよ、冗談。本当にそんなこと言うわけないだろ。そりゃカイズも困っちまうよな」
「――――違う、ヴィータさん俺は!」
「だからそんなマジな顔するなって。それじゃあちゃっちゃと着替えてくるな。あっ、それと明日は仕事でちょっと早くなるから先に寝とくなー」
「――――ヴィータさん! ヴィータさん!!」
「じゃあな、カイズ」
ヴィータは再び浴室に向かうと扉を閉める。
その扉は鍵をかけられたわけじゃない。
その扉は魔力的防御が張られているわけでもない。
だがカイズはその扉を開けることができなかった。
「――――くそっ!」
カイズは後悔のあまり、髪の毛をかきむしる。
そのあと、カイズとヴィータは言葉を交わすことはなかった。
そして、その数分後のことだ。
ヴィータと入れ替わりでシャワーを浴びたカイズが部屋に戻ってくると。
最低限の荷物を持ち。
ヴィータはカイズの部屋から姿を消してしまったのだった。