シャワーが流れる音が室内に木霊する。
ヴィータは壁に両手をつけると、一人シャワーを浴び続けていた。
「ぐっ、ううぅ……」
今この瞬間、自分が何を考えているからハッキリしない。それは先ほどと同じだ。
裏切られたことに悲しんでいるのか。騙されたことに怒りが沸いているのか。
だが結局ヴィータは何も考えられていないのだろう。思考が停止している。それが彼女を表わす一番の言葉かもしれない。
「は、はは。何泣いてるんだよあたしは。別にあんな奴のこと何とも思ってなかったじゃないか。何とも……」
いや、そんなことはないと胸に手を当てる。何も思っていないのなら、こんな思いをするはずがないのだ。
カイズと出会ったのは今日を含めたった四日のこと。たったそれだけの間に、自分はこんなにも彼に惹かれてしまったのだ。
「でもそれは全部あいつにとってはお遊びだった。はは、そうだよな。こんなちんちくりんな体型で、いつも男勝りな女に誰かが好意を寄せるはずねえもんな」
むしろそういった関係を望むこと事態がおこがましかったのだ。たまたま闇の書の主がはやてだったために、その優しさに触れ自然と家族になることができた。
必死に自分を説得し、話を聞こうとしてくれたなのはがいたからこそ、友達を作ることも出来た。
そして自分は何もすることなくその輪は広がった。はやてとなのはの友人と言うだけのことで。
「これは、あたしに対しての罰なのかもな。今まで一歩も踏み出すことにできなかった臆病なあたしへの……」
だがこれが罰だというのなら、ヴィータにはもう迷うことは何一つなかった。
「別に踏み出す必要なんてないんだ。あたしは今の生活が一番幸せで。たかがプログラムがそれ以上を望むことなんてあっちゃいけねえんだからな」
だからしっかりと頭を切り替えよう。ヴィータはシャワーを止めると、パシンと頬を叩く。
「どっちにしたって、あいつとは明日の訓練までの付き合いだ。だから、もういいか。……どうでも」
普段の自分なら頭をかち割りにでも行っただろう。だがそんな怒りの発散もどうでもいいほど疲れていた。
ヴィータはシャワー室のドアを開けると、その足で脱衣所に向かう。すると、そのドアは彼女の目の前で開いていった。
「へっ?あ、あれ、ヴィータ教導官??えーっと確か夕飯後は男子が使う時間のはず、と、とと、そういうことじゃないですよね!!」
目の前に現れたのは、今ヴィータが一番会いたくなかった黒髪の青年。カイズは自身同様タオルも何も巻いていないヴィータを前にすると、弾かれるように後ろを向いていく。
だがそんな態度も今のヴィータにとっては腹立たしい行為でしかなかった。
「おい、入口の前で止まるな。シャワー浴びるならさっさと行っちまえよ」
「そ、そ、それはそうですね。ちょ、ちょっと、あまりの事態に頭が混乱状態でして。あ、でもそれはやましい気持ちがあるわけでなく、あくまで突然のことでびっくりしたといいますか」
「わかってるよ。そんなこと言われるまでもねえ!」
本人を目の前にしたからか。先ほどまで全く皆無だった怒りが徐々にこみあげると、叫びが強くなる。
「ヴィ、ヴィータ教導官?」
「テメェがあたしの体に興味がないってことはもうわかってるんだよ。おら、どけよ。邪魔だって言ってるだろう!!」
「え、あ、あの……」
何を怒られているのか分からない。その言葉にカイズは思わず声を詰まらせてしまう。
『だー、疲れた、疲れた』
『あー、早くこの汗落としちまいてえぜ』
沈黙が広がったその瞬間、それをぶち壊すように男たちの声が聞こえる。
「うわ、やばい。ど、どうしましょう、他の男たちが来ちゃいますよ!」
どうしたものかと、あたふたと周りを見るカイズ。だがそんな彼と違い、ヴィータは落ち着いたものだった。
「別にどうにもしねーよ。あたしはこのままでるぞ」
「こ、このままでるって!それじゃあ裸をあいつらに見られちゃいますよ」
「別にこんな幼児体型を見たって喜ぶ奴はいねえし、見られたって困りはしねえよ」
それよりも今はカイズと一緒にいるほうが辛い。ヴィータは無理矢理彼の横を抜けようとする。
「……待ってください」
それはとても低い声で、誰が放ったか初めはわからなかった。だがその答えの代りにカイズがヴィータの手首をガッチリと掴むと、そのまま歩き出していく。
予想外の行動に、抵抗すらできないヴィータは、転びそうになりながらもカイズを睨みつけた。
「な、何しやがるんだ。あたしは出るって言ったんだぞ!」
「……出てほしくないんですよ」
「どうしてそれをお前が決めるんだ。あたしは見られても困らないって言ってるんだよ!」
「俺が嫌なんですよ!俺が困るんですよ!他の誰かにヴィータ教導官の体を見られるのが!!」
「――――なっ」
初めて聞くカイズの怒声に、言葉すら失う。ヴィータはそのまま一番奥のシャワー室に連れ込まれると、壁に背中を叩きつけられる。
カイズは彼女を覆い隠すように壁に両手をつけると、その瞬間脱衣所のドアが開いた。
「かー、やっと汗を流せる。って、お、カイズじゃないか。どうしてそんな奥に居るんだ?」
「い、いや。何か端っこのほうが落ち着いてな」
「ん?そうだったか。まあいいけどな」
そう言って、男たちは真ん中辺りのシャワー室に入っていく。個別のシャワー室といっても、所詮は共同のもの。肩のあたりから股の付け根あたりまでしか隠されない敷居では、覗きこまれれば一瞬でヴィータの存在を知らせることになるだろう。
「絶対に動かないでください」
「お、おう……」
ここまで来るともう抵抗する気もならなかった。カイズは蛇口を捻ると、息遣いを消すように勢いよくお湯を出していく。
何で。何でこいつは、こんなに必死になってるんだよ……。
自分の体を覆い隠すようにしながらも、体には触れないように。そして顔を赤くしながらも、出来るだけこちらを見ない様にしている姿は、何かを我慢しているようにも見えた。
だけど何を我慢する必要があるんだ?お前は年上好きで、人を賭けの対象にするような最悪なやつなんだろ?
だったらこれ以上優しくしてほしくなかった。もうこれ以上心を掻きまわして欲しくなかった。
ようやく吹っ切れることができたのに。これではまた自分は――――。
「おーい、そういえばヴィータ教導官様のほうはどうなんだ?」
「――――!」
自分の名前が呼ばれると、ビクリと体が動いてしまう。
よろめきそうになるヴィータを見ると、カイズはワザとらしく大声を出す。
「どうなんだって、何の話だ?」
「いや、あれだけ好き好き言ってるんだからそろそろ落とせたのかって思ってな。頑張ってくれよー、おりゃーお前に期待してるんだからな」
あっはっはと、盛大に笑う男。すると隣にいたもう一人の男は、くっくっくと含み笑いする。
「何だよ。何がおかしいんだ?」
「いやいや、期待してるってお前は何も知らないんだな」
「何も知らないって、何のことだ?」
「こいつな。学生の頃はすげー年上好きで有名だったんだよ。そうだよなカイズ。お前あの頃は暇さえあれば年上の尻追ってたもんな」
「なっ、くそ!そういうことは、始まる前に言ってくれよ!!」
心底悔しそうに頭を抱える男と、それをあざ笑う男。そんな二人の会話を聞いていると、先ほどまで高鳴っていた心臓が急激に弱くなるのをヴィータは感じる。
「……やっぱり、そういうことじゃねえか」
冷めた視線でカイズを睨みつける。ヴィータは彼の手を力ずくでどかすと、その間から個室から抜け出そうとする。
「でもどうしてあんな子供相手に本気になってるんだ?お前なら高町教導官のほうに行くと思ったけどなー」
ヴィータの気など知らずに放たれるかる愚痴。だが彼の声は、この空気全てを打ち壊していった。
「好きだからに決まってるだろ!!」
「――――えっ、あっ」
その言葉にヴィータの動きが一瞬止まる。カイズは彼女を行かせないと、その場で死角になるように後ろから強く抱きしめ、さらに告白を続けた。
「俺はヴィータ教導官のことが、好きで、好きで、好きで堪らないんだ。だから何度無視されても、避けられてもその度に告白し続けたんだ。いいか。これ以上ヴィータ教導官のことを馬鹿にしたら、絶対に許さねえからな!!」
怒り狂った獣のような眼光は、それだけで男たちの言葉を失わせる。
「そ、そんなに怒るなよ……」
「ってか、何でそんなに噛みつくんだ?」
「何か言ったか!」
「だぁー、わかった、わかった。すまなかったって」
「ちっ、じゃあ俺達は先にでるからよ」
男たちも普段温厚なカイズから、こんな怒声を浴びると思ってはいなかったのだろう。そそくさと逃げるように、シャワー室を後にした。
そして残されたシャワー室には、ただ水の落ちる音がこだまし続ける。ヴィータはカイズに後ろから抱きしめられたまま、消えてしまいそうなほど小さく呟いていく。
「いいのかよ。仲間にあんなこと言っちまって」
「ヴィータ教導官を馬鹿にされたんです。全く後悔してません」
相変わらず真っ直ぐに放たれる言葉に、ヴィータは頬を染め俯いてしまう。
「……なあ、どうしてお前はそんなにあたしのことが好きなんだよ」
「それは。……言えません」
「言えませんじゃねえよ!頼むから言ってくれ。理由を教えて、それであたしを好きなことが本当だって証明してくれよ。それとも賭けだから、本当のことは言えねえっていうのか!」
「………………」
ヴィータの叫びにカイズは言葉を失う。まさかここまで来て、本当は賭けだということなのだろうか。心臓と脈が忙しなく動き続ける。
そんなことはないと早く言って欲しかった。誤解だと弁明して欲しかった。そして、そんなことを想っている自分が、もうどうしよもなくカイズに惹かれているのだと、ヴィータは認めざるを得なかった。
互いの表情を窺うことはできない。だからこそ言葉を待ち続けた。
そして。カイズはようやく重い口を開いていった。
「俺、小さな頃に電車の移動中に落盤事故に巻き込まれたことがあるんです。規模としてはそこまで大きなものではなかったんですけど、それでもトンネルは完全に塞がれてて、誰もどうにもできなくて」
カイズはその時のことを思い出したのか、表情に少しの苦しさが見えた。
「幸い全ての車両が生き埋めになったので、その時点で死者はいなかったですけど。だけどお年寄りは衰弱したり、若い男なんか他人の食料を奪おうとさえしてました」
「……お前は、どうしてたんだよ」
「俺は何もできませんでした。閉じ込められたことにただ怯えて。暴れ出す大人たちに巻き込まれない様にと身を潜めてただけです。そのとき自分はなんて無力なんだと、子供ながらに絶望してました。そしてこのまま死んでしまうのかと思うと、怖くて怖くて仕方がなかったんです」
話を続けるごとに震えを増すカイズの手。ヴィータはそんな彼の手に自身の手を添えると、その震えは少しずつ弱くなっていく。
「でも今みたいに俺の震えを止めてくれた人がいました。土砂をどかすのに普通なら三日がかりだったものを、何発ものハンマーとドリルで僅か半日で救い出してくれたんです」
「ハンマーとドリルって。それって、まさか」
「はい。俺を救ってくれたのは、ヴィータ教導官なんです。その時から、俺はヴィータ教導官のことが好きになったんです」
その言葉と共にカイズの抱きしめる力は強くなる。同時に、ヴィータはその時の事件を完全に思い出していた。
「でもよ。それは恋心じゃねえよ。それはただ、自分の命を救ってくれた人に憧れただけじゃないか……」
なのはに憧れていたスバルのことを思い出せばよくわかる。自らの命を救ってくれた人物だ。想いを寄せないわけがないのだ。
だがそれは違うとカイズは首を横に振る。
「憧れだって。そう言われるのがわかってたから、ヴィータ教導官が好きな理由を俺は話そうとしなかったんです。でも信じてください。俺は本当にヴィータ教導官のことが、す、好きなんです」
「でもお前は学生の頃、年上の女ばっかり追ってたらしいじゃねえか。あたしのことをずっと想ってたわりには、随分と軽い想いだったんだな」
「……それは。いえ、確かに俺は軽い男でした。学生の頃はことあれば、年上の女の人ばかり追ってて。でも、全部思い出したら妙に納得できたんです」
「全部思い出した?何の話だ」
「実は俺。高等部の二年生の時まで、あの事件のことを忘れてたんですよ。子供の俺にとってはショックな事故だったことと、単純に幼かったこと。そして親がその事件のことを思い出させないようにと、決して触れなかったので」
「でもお前は思い出した。どうしてだよ」
「それは本当に偶然だったんです。事件のことを思い出す前の俺は、さっきも言ったようにどうしよもなく年上好きで。――――ある時雑誌で高町教導官の特集がやってて、それを拝見しようとした時に。……その写真の片隅に映ってたヴィータ教導官を見て、全てを思い出したんです。それで、どうして自分がこんなに年上好きなのかようやく理解できたんです」
カイズは一度深呼吸をすると、呼吸を整えていく。そしてギュッと力強く拳を握ると、先ほどと同じように声を張った。
「五歳児だったときの俺を助けてくれた、自分よりも年上のお姉さん。俺はヴィータ教導官がずっと好きだったから。だから自然と年上好きになってたんです。…………これで俺に話せることは全てです」
もう全て言い終えたと、腕の力を緩める。あとはヴィータの判断に任せる。そういう意味合いなのだろう。
だからこそ、彼女はすぐにカイズの腕から離れていった。
「あっ、うっ…………」
「誤解するな。とりあえずこんな体勢じゃ話しにくいって思っただけだ。それによ」
正面に向き合うと、ちらっとカイズの下半身を見る。
「さ、さっきからずっと押し当てられて気になるんだよ。それに何だかどんどんと、その、お、大きくなってきてるし…………」
「えっ、大きくって。って、うわ、すみません!!」
ヴィータの視線の先。天井に向かって反り上がっている自分のモノを見ると、カイズは大慌てでその場にしゃがみ込む。
「こ、これは決してやましい気持ちがあったわけでなくて。い、いやでもその体に魅力がないと言ってるわけじゃなくて、ヴィータ教導官の裸と肌の感触にムラムラしたのは確かですけど、でもこうなったのはヴィータ教導官だからであって、その、あの――――」
「わーってるよ。お前はあたしのことが大好きなんだろ」
「ヴィータ教導官、あっ――――」
しゃがみ込んだカイズの前に立つと、ヴィータはその顔に自身の顔を近づけていく。
そしてそれは本当に一瞬の出来事だった。小鳥が餌をついばむかのようにチョンと二人の唇が触れ合うと、ヴィータは照れ臭そうに頬を掻いた。
「ヴィ、ヴィータ教導官?」
「そ、そのよ。今までお前の告白を無視し続けて悪かったな。お前はいつだって真面目で真っ直ぐな奴だってわかってたはずなのに、はぐらかすようなことしちまって。……だからよ。そのもう一度言ってくれないか」
「もう一度、何を」
「そりゃ決まってるだろ!いちいちあたしの口から言わせるな!!」
フンと頬を染めながらそっぽ向くヴィータ。そんな愛おしくも可愛い彼女を見ると、カイズはヴィータの肩を掴んでいく。
「ずっと、ずっとヴィータ教導官のことが好きでした。だから俺と付き合ってください」
「フン、まあお前がどうしてもって言うなら。そ、その、試しに付き合ってやらないこともないぞ。でも昔みたいにまた忘れるんじゃないのか」
「俺はもう二度と、愛する人のことは忘れません」
「…………なら仕方ねえから付き合ってやるよ」
「はい、ありがとうございます」
そう言葉を交わすとどちらからともなく、ゆっくりと顔を近づけていく。
そして先ほどよりも、長く、熱いキスを二人は交わしていくのだった。
『とりあえずハッピーエンドみたいでよかったよ』
その声に、二人は弾かれるように離れていく。二人は同時に声の聞こえた脱衣所のほうに目を向けと、曇りガラス越しに揺れる長いサイドテールが映った。
「な、なのは。お前いつからそこにいたんだ!」
『うーん、いつからだろうね。まあ誤解も解けたんだから、万事おっけーってことで』
「そんなわけあるかっ!盗み聞きなんて趣味悪いぞ!」
『そんなつもりはなかったんだけどねー。ただ今日は部屋に帰るのが遅くなるって伝えようと思っただけなんだけどね』
「遅くなるって。何か事件でもあったのか」
『ううん。事件なんて仰々しいものじゃないよ。ただね、人の恋路を賭けごとにするくらい体力の有り余ってる子たちに。……少し、頭を冷やしもらうだけだよ』
まるでその言葉に魔力がこもっているかのように、シャワー室の空気がズンと重くなる。
曇りガラス越しのおかげで、なのはの顔が見えないことはきっと幸運だったのだろう。あの冷たく、静かな怒りに満ちた目は、見せられたものが一週間は忘れないほど強力なものだからだ。
『それじゃあ私は皆の拷も、じゃなくて訓練に行ってくるねー』
「お、おー、頑張ってくれよー」
『はいはーい♪』
奥のドアが閉まる音が聞こえると、ヴィータは苦笑いを浮かべていく。
まあこれで少しは訓練生の身も引き締まるだろう。とにかくこれで一件落着だとヴィータはホッと息をつく。だがそんな彼女とは違い、カイズは何のアクションも見せようとはしなかった。
「…………」
「ん、どうした。黙り込んで」
「…………!」
「え、お、おいっ!わっ!!」
それは本当に一瞬。突然力を込められると、為すすべもなくヴィータはタイルに押し倒されてしまう。
そして逃がさないとばかりに覆いかぶさるカイズ。先ほど離れた体が、今までで一番密着していった。
お腹のあたりにカイズのモノをゴリゴリと押し付けられると、その感触にヴィータの顔は一瞬で真っ赤になる。
「ば、馬鹿野郎。いったい何考えてるんだよ!こ、ここはシャワー室だぞ」
「――――フゥ」
「やっ、んっ!」
不意打ちとばからに耳に息を吹きかけられると、身をよじるヴィータ。そして力が抜けたところに、さらに体重がかかっていく。
「じょ、冗談だよな。そりゃお前と付き合うって言ったけど、その、いきなりすぎないか?」
困ったように声をあげるが、カイズは何も答えようとしない。そんな彼の反応を見て、ヴィータは自身の手を力強く握りこんでいく。
「そ、それはまあ、あたしもお前のことは、そ、その好きだけどよ。で、でもだな。あ、あたしはこういったこと経験ないし、出来れば海の見えるホテルとかそんなロマンチックな場所のほうが…………。あっ、らしくないって笑うなよ。あたしだって、その女の子なんだからな……」
「………………」
「おい、何とか言えよ。ん?おーい」
何の反応も示さないカイズの背中をぽんぽんと叩いていく。同時に聞き耳を立ててみると、それは聞こえてくるのだった。
「――――スゥ、スゥ」
「って、え?寝てる……」
「スゥ、スゥ、スゥ……」
規則正しく寝息を立てるカイズは、誰がどう見ても熟睡していた。だがそれも仕方がないことだろ。
普通なら訓練を終え一時間は動けないところを彼はヴィータを追うために動き続けた。そして何度も告白を流された精神的疲労。さらにヴィータにカッコイイ姿を見せるために彼は予習復習を一切欠かさなかった。
そしてつい先ほど自らの想いが相手に通じたのだ。張りつめていた様々な感情の糸が、切れるべくして切れてしまったのだ。
「…………全く、世話の焼ける彼氏ができたもんだな」
だけど全く悪い気はしなかった。どうせシャワーを使う予定の他の男たちはなのはにしごかれているはずだ。なのでしばらくの間ヴィータは彼の頭を撫で眠りにつかせていくのだった。