ヴィータちゃんは男友達が少ない   作:白翼

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彼女の答え

 今のサクヤの様子を考えたら、この店は意外に正解かもしれない。

 

 木造作りのシックな喫茶店に入ると、ヴィータとサクヤは奥の個室へと案内される。

 

 ヴィータはサクヤの対面に座ると、とりあえずと安堵の息をついた。

 

 ホットコーヒーが二つ運ばれる頃にはサクヤも落ち着いたようだ。何度か深呼吸をすると、小さく頭を下げた。

 

「さっきは取り乱してすみませんでした。……だけど申し訳なかったという気持ちに変わりはありません」

 

「えっと、まずは何でサクヤさんが謝ってくるかがわからないんだけど。……何かしたっけ?」

 

「厳密に言えば、私自身は何もしてないんですけど。……その、私の後輩がかなり失礼なことをヴィータさんに言ったようで。――――すみません。その話を聞いたのが、本当についさっきのことで。私が無理矢理誘った結婚式で、ご迷惑をかけてしまったなんて」

 

「そ、それは別にサクヤさんが謝ることじゃねえよ」

 

「いえ、後輩に結婚式の出席を押し切られた私の責任です。……あの子にはここ数ヶ月、過去の病気について調べるように無限図書館に出張してもらってたんです。ですが、過去の病気を調べるなかで、相当仕事をサボっていたらしく。そのときに、ヴィータさん達の事件を知ってしまったらしいんです」

 

「…………そうか」

 

「だ、だけどあの時の彼女は相当酔ってたし、あの子の言葉を鵜呑みにした人は誰もいないと思います。あと晴れて彼女のサボり魔っぷりは判明したので、遠くに飛んでもらいましたから」

 

「…………その口振りだと、サクヤさんも知ってたんだな。あたしが闇の書に関連してたってこと」

 

「そ、それは。…………いえ、はぐらかしてもしょうがないですね。その通りです。ヴィータさんと会う前からヴィータさんのことはある程度調べてました」

 

「そうか。……そうなのか」

 

 サクヤは自分の過去を知っている。それがわかると、ヴィータはコーヒーを一口飲む。

 

 そして落ち着いた口調で、言葉を放つ。

 

「あたしは昔に大事件を起こした張本人だ。なぁ、サクヤさん。そんなあたしが全てを忘れて、カイズと幸せになってもいいのかな」

 

 ヴィータの言葉に、サクヤの顔が少しだけ曇る。ヴィータが冗談で言っているわけではない。空気でそう感じ取ったのだろう。

 

 だが質問をしたヴィータは、つまらないことを言ってしまったと後悔する。きっとこの質問をしたことで、サクヤは思い悩んでしまうだろう。

 

 ヴィータは申し訳ないと頭を抱える。だが放った言葉は消すことはできない。そんなヴィータの様子を見ると、サクヤは頬に手をあて、その回答を口にした。

 

「んー、別にヴィータさんの自由でいいんじゃないんですか? カイズ君といちゃいちゃしたければそれでいいし、過去のことに耐えきれなくなったら死んじゃうのもありだと思いますよ」

 

 あっけらかんと放たれた言葉は、ヴィータにはあまりにも衝撃的だった。

 

 きっとはやてに話したら、重苦しい空気が場を支配しただろう。

 

 なのははその言葉を聞いて、自分が今まで一生懸命頑張ってきたことを説いたはずだ。

 

 規模は違えど、事件を起こしたことのあるテスタロッサは今の自身に重ね合わせ、『ヴィータは幸せになってもいいんだよ』と優しい言葉をかけてくれるかもしれない。

 

 そういった返答をすること。それは程度は違えど、ヴィータに関わってきた人たち全ては言えたことだ。

 

 だがサクヤは違った。幸せを促すわけでも、不幸に落ちろともいうのではなく、『ヴィータ自身』に答えを持ちかけたのだ。

 

 だがその答えを出すことができないから、ヴィータは思い悩んでいるのだ。

 

「だけどあたしはたくさんの人を殺してきたんだ。闇の書の意志で、その時の主の意志で。もちろんあたしはカイズのことを愛してる。それにカイズもあたしのことが好きだと思う。…………だけど、そんな幸せを周りの人は認めてくれるのかなって」

 

「周りに認められなくちゃ駄目なんですか? お互いが好きで幸せなら、それでいいと思いますけどね」

 

「――――真面目に話し聞いてたのかよ。そんな簡単に割り切れることじゃねえんだよ!」 

 

「その感情は割り切らなくちゃいけないんですか? 一生抱えたままでいいじゃないですか。それでカイズ君とも幸せになる。それで解決ですよ」

 

「…………サクヤさん」

 

「って、これだけ言っても、今のヴィータさんに届くわけありませんよね。…………だったら、私はどうですか。今の私は旦那さんとこのまま幸せになっていい資格がありますか?」

 

「な、なに言ってるんだよ。そんなの当たり前――――」

 

「私が数年前に作り出した新薬。その製造過程で、工場のミスがありましてね。これでようやく不治の病から救われる。そう思っていた病人を私は何人も殺してきました」

 

「――――――――!」

 

 その言葉は何の冗談であろうか。ヴィータは驚きのままに目を白黒させる。

 

 サクヤはそれ以上何も言葉を付け足したりはしない。ヴィータは何度か口をぱくぱくさせながらも、言葉を絞り出した。

 

「だ、だけど、それはサクヤさんのせいじゃないんだろ。あくまで工場のミスで」

 

「だけど私が新薬を発案しなければ。または少しの行程ミスで激薬となる配分をしなければ。多くの人の命が奪われるということにはならなかったと思いますよ」

 

「そうだとしても、それはサクヤさんの意志で殺したわけじゃ」

 

「ええ、そうです。それはヴィータさんも同じはずですよ。殺したくて殺したわけじゃない。その時の主の命令で。または闇の書の暴走で人の命を奪ってきたかもしれません。……ですが、それはヴィータさんの意志ではなかったはずですよ」

 

「そ、それはそうだけどよ。だけどあたしは実際に人をこの手にかけたこともあったはずだ。記憶はリセットされちまってるけど、戦乱のベルカの時代に誰も殺さないなんてありえないはずだ。その点サクヤさんは、自分の手じゃ誰も――――」

 

「実は今私が持っているコーヒーカップは核爆弾の発射スイッチと連動しています。それを押すつもりはありませんが押してしまい多くの人が死にました。――――確かに私はこの手で誰かを殺してません。ですが、私のしたことはそういうことです。これでも私の手が汚れていないといいますか?」

 

「………………」

 

 サクヤの言葉にヴィータは反論できなかった。今ヴィータが悩んでいることは、サクヤが数年前に通った道なのだろう。

 

 きっとどんな言葉を並べようとも、サクヤはその全てを論破してくるはずだ。

 

 だがそれでもヴィータは自身の幸せを認めることができなかった。ヴィータは膝の上で両手をギュット握りしめると、絞り出すように声を出した。

 

「…………でも、だけどよ。あたしは人間じゃねえんだ」

 

「……ヴィータさん」

 

「どれだけあいつのことを愛しても、あいつに愛されても。それでもなんもあいつに残してやれねえんだよ。そんな奴と結婚することを、本当にあいつの周りは、あいつの両親は喜んでくれるのかっ!」

 

 心の奥底でずっと思い悩んでいた思いが、初めて言葉として口から放たれる。

 

 自分はサクヤとは違う。自分は人間ではないのだ。

 

 女々しい言い分だと言うことはわかっている。

 

 だが、ただ人間でないと言うこと。

 

 それがどれだけ辛いことか。どれだけ寂しいことかサクヤにわかるはずがない。

 

 ヴィータの溜まりに溜まった心の闇が全てサクヤにぶつけられる。だがサクヤは理不尽なヴィータ怒ることも、呆れることもなく。

 

 何かを納得したように、優しい笑みを浮かべていった。

 

「だったらヴィータさんの心構え次第でなんの問題もありませんよ。私がそうなんですから」

 

「私がそうって、サクヤさんの何があたしと一緒なんだよ!」

 

「一緒も一緒。だって、だってですよ。――――私も産めないんです。赤ちゃん」

 

「―――――えっ」

 

 サクヤの一言に、ヴィータの体温が一気に奪われる。だがそれはおかしい。だってサクヤは自分とは違い人間のはずだ。

 

 そう質問を投げかけようとしたが、衝撃のあまりにヴィータは声をあげられなかった。

 

 サクヤはコーヒーを一口飲むと、どこか遠くを見るような目で語り始めた。

 

「さっき新薬の事故のことを話しましたよね。私は多くの人を殺してしまった。そのせいで何度か自殺を考えたこともありました。だけど、そうであっても多くの人を救いたい。その気持ちに偽りはないと、取り付かれたように研究に没頭しました。――――いま思うとそれがいけなかったんですよね。自分の体調管理もできずに、人の体を治そうと踏ん張っちゃって。…………気がついた時には、私の体はボロボロでした。何とか一命は取り留めましたが、その時の手術で私は一生子供の産めない体になってしまいました」

 

「そ、そんな」

 

「私は研究チームからはずされて、営業に回されました。私、見た目はいい方ですし薬の知識も豊富だからか、適材適所だったのかもしれませんね。――――ですが、そのあとの私は随分荒れましてね。一生を賭けた研究者人生を奪われて。女としての尊厳も奪われて。もう私には何も残っていない。私は生きている意味があるのかなって、毎晩飲んだくれてたんですよ」

 

 その時のことを思い出しているのだろう。サクヤは照れたような笑みを見せると言葉を続ける。

 

「そんな時に出会ったのが、今の旦那なんです。私も酔っていたこともあって、毎晩毎晩旦那の店で愚痴ばっかり話して、飲んで飲んで。そうしているうちに私のほうがベタ惚れになってしまって。ある日酔ってる振りして、旦那に襲いかかっちゃったんですよね」

 

 あの頃は若かったと、恥ずかしそうに頬を掻く。だが表情の奥底は幸せに包まれているのが、ヴィータにはわかった。

 

「それじゃあ、その後に旦那さんとの結婚を決意をしたのか?」

 

「ふふっ、そうだったら楽だったんですけどね。でもいざ結婚って単語が頭に浮かぶと、急に怖くなってしまったんですよ。多くの人に迷惑をかけた私が。この人のために子供を産んであげられない私が。本当に近くにいてもいいのかなって」

 

「そ、それって…………」

 

「ええ、今のヴィータさんと全く同じ状態です。だからこれから話すことは、近いうちにヴィータさんが気づくはずだったことだと思います。だけど、先回りしてヴィータさんに教えちゃいますね」

 

 サクヤはゆっくりと目を閉じると、何かを思い浮かべたのだろう。いつも大人びている彼女からは考えられないほど、頬を真っ赤にして口にした。

 

「人に迷惑をかけたこととか、赤ちゃんが産めないこととか。そんな否定的なことばかり考えていました。――――だけど、旦那には私よりもふさわしい人がいるんじゃないかって。そういうことだけは絶対に思わなかったんですよね」

 

「……自分より、ふさわしい人がいない」

 

「自分はこの人に心底惚れてて。そしてこの人を本当に幸せにできるのはきっと自分しかいないんだろうって。それがわかった瞬間、私の覚悟は全て決まりました。……新薬のせいで奪ってしまった命がある。愛する人のために何も残してあげることができない。だけどこの人は誰にも渡したくない。だからこそ、私は全てを抱えて『幸せ』になる覚悟を決めました。きっと自分が幸せであることを疑問に思う自分が常に存在すると思います。多くの人の命を奪っておいて。お前は何も残せないくせに。そんなふうに非難中傷してくる人もいるかもしれません。それでも私は幸せになりたい。――――結局それが私の本心だったんですよね」

 

「…………サクヤさん」

 

「だからヴィータさんも考えてみてください。それこそ一生悩み続けたっていいんです。だけど自分が心の底で一番望んでいること。それだけは絶対に間違えないでください。…………そして、その言葉を大切な人に伝えて上げてください」

 

「……あたしが本当に望んでいること。あたしの伝えなくちゃいけない、こと、ば」

 

 サクヤの言葉を聞いて、ヴィータは自身の心の奥底に問いかけた。

 

 あたしが本当に望んでいることは。

 

『多くの命を奪っておいて、幸せになる気か』

 

 あたしが心の奥底から願っていること。

 

『人間の形をした魔力の結晶体のくせに』

 

 違う。それは全部悩みから、覚悟から逃げるための口実だ。

 

『だったらあたしは本当は何を望んでいるんだ』

 

 結婚式の時、ヴィータを背後から抱きしめたもう一人の自分が目の前に現れる。

 

 あの時のヴィータは、もう一人の自分に引き込まれるままに心の奥底に沈んでいった。

 

 だが今のヴィータは違う。

 

 後悔も、悲しみも、憂いも、苦しみも。

 

 その全てを受け止めて、一人の男性の姿を心に浮かべた。

 

『ヴィータさん』

 

 自分よりも背の高い年下の男の子。

 

 どこまでも真っ直ぐで、どこまでも真剣に自分を愛してくれた大切な恋人。

 

 その幸せに手を伸ばすことは、許されないことかもしれない。自分の大罪に彼のことも巻き込んでしまうかもしれない。

 

 だが、そうだとしても。

 

 ヴィータはその幸せを掴みたいと望んだ。

 

 それがヴィータ自身の真実の想いだった。

 

 閉じていた瞼を開くと、サクヤと向かい合う。彼女はヴィータの顔見ると、安心したと笑みを浮かべた。

 

「答えは。決まりましたか」

 

「…………ああ、ありがとうなサクヤさん」

 

「いえいえ。まあ遅かれ早かれ、ヴィータさんも気づいたことだと思いますし。というか、後輩の件がなければ、もっとゆっくり考えられたことでしたしね。だからお互い様ですよ」

 

「ああ、お互い様だな」

 

 ヴィータはコーヒーカップを手に取ると、それを一気に流し込む。そしてポケットか、財布を取りだそうとする。 だがそんなヴィータをサクヤは手を出して制した。

 

「今は財布を出してる時間ももったいないですよ。早くカイズ君の元に行ってあげてください」

 

「――――ありがとうなサクヤさん。このお礼は、必ず、必ずしにくるからな!」

 

「はい、楽しみにしてますね」

 

 あれほどヴィータは生死について悩んでいた。そんな彼女はサクヤとの『再会』を約束をする。それは数時間前のヴィータには考えられないことだった。

 

「ごめん。本当にごめんなカイズ」

 

 ヴィータは今まで迷惑をかけてきたカイズの姿を思い浮かべると、デバイスを手に取る。

 

 そして喫茶店から出ると同時に、彼に着信を入れていった。

 

 

 

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