自分でも随分と気持ちを吐き出していると思う。
カイズはそう自覚しながらも、シスンに相談をし続けていた。最近ヴィータがおかしかったこと。急に死について語りだしたこと。
さすがにヴィータとの初体験のことは、初めての旅行ということで言葉を濁したが、きっとシスンも気づいているだろう。
カイズは全てを話し終えると、大きなため息とともに頭を抱えた。
「――――それで彼女に、もし一緒に死んでくれって言ったら死んでくれるかって言われちゃって。俺、それに答えられなくて。どうして即答してやれなかったのかなって、今は後悔してます」
「…………ふむ、なるほど。それで君の彼女は出ていってしまったと」
「そうなんです。すみません、会ったばかりの人に、いきなりこんな重い相談しちゃって」
「なんのなんの。相談に乗りたいと言ったのは俺だ。――――そしてそれに対して俺の言えることは、まあ一つだな」
シスンは缶の中身を全部飲み干すと、それを横に置く。そしてカイズから視線をはずすと言葉を続けた。
「即答できなくて当たり前だ。それだけ彼女のことを考えて、彼女のためにと思ったのだろう」
「だけど俺が即答できなかったから、ヴィ――――」
「彼女自身も愚かな質問をしてしまったと後悔してるんじゃないのか。だけど今自分が君の側にいたらきっと、また同じようなことを口走ってしまう。だから今はあえて距離を置いていると俺は思うぞ。それにだ。君は一緒に死んでやることをよしとしなかったんだろ。ならあと君がとれた道は、即答で彼女を拒絶することだけだ。……それが正しいとはもちろん思ってないんだろ」
「それは……はい……」
カイズもまた缶の中身を全部飲みきると、それを横に置く。そしてシスンに習うように、前を見て話を続けた。
「俺は、まあもちろん死んだことはありません。でも死ぬかもしれないと思ったこともあったし、死という想いをいつくも受け止めたことがあるんです。だからこそわかるんです。死ぬってことは本当に何もなくなっちゃって、ものすごく怖いものだって。――――だから、そんな思いを絶対にしてほしくないんです」
「してほしくない? したくないじゃなくてか」
「ええ、そうです。……俺は彼女にあんな苦しい思いをしてほしくない。もしも彼女が俺を殺そうとしたり、死んでくれと言ったら。そしたら俺は間違いなく『わかりました』って言っちゃいそうなんですよね。彼女が何の考えもなしにそんなこと言うはずない。だからきっと俺が死ななくちゃいけない複雑な理由があると思うんですよ。だけど俺の身がたとえどうなったとしても、俺は彼女だけには絶対に死んでほしくないんです。――――はっ、はは、ちょっと、いや、かなり歪んでますよね」
「ああ、そうだな。君は人間としてかなり歪んだ心を持っているようだな」
「で、ですよね。ちょっと自分でも気持ち悪いかなって思ってます」
「だがそんな自分が間違っていないと思ってるんだろ」
「えっ、そ、それは」
「口調だけでもわかるさ。口では歪んでいると言っていながらも、君の言葉はどこまでも真っ直ぐだ。普通の人間は自分の中の中途半端な歪みに困惑し、常にその想いが正しいかどうか自問自答しながら生きていく。…………この俺もそうだ。長い年月を歩きながらも、歪みは渦巻くばかりでな。…………だが俺はどうしても許せないんだ」
「シスンさん。――――その、シスンさんの歪みって言うのはどういったことなんですか。許せない人がいるって、いま言ってましたけど」
その口調に、先ほどまでの気さくなシスンの様子は見られない。それに人助けをもっとうとしている彼が、誰かをそこまで深く恨むとはとても思えなかった。
カイズは困惑の表情を見せると、シスンはハッとしたように表情を戻した。
「……あまり聞いても楽しい話じゃないさ。それより君のことだ。彼女のために死ねると言ったが、もしそうなったらそれが本当に正しいと思うのか」
「い、いや、それは。まあ正しいとは言えないかもしれませんが」
「だったら軽々しく死んでやると言うな。もしお前が死んだら、その彼女は知らない男とくっついて、結婚するかもしれないんだぞ」
「……俺の知らない男。結婚」
ウエディングドレス姿のヴィータが、どこの誰かもわからない男とヴァージンロードを歩いている姿を想像する。
するとカイズは目を大きく見開き、額にピクピクと青筋を立てた。
「………………それは、絶対に許せませんね」
「そうだろ、そうだろ。だから簡単に死んでやるなんて、絶対に口にするなよ。お前の好きな女を盗られたくなかったらな」
「…………はいっ」
心のこもりまくった肯定の返事をする。
シスンはふぅと肩を卸すと、カイズもまた彼と同じように肩を卸した。
「随分とうまく乗せてくれましたね。でもどんな説得よりも心にきました」
「そうだろ、そうだろ。愛して止まない女がいるやつには、こういった言葉が一番きくからな」
「経験がおありで?」
「ああ、くそ生意気な子供に昔言われてな」
くそ生意気と言葉自体は汚かったが、その声色はどこか楽しそうであった。
きっとその子供に昔言われたことを思い出しているのだろう。彼らしい子供っぽい笑みに、カイズも自然と笑顔になった。
だがシスンと話して心うちは決まった。
とにかくヴィータを探そう。そしてたとえ力になれなくても、彼女の側に寄り添ってその背中を少しでも支えてあげたい。
それがヴィータを好きな自分にできる。いや、自分がしたいことだ。
――――ピピピッ、ピピピッ!
突然、カイズの胸ポケットに入っている連絡端末が鳴る。今日は非番なので、仕事関係ではないと思うが。
カイズは端末を手に取ると、ディスプレイに表示された名前を見て、気持ちが踊るのがわかった。
「――――シ、シスンさん」
「言ったとおりだろ。ほら、早く出てやれよ」
「は、はい!」
カイズは端末を耳に当てると、緊張しながらも声を出す。
「あ、あの、あの、ヴィ――――」
『カイズ、ごめん。本当にごめんな。昨日のことを考えたら謝っても、謝りきれねえとは思うんだけどよ。だけどあたしがどうしたいか、やっとわかったんだ』
「お、俺もなんです。――――一人じゃ答えが見つからなかったかもしれないけど。その、いろいろと相談に乗ってくれた人がいて」
『あたしもそうなんだよ。繁華街にいたら、サクヤさんと会って。それでいろいろと相談に乗ってもらって』
「あっ、あっはっは。何だか似たもの同士ですね、俺たち」
『全く。…………本当にそうだよな』
ヴィータの落ち着いた声を聞くと、本当に彼女の悩みは解決したことがわかる。
よかった。本当によかったと胸をなで下ろす。
そうなれば今すぐにでも彼女に会いたいと、カイズは言葉を投げかける。
「そういえば今どこにいるんですか。すぐにでも会いたいんですけど!」
『そ、それなんだけどよ。その今は会えないんだ。――――いろいろと訳があってよ。端的にいうと、今あたしは、いや、ヴォルケンリッターはある人間から命を狙われてるんだ。だから外じゃ会わない方がいいと思うんだ』
「い、命を狙われてるって、どういうこと何ですか『ヴィータ』さんっ!」
命を狙われているなんてただごとではない。
だが通信越しに伝わる声で、ことの重大さは嫌でも理解できた。
せっかく誤解と問題が解けたのだ。その上でヴィータがそういうのだから、きっとそれが冷静に下した判断なのだろう。
了解しました。カイズがそう言葉を放とうとした瞬間、手に持っていた端末が奪われる。
いったい誰がこんなことを。だがこの場にいる人間など一人しかいない。シスンのことは子供っぽいとは思っていたが、この行動はあまりにも子供っぽすぎていた。
カイズは怒りの声をあげようとする。
だがシスンの憤怒にわななく表情をみた瞬間、カイズはその激変のあまりに声をだせなくなっていた。
「シ、シスンさん?」
『シスン! シスンって、おいカイズ!?』
「…………どうやら、神は絶対にお前等のことを殺させたいらしいな。運命というものは、本当に面白いものだ」
『テ、テメェ、何でそこに』
「そんなことはどうでもいい。――――一時間後、昨日と同じ場所だ。管理局には声をかけるな。その時は、お前の大事な男がどうなるか保証できないぞ」
『ふ、ふざけるなよ! もしカイズに何かあったら――――』
ブツッ。
一方的に連絡を打ち切ると、シスンは端末をカイズに渡す。まだ状況を理解できない。
だがそれでも無理矢理納得するとすれば。
「……シスンさん。貴方は」
「一緒についてこい。もし断るなら、ここらいったいの人間の無事は保証しかねるぞ」
あまりにも単純な脅し。だがそれだけで十分なのだ。
彼の見せる威圧はその言葉が脅しでなく、さらに実行できると物語っていた。
ここで彼を止めるか。
その考えが頭に浮かぶが、人が少ないとはいえ公園の人々を巻き込まないとは限らない。
さらに、現実世界においてBクラスの自分に、目の前の彼を止められるとはとても思わなかった。
なら今は誘いに乗るしかない。カイズは一度だけ首を縦に降ろすと、シスンの横につく。
そして彼に促されるままに、公園から離れていくのだった。