ヴィータちゃんは男友達が少ない   作:白翼

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長き旅路 中編

◆◇◆◇

 

「はあぁぁっ!」

 

 シグナムの剣が、人の三倍はあろう魔物を一刀両断する。ここまでくると、嫉妬すらする気になれない。

 

 シスンは賞賛の拍手を送ると、シグナムの隣につく。

 

「いやいや、本当にすごいな。やっぱり修練のたまものってやつなんだよな」

 

「修練というよりは、場数の違いだな。私の剣には師もなく流派もない。だがここまで力を昇華できたのは、多くの戦場に身を置いていたからだ。ふっ、あまり誇れる強さではないさ」

 

「まあ昔はそうだったかもしれないけどよ。それでも今はエレナやこの村のためになってるんだから、俺は誇ってもいいと思うけどな」

 

「そういってもらえると、こちらも少しは救われる」

 

 そう言うシグナムは、笑顔をこそ見せないが穏やかな表情を浮かべていた。自分もエレナも闇の書についてもちろん深く知らない。だがこれまでの彼女たちの行動や言動をみていると、それまでの人生がどれだけ激情に置かれていたか理解はできた。

 

 シスンはシグナムの肩に手をポンと置き、白い歯を見せ笑顔を作る。

 

「……ああ、本当に助かってるぞ。いつもありがとうな」

 

「―――――ああっ」

 

 村人やエレナからではない。シスン自身の言葉で、心からの感謝の言葉をかけると、シグナムは小さく笑みをこぼす。

 

 きっと彼女たちは戦うことが義務。殺すことが当たり前の戦場に身を置き続けたのだろう。

 

 戦乱のベルカ、それがどのような戦場かは自分にはわからない。だが人並みはずれた彼女たちがいて、戦争が早期終了しないこと。それがその戦乱の苛烈さを色濃く物語っていた。

 

 さて、今日のところは帰ろう。シスンがそう思うと、シャマルがこちらに近づいてきた。

 

「シスンさん、右手の甲に傷が入ってますよ」

 

「あれ? いつやられたかな」

 

「もおー、怪我があるなら私にいってくださいね。怪我をして帰ったらエレナが心配しますよ」

 

「確かにそうだな。じゃあ、すまない頼むな」

 

「はいっ」

 

 シスンは右手を出すと、シャマルが両手を添える。緑の魔力光が傷口を包み込む。すると、ものの数秒でシスンの傷は完全に塞がった。

 

「いつみても大したものだな。魔法自体はこの世界にあるけど、ここまで見事な治癒ができるのはそうはいないと思うぞ」

 

「お褒めに与り光栄です。でも傷が治せるからって、あまり無茶はしないでくださいね」

 

「ああ、そうするよ」

 

『むっ、そういえば旦那殿。ヴィータはどうしたのでしょうか』

 

 足下から、低く野太い男の声が聞こえる。狼姿のザフィーラは、今更なことをいうと辺りを見渡す。

 

 まあ実際村の警備は、ヴォルケンリッター一人でも十分なほどである。

 

 だからこそヴィータはだいたいこの場にはいない。そしてここにいないと言うことは、答えは一つであろう。

 

「……あいつ、新婚の俺よりも長い時間一緒にいるんじゃないのか」

 

『ということは、やはり主と共に? 少し前から思っていましたが、どうして主はヴィータを人一倍気にかけているのでしょうか』

 

「んーあー、それはな。…………まあいいか。もうお前達も俺とエレナの立派な家族だし。それに案外エレナもヴィータには話してるかもしれないしな」

 

 どこから話したものか。シスンは家路へ歩き始めると、三人にそのことを話した。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

「なぁー、エレナー。本当にいいのか?」

 

 夕飯の買い物の帰り。手にいくつかの野菜や肉を持ちながら、ヴィータは何度目かになる質問を口にしようとする。

 

「んー、今ヴィータに車椅子押してもらってないこと? いいのいいの、私は自分のことはできるだけ自分でやりたいし」

 

「いや、そうじゃなくて。いいや、まあそれもあるんだけどさ。…………エレナは闇の書を手に入れて、本当にこのまま平和に暮らすだけでいいのかなって」

 

 エレナの元にやってきて早二ヶ月が経つ。もしこれが今までの主であれば、その二ヶ月の間にどんなに少なくとも何百という人間を手に掛けていたはずだ。

 

 だが今はどうであろうか。この村を襲う魔物を撃退したことは何度かある。だがそれ以外に自分がしたことといえば、エレナの買い物に付き合ったり、エレナと一緒にお風呂に入ったり。そういえばこの前は自分専用にと服だって仕立ててもらった。

 

 こんな温もりをもらうことは初めてで。初めこそは裏に何かがあるのではないかと疑ったほどだ。

 

 だがエレナには裏の顔など存在しなかった。

 

 ヴィータはピタリと足を止めると、エレナもそれに習って車椅子を止める。

 

 今日は風が気持ちいい日だった。ヴィータは草原に座り込むと、エレナはその隣に着いた。

 

「あたしたちの力のすごさはわかってるだろ。この世界ならその気になれば、国だって相手取って戦える。それに闇の書が完成すれば、どんな願いだって叶えることができるんだぞ。…………なのにどうしてエレナはそんなに無欲でいられるんだ」

 

「んー、私はヴィータが思っているほど無欲な人間じゃないよー」

 

「だけど今までの主はみんな力や富や名声を求めてやまなかった。あたしたちはそんな主をサポートするためのものであり、戦うことが存在意義だと思ってた。……だけどエレナはどうしてこんなにも違うんだ」

 

 戦わないこと。人に優しくしてもらえること。その全てが初めての体験であり、ヴィータは戸惑っていたのだ。だからこそエレナの元に現れて二ヶ月、彼女はずっと願いの有無を聞き続けてきた。

 

 幸せであること。突然自らに訪れたこの状況を、彼女はまだ信じられずにいたのだ。

 

 他のヴォルケンリッターのメンバーよりも、ヴィータの心は幼くそして繊細なのだろう。

 

 エレナは青空を見上げると、本当に小さく肩を落とした。

 

「ヴィータがそう思うのも無理ないよね。でもやっぱり私は欲深い人間だよ。だって毎日願いを叶えてもらってるんだもの」

 

「エレナが毎日願いを? だ、だけどそんなことはなにも」

 

「実はそんなことあるんだよねー。だって、シスンが。シグナムがシャマルがザフィーラが闇の書が、そしてね。――――ヴィータがここにいてくれるんだもの」

 

「あたしが、ここにいる?」

 

「うん、そうだよ。私ってね、実は捨て子だったんだよね。十数年前にこの村の入り口に、闇の書と一緒に捨てられてたらしいんだ」

 

「――――えっ」

 

 エレナが捨て子だった。この二ヶ月で初めて聞かされる過去に、ヴィータは言葉を失う。

 

 だがそれは当然のことだろう。普段の彼女は気さくで明るく、そんな暗い過去を持っている様子など一切みられなかった。

 

 だがそれが重い過去を払拭するための明るさだとしたら。ヴィータはそれを思うと、顔を俯かせてしまう。

 

 そんな彼女をみて、エレナは「あー、ごめん、ごめん」とヴィータの頭を撫でた。

 

「そういうつもりで言ったんじゃないんだよ。別に私を捨てた両親の顔を知りたいとは思わないし、シスンとも出会えて結婚して。今の私は十分に幸せなんだから。…………でも、だけどね。それでも本当に不幸だって、そう思うことが一つだけあったんだ」

 

「…………足のことか?」

 

「ううん。足のことはもう生まれつきだから、全然気にしてないよ。それが当たり前で生きてきたわけだし。でも足だけじゃなくて、私は体のあちこちが悪いみたいでね。……私ね、子供が産めない体みたいなの」

 

「そ、それって」

 

「だからうちは狭いんだよね。もとより増える予定がないから、それなりの大きさでいいやって私が言ったんだ。でも子供が産めないって、当時知ったときは愕然としたんだ。天涯孤独の私には家族を作ることもできないのかって。この時ばかりは、ショックで立ち直れそうになかったよ。……でもそのとき私を支えてくれたのがシスンなの。きっとシスンがいなかったら、私はもっと前に命を絶ってたと思うな」

 

 冗談混じりの口調で言うが、きっとその当時はヴィータの想像を絶するものだったのだろう。

 

 エレナのことを思うと、ヴィータは言葉を出せなくなる。だがエレナの言葉はそこで終わらなかった。

 

「でもね、そんな私の願いを闇の書は叶えてくれたんだよ」

 

「叶えてくれたって、あたしたちはなにもしてないぞ」

 

「ううん。してくれたじゃない。だって、ヴィータやみんなは天涯孤独だった私の家族になってくれた。…………それにね。こういったらヴィータが怒るかもしれないけど。子供を産むことのできない私の前に、ヴィータは現れてくれた。子供とお出かけして。子供と一緒に夕食の支度をして。二人でオシャレして休日に出かけたりってね。――――私が自分の子供としたかったこと、ヴィータは全部、ぜーんぶ叶えてくれたんだよ」

 

「…………エレナ」

 

「あ、あははは、ごめんねヴィータ。ヴィータだって子供の代わりみたいな扱い嫌だよね。でも、だけどね、私はヴィータのこともヴィータとして、わっ、わわ」

 

 驚きのあまりエレナの言葉は途中で切れてしまう。だがは溢れ出す思いを押さえることはできなかった。

 

「ご、ごめんなエレナ。そんなことも知らないで、あたしズカズカと踏み込んじゃって」

 

 どうして自分はシグナムやシャマルと違い、こんなに子供なのだろうか。ヴィータは目に涙をためると、エレナの胸元から顔を上げられずにいた。

 

 そんな彼女を慈しむように、エレナは大切な宝物を扱うようにヴィータの髪を撫でていった。

 

「ヴィータが謝ることなんてなにもないよ。……ありがとうねヴィータ。私の元に現れてくれて。私と一緒にあってくれて」

 

「うん。……うん」

 

「あともしヴィータがよかったら、私のことお母さんって呼んでほしいかなー」

 

「…………それはちょっと恥ずかしいから無理」

 

「ありゃりゃ。それは残念」

 

 泣いているヴィータのために、エレナは冗談混じりの口調でそう声を上げる。

 

 そしてヴィータが落ち着くまで、エレナはずっと彼女の頭を撫で続けていった。

 

 その日からヴィータは目の前にある幸せな日常をようやく受け入れることができた。

 

 そしてその日を境に、ヴォルケンリッターの面々は少しずつだが笑顔を見せるようになっていった。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

「おい、ヴィータ。お前新婚の俺よりもエレナと一緒にいすぎだぞ!」

 

「へーん、エレナはあたしと一緒にいたほうが嬉しいんだよー」

 

 小さな机を大人五人と一匹で囲む夕食時。数日前からエレナにべったりのヴィータに、シスンは冗談混じりに抗議をした。

 

 ヴィータは主の旦那というシスンの立場を気にすることなく。ベーっと舌を出して答える。

 

「エレナは今日もあたしとお風呂に入るんだぞー」

 

「く、くそぅ。俺の楽しみの一つがどんどんとヴィータに奪われていく」

 

「へん、本当は毎晩エレナと寝たいところを我慢してるんだからありがたく思えよなー」

 

「そこまで奪われたら大変なことになるぞ!」

 

「別にシスンがおかしくなるぶんには問題ねえしー」

 

「いや、違う。…………溜まりに溜まった俺の欲望でエレナが、あいてっ!」

 

「も、もう夕飯時になに話してるのよシスンは! ほらみんな呆れちゃってるでしょう」

 

 エレナに怒られて、改めてシスンは周りを見る。シグナムとシャマルは恥ずかしそうに視線を逸らし、ザフィーラは我関せずと沈黙を決め込んでしまった。

 

 何とも微妙な空気が流れる食卓。そんななか、唯一意味を理解していないヴィータが、キョトンとした顔で質問する。

 

「なぁー、そういえばどうしてベッドが二つあるのに、わざわざ大人二人で寝てるんだ。……あと隣の部屋で寝てる時に、たまにエレナの変な声が聞こえてくるんだけど。『あっ』とか『やっ』とか」

 

「~~~~~~~!」

 

 ヴィータの質問を聞くと、エレナはトマトのように顔を真っ赤にする。そしてその羞恥は真っ直ぐシスンに向けられた。

 

「もぉー、シスンのバカバカ! 絶対にシスンのせいだからねっ!!」

 

「いや、でも声をあげてるのはエレナだぞ。それにそれは声が押し殺せないほど気持ちいい――――――」

 

「それ以上言うなバカー!」

 

 両手ともげんこつを作ると、シスンの頭をポコポコと叩いていく。そんな二人の仲むつましい様子を、二人と一匹は心底恥ずかしそうに。

 

 そしてなにもわからないヴィータは、どうしたのかと首を傾げていった。

 

 

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