ヴィータちゃんは男友達が少ない   作:白翼

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その怒り その悲しみ

 ここで彼の記憶は途切れた。

 

 そしてここまできて、カイズはようやく今の状況のおかしさに気づいた。

 

 確かに自分は少し前にヴィータの記憶に入ったことがある。

 

 だがそれは今着ているジャケットとヴォルケンリッターたちの協力があったからだ。

 

 ならどうして今自分はシスンの記憶を覗き見ることができたのか。

 

 カイズはその答えがほしかった。だって、その答え次第では―――――

 

『あの人のこと。お願いします』

 

 ふとその言葉が耳に届く。カイズは声のほうに振り向くと、そこには水色のミドルヘアーの女性が立っていた。

 

 ああ、やっぱりそういうことなのだ。

 

 だからこそ、自分は彼の記憶を体験することができたのだろう。

 

 心は決まった。自分が何をするべきか、何をしなければならないのか。

 

「…………ありがとうございます」

 

 カイズは目の前の女性にお礼をいうと、スッと目を閉じる。彼女はそんなカイズを見ると、ゆっくりとその姿を消していくのだった。

 

 

◆◇◆◇

 

 

 ギィン!

 

 鉄がぶつかり合う音が草原に響きわたる。

 

 ヴィータは攻撃の直撃を何とか回避する。だが吹き飛ばされると、受け身をとることができなかった。

 

 一回、二回、三回と地面に叩きつけられると、ようやく勢いが弱くなる。

 

「まだ、まだだっ!」

 

 ヴィータはアイゼンを構えると、すぐにでも立ち上がろうとした。だが膝に力が入らない。ヴィータは下唇を噛むと、息一つ乱れていないシスンを見る。

 

「ちっ、強いにしてもほどがあるだろう」

 

「貴様等を滅ぼすために力をつけてきたからな。当たり前のことだ。――――よくもったほうだが、これでおしまいだ」

 

 シスンは大剣を握りしめると、それを腰の辺りに構える。

 

 あれはなのはのフィールド突破したやつか。……こりゃ本当にやばいかもしんねえな。

 

 足も動かず、防ぐことも困難な状況。だがヴィータはまだ生きることを諦めてはいなかった。

 

 自分の贖罪は彼に殺されることではない。全てを背負って生きて幸せになると決めたのだ。

 

 だから決して弱音は吐かない。ヴィータはフィールドを展開すると、シスンの一撃に備える。

 

「…………どんなに足掻こうが俺は絶対に許したりはしない。これで終わりにしよう」

 

 シスンの魔力に大気が揺れる。あの時の一撃が。いや、あの時以上の一撃が今まさに放たれようとしていた。

 

 だがその技よりも早く、その声は言葉となって放たれていった。

 

「…………そうですよねシスンさん。許せるはずがなかったんだ」

 

「んっ!?」

 

 戦闘の被害が及ばないシスンの後方。カイズは倒れたまま目を見開くと、同じことを口にする。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 体が痛い。アバラが何本か折れているのだ。それは仕方のないことだろう。

 

 だがそれでも立ち上がらなければいけない。

 

 カイズは痛みに堪えながら、ゆっくりとその場に立つ。

 

「許せるはずがない。……ああ、そうでしょうね。でも、それでも」

 

 カイズはイノセントハートを展開する。両手に二刀のデバイスを握りしめると、真っ直ぐにシスンを見る。

 

「眠っていろカイズ君。こちらはもう終わる」

 

「終わらせるわけにはいかないんですよ。…………いいんです。貴方はもう許しても」

 

「許すだと? この闇の書に全てを奪われた俺がこいつらを許すわけないだろう!」

 

「はぁ、はぁ、ぐっ! ……いいんです。もう許してあげてください」

 

「――――何も知らない若造が! いいだろう。邪魔をするというなら、闇の書よりも先に送ってやろう!」

 

 シスンは溜めていた魔力を解放すると、カイズに向かい接近を仕掛ける。

 

 だがカイズは慌てることなく。いや、慌てたところで結果は変わらないのだ。だからこそ相棒に対して、一つの命令を下した。

 

「イノセントハート。……戦闘は全部お前に任せる。一秒でも長く。頼んだぞ」

 

『――――了解。マスターも御武運を』

 

「一秒でも長く? 一秒もかからんさ!」

 

 シスンは自らの攻撃領域にカイズを入れる。そこから放たれるのは、闇の書を滅ぼすと誓い鍛え続けた必滅の一撃だ。

 

 フォン! 

 

 空気ごと抉りとるような一撃が放たれる。だがそれは空気を斬り裂いただけで、カイズの体には当たらない。

 

 だが紙一重だ。カイズはバリアジャケットが斬り裂かれるのを感じる。

 

 しかしそれで決意は決まったと、シスンの目を真っ直ぐに見つめた。

 

「シスンさんが聞いてくれないなら、俺は何度だっていいます。もう、もういいんです。シスンさんはもう許してもいいんですよ!」

 

「それはこの女が君の彼女だからだろ。もしくは君が管理局に属するからか? 俺の怒り、俺の悔しさを何も知らない者が俺の何を語る!」

 

 怒声と共に剣戟が放たれる。左足を切り落とすために放たれた一撃。だがカイズは足をあげると、その攻撃をまたもや紙一重で避ける。

 

「確かに俺は客観的にしか貴方の怒りを見ていません。でもそれでもわかったんです。起きあがった瞬間の貴方を見て、それは確信に変わった」

 

「何を。……君は何を言ってるんだ?」

 

 三撃目。四撃目。普通の魔導師なら、攻撃がきたと理解できないほどの速度の連撃。だがそのどれもがカイズに直撃しなかった。

 

「俺が目覚めたとき。少なくとも時間は五分は経っていたはずです。それなのにどうしてヴィータさんは生きているんですか。どうして貴方はあんな小手先の技でトドメをさそうとしたんですか!」

 

「何を言ってる。あ、あれは俺が闇の書を倒すために編み出した――――」

 

「修練と言うよりも場数の違いでしょうね。シスンさんの剣には師はいません。だけどその鍛え抜いた力の全てを持って攻撃すれば。……それだけでヴィータさんを倒せるはずです。わざわざ使い慣れない魔法なんて使わなくても。でもその技をトドメに持っていった。それは自らの手で斬り裂きたくないからだ!」

 

「―――――ッ! なぜ、それを。しかもその言葉は俺がシグナムに言われた。き、君は何を見てきた!」

 

「全て。とはもちろん言えません。でもシスンさんが本当に許せないって。そう思うだけの記憶は見させてもらいました」

 

「――――だったら君にもわかるはずだ。あの闇の書は俺から全てを奪っていった。俺はエレナや村人、あの世界の人たちのために絶対に闇の書を滅ぼさなければいけないんだ!!」

 

 上段から大剣が振り下ろされる。だがその攻撃もまた紙一重でかわす。

 

 その瞬間、イノセントハートは持てる機能の全てをもって演算を始める。

 

 一度や二度の戦闘を見ただけでは、攻撃予測などという神技めいたことはもちろんできない。

 

 だがイノセントハートはカイズと共に見てきたのだ。

 

 それは一瞬で消え去るような、走馬燈のような記憶の奔流だったかもしれない。

 

 しかしこの何百年にも及ぶシスンの戦闘を。シスンの戦いの癖を。シスンの感情の起伏によってどの位置からどう攻撃してくるかを。

 

 教科書通りのデータは全てデリートした。

 

 そして今のイノセントハートはシスン専用の教科書と中身を変えたのだ。

 

 だがそうだとしても一人と一つには限界がある。

 

 カイズの身体能力。イノセントハートの演算能力。その全てをフル活用して、ようやく紙一重で避けることができるのだ。

 

 紙二重では次の攻撃は避けられない。そしてどれだけ攻撃を避けようとも攻撃に転じることはできないだろう。

 

 だがそれでいいのだ。カイズは彼に言葉をぶつけることさえできれば。

 

 カイズは再び攻撃を紙一重で回避する。そして彼の叫びに答えた。

 

「だからもういいって言ってるんですよ! シスンさん。貴方は、貴方はもう許していいんだ!」

 

「許せるはずがない!」

 

「それでも許すんだ! ――――貴方はもう『自分自身』を許してもいいんですよ!」

 

「――――――――!」

 

 カイズの言葉に、あの嵐のような攻撃が止まる。

 

 カイズはその姿を見ると、さらに言葉を投げかけた。

 

「やっぱりそうだったんですね。……貴方は俺の前で二度言いました。許せない奴がいるって。でも貴方はその名前を口にしませんでした。ヴィータさんを恨む仕草や行動で初めはヴィータさんたちヴォルケンリッターを恨んでいると思ってました。だけど違った。貴方が本当に許せなかったのは自分自身だったんだ」

 

「ち、違う。……俺は、俺は。俺から全てを奪った闇の書が憎くて。闇の書の犠牲になった力ない人たちのために――――」

 

「確かにその想いもあったかもしれません。だけど本当に許せなかったのは、力がなかった自分自身だ。もしあの時自分に力があれば全てを救えたはずだと。エレナさんを。両親を。村の人を。世界を。そして――――」

 

「それ以上口にするな!!」

 

 怒号と共に放たれる突きがカイズのわき腹に突き刺さる。カイズの身体能力とイノセントハートの演算能力を超えた一撃に激痛が走る。

 

 だがまだ口は動く。だからこそカイズはその言葉を放った。

 

「……そして。そして自分の家族を救えたはずだと。それはシスンさんの両親じゃない。エレナさんと結婚してからできた大切な家族。……貴方は闇の書を恨みながらもずっと後悔していた。力なく助けることができなかったヴォルケンリッターの皆さんのことを」

 

「――――――――ぐうぅぅっ!」

 

 やっぱり。やっぱりそういうことだった。

 

 正直、シスンの記憶を見ただけではその答えにはたどり着かなかったかもしれない。

 

 だが予想が確信に変わったのは、公園での会話を思い出したときだ。

 

『昔くそ生意気な子供に言われてな』

 

 その言葉を口にしたときのシスンの顔は幸せに満ちていた。そしてそれを言った人物がヴィータとわかったとき、全てに納得がいった。

 

 シスンはずっと許せなかったのだ。弱く誰も救えなかった自分自身が。

 

「もう、もういいんですよ。シスンさんは十分に傷ついた。それでも多くの人を救ってきたじゃないですか。貴方は、貴方自身をもう許していいんです!」

 

「―――――だったら。だったらどうしたらいいんだ!」

 

 シスンは剣を引き抜くと、それを振り下ろす。だがその攻撃には先ほどのような鋭利さは存在しない。

 

 子供が駄々をこねるように、その剣はめちゃくちゃに放たれていった。

 

「だったらどうしたらいい。俺だってわかってる。復讐は何も生まない。闇の書を滅ぼしたところで、エレナは喜んでくれないと。――――シグナム、シャマル、ザフィーラ、ヴィータ。あいつらは俺の、俺たちの本当の家族だった。短い期間だったけど、みんなで過ごした数ヶ月は本当に幸せだった!」

 

「それがわかっているなら、どうしてまだ剣を振るんですか!」

 

「駄目なんだ。頭では全部理解しているつもりなんだ。だが心の奥底が叫び声をあげるんだ。お前の勝手で闇の書の許すのか。闇の書の被害で唯一生き残ったお前には奴らを殺す義務があると。――――何度も、何度も俺は自らの命を絶とうとした。だが駄目だった。その声が。唯一生き残ってしまったという強迫観念が。決して俺を眠らせてくれなかった!」

 

「そんな声に負けないでください! 貴方は誰でもない貴方自身です。他の人の声に流される必要なんてないんです!!」

 

「だったら俺はどうしたらいいんだ! 闇の書を討てと。みんなの仇をとれと。そう駆り立てるこの怒りを。愛する者を救えなかった悲しみを。闇の書を殺す以外に何にぶつければいいんだ!!」

 

「だったら!!」

 

 カイズは両手のデバイスを投げ捨てると、両腕を広げる。

そして導かれるように、シスンの刃はカイズの肩から斜めに向けて彼を斬り裂く。

 

 避けることなどたやすかったはずだ。

 

 だがその一撃をあえてその身に受ける。

 

 カイズのバリアジャケットが出血により赤黒く変色する。だがその出血をものともせず、彼はシスンの両肩にがっしりと手を置いた。

 

「だったら。だったら俺が全部受け止めます。貴方の怒りも、貴方の悲しみも。だからもう自分自身を許してください。貴方はもう、戦わなくても、いいん……です……」

 

 カイズはその言葉を言い終わると、崩れるように膝をつく。だが崩れ落ちたのはカイズだけではない。

 

 ガランガラン。

 

 シスンは握っていた大剣を手から離すと、両手で自らの顔を覆い隠した。

 

「俺は。俺は、いいのか。だって俺はそのために、全て、守れなかった。だから復讐を、だけどやっぱり俺はあいつらのことを、家族だと。エレナ、俺は」

 

「カイズ! カイズ!!」

 

「―――――はっ」

 

 ヴィータの涙混じりの声に、シスンは顔をあげる。彼女は足を引きずりながらも、こちらに近づいていた。

 

「カイズ。おい、嘘だよな。だってやっとあたしの答えが決まったのに。そんなのってないよな。なあ、カイズ、カイズ」

 

 最愛の人の声にカイズは何も答えることができなかった。倒れているカイズは、その腹部からの出血で徐々に緑の草原を赤く染めていく。

 

 このままではいけない。シスンは彼に手を伸ばすと、ヴィータはその手を弾き飛ばした。

 

「これ以上カイズに何しようって言うんだよ! お前が殺したいのはあたしで、カイズは関係ないだろ!!」

 

「―――――せないでくれ」

 

「な、何だよ!」

 

「頼む。頼むからこれ以上、俺の目の前で大切な人の命を失わせないでくれ。…………お願いだ」

 

「…………お前」

 

 先ほどのカイズとシスンの会話は断片的にしかヴィータには聞こえなかった。

 

 だがあれほど冷酷だった男が、いまは涙を流して自分に懇願をしている。

 

 それほどまでにカイズを助けたいと。その言葉が偽りであるとは、ヴィータには思えなかった。

 

「俺の速度ならまだ間に合う。彼をどこに運べばいい」

 

「―――――っ! いったい何なんだよお前は」

 

 どちらにしても傷ついた自分にはカイズを運ぶ力はない。ヴィータは納得できないと頭をガサガサと掻くと、シャマルが常勤している病院の地図を表示するのだった。

 

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