私の!
管理局の長きに渡る廊下。
茶色みがかったミドルヘアーの女性は、目に大粒の涙を貯めて一心不乱に走っていた。
「うわああぁぁぁぁぁん」
「ん、えっ!?」
そしてこの出会いがいけなかったのだろう。
もしこの時八神はやてがぶつかったのが、サイドテールの女性、高町なのはでなければ今回のことは起きなかったのかもしれない。
なのはは倒れそうになりながらも、足に全力を込めると何とかはやてを受け止める。
「ど、どうしたのはやてちゃん。――――泣いてるの?」
「うっ、うっ、なのはちゃん。ううっ」
「落ち着いて。ゆっくりでいいから状況の説明、できるかな?」
「(コクコク)」
よっぽどショックなことがあったのだろう。未だうまく喋れる様子でないはやてを見て、なのはの中に怒りが渦巻く。
はやては管理局に入ってから涙を見せないようになった。それは上に立つ者が弱音を吐いてはいけないと、常に気を張っていたからだ。
だが今はどうであろうか。ここ数年、彼女のこんな弱っている姿などなのはの記憶にはなかった。
自分の大切な親友に誰がこんなことを。これは少し頭を冷やしてもらうだけではすまないと怒りがにじみ出る。
はやては何度かしゃっくりをすると、途切れ途切れに言葉を述べる。
「わ、私の」
「はやてちゃんの?」
「うっ、ひっく、私の、私のヴィータがあぁぁっ」
「お、落ち着いてはやてちゃん。――――私のヴィータちゃんがどうかしたの!?」
「…………なのはちゃんも少し落ち着こか」
なのはの反応を見て、はやては少し落ち着きを取り戻したようだ。何度か呼吸を整えると、その時の出来事を話し出した。
◇◆◇◆
時刻は今より十分くらい前のことだ。
早めに仕事が終わったヴィータは、誰もいない昼休み前の廊下を歩いていた。
「~~~~♪」
あのダブル初体験以来、ヴィータはずっとこの調子だった。その異常な陽気さに、彼女を知るものは皆疑問を覚える。だが教導の時はしっかりとしているし、休み時間に浮かれている分には、誰も文句の言いようもない。
「ふーん、ふふーん。――――ふふふふっ♪」
ヴィータは左手を掲げると、薬指に輝くそれを見て頬を緩める。何度見ても見飽きない、その金色の輝きは彼の想いの証だった。
「全く、給料そんなにもらってないのに、こんなに奮発しなくてもいいのによー。んふふふー」
口ではそういっていながらも、彼の給料の三ヶ月が込められたそれは、ヴィータにとってなににも変えられない宝物だった。
だがいつまでも見ていては危ないと視線をはずす。すると、目の前にいる黒髪の男性を見て胸を躍らせた。
「あれ、カイズ。どうしてここにいるんだ」
「早めに授業が終わったんで、ヴィータさんのこと待っていようと思いまして。でも今日はヴィータさんも早かったんですね」
「おーう。昨日までに謹慎中に貯めてた仕事は全部終わらせたからな」
「あっ、そうだったんですか。だったら普通に食堂集合でも問題なかったですかね」
「ううん、そんなことないぞ」
ヴィータの仕事が貯まっていたため、最近はお昼に出遅れていた。だが今日は昼休み前に廊下で会うことができた。
ヴィータは廊下を見渡すと、顔を赤く染める。そして両手を胸に当てると、恥ずかしそうに声をあげた。
「なぁ、カイズ。…………チューしよ」
「そうですねー。……ん、え、今なんて」
「だからチューしようって言ったんだよー。いいだろう。もう昼休みだし、廊下には誰もいないしさー」
「い、いや、それは俺もしたいですけど。というか、ヴィータさんはいいんですか?」
「いいから言ってるんだよ。なっ、昼休み始まる前によー」
ヴィータは目を閉じると、「んー」と唇を突き出す。
いったいここにいる少女は誰だろうか。それはヴィータ自身が一番思っていることだ。
だがここ最近はカイズに対する好意をうまく押さえ込むことができなくなってしまったのだ。
カイズと付き合い初めて、確かに彼のことは好きになり、段階踏んで大好きになっていた。
だがシスンの事件を越え、初体験とプロポーズを同時に通過したヴィータは、彼のことが好きになりすぎてどうしよもなくなってしまったのだ。
ヴィータは頬を染めたまま目を開けようとしない。
そしてヴィータが仕事場でもOKということならと我慢する必要などない。
カイズも目を閉じるとその唇を重ねていった。
「んー、んっ、んっ、んー」
さすがに舌はいれないが、それでも何度も何度も唇を重ね合う。ヴィータはそっと唇を離すと、頬を真っ赤にする。だがそれでいて嬉しそうに笑みを浮かべた。
「えへへー、なんだかこういうの恥ずかしいなー」
「……俺はもう午後の授業が頭に入らないかもしれません」
「それは駄目だぞー。カイズは早く一人前になるんだからなー」
「――――そうですね!」
ヴィータのその言葉を聞いて、カイズは握り拳を作る。せっかくプロポーズはOKをもらったのだ。あとは可能な限り早く一人前になって。それでヴィータと結婚するんだ。
その想いと共に、目に炎を宿していく。
そんな彼を見て、ヴィータはさらに頬を緩めていった。
◇◆◇◆
そして舞台ははやてとなのはに戻る。
はやては目に涙を浮かべながら、その経緯を話し終えた。
「私の、私のヴィータが。ど、どんどん大人になってもうて。――――ヴィータの母親代わりとして。同じ女性としてなんか、いろいろとこみ上げてしもうてな。…………なのはちゃん?」
「……………………」
泣いている自分とは違い、なのはは笑顔のまま固まってしまっていた。
やはり同じ『ヴィーターランク』が高いものには、衝撃的過ぎる洗礼であったようだ。
はやては恐る恐るなのはの肩を揺らす。
「…………はっ! は、はやてちゃん、いま私になにが」
「ショックのあまり気絶してたよ。でもなのはちゃんも私のショックをわかってくれるんやね」
「も、もちろんだよはやてちゃん! というか、一大事過ぎるよ。――――私のヴィータちゃんがまさかそんなことになってたなんて!」
「私のやけどね!!」
二人は互いにヴィータに対する愛情を張り合う。
だが同時に肩を沈めると、大きなため息をついた。
「私の守護騎士はずっと見た目が変わらないからか。ヴィータのことはずっと子供としてみてたのかもなー」
「でも私たち同様成長してて、今はもう結婚を前提とした彼氏持ちだもんねー」
「ん、なのはちゃん。結婚を前提ってどういうことや?」
「あれ、もしかしてはやてちゃんはまだ見てないの? ヴィータちゃんの薬指の指輪」
「――――――――!!」
薬指の指輪。それはまさか。
そういえば謹慎開けから、ヴィータには会っていなかった。特にシスンの事件の全容を聞いて、あれだけ盛大に怒ってしまったのだ。何となく顔を合わせ辛かったというのが、この場合正しいであろう。
はやては口をパクパクさせながら、先ほどの光景を思い出す。自分が見たのはキスをする直前だ。
そこまで思い出すとどうでろうか。確かに胸に置いていた手には、金色の何かがあった気がする。
ツゥッとはやての額から汗が流れる。
そんな心痛の面もちのはやてを見て、なのはは彼女の肩をガッシリと掴んだ。
「どうやら私たちは真実と向かい合わなくちゃいけない時がきたのかもね」
「…………なのはちゃん。でも私、心の準備が」
「いつまでも逃げてちゃ駄目だよ。ヴィータちゃんの今の状況を聞いて、それを受け止めないと」
「…………そうやね。それが私らヴィーターランカーの使命やよね」
「――――うんっ! はやてちゃん!!」
「なのはちゃん!!」
二人はお互いを強く抱きしめると、その覚悟を決める。
そんな彼女たちの様子を、廊下の影で金髪女性が見ていた。
「………………ごめん、ヴィータ」
フェイトは二人の会話に混ざることなく、その場を後にする。本当ならあの二人を慰めるなり、なだめるなりをしたかもしれない。
だが前回二人のフォローに回り飲みに行った際に行われた、大ヴィータ祭の洗礼をフェイトはまだ忘れられずにいたのだ。
繰り返されるヴィータ自慢。終わることのない過去話。そして盛り上がる二人に取り残される孤独感。
フェイトは心の中で何度もヴィータに謝る。そしてはやてとなのはに『ごめん、ちょっと仕事が立て込んじゃって』とお昼に会えない旨のメールを送る。
その送信が完了したのを見ると、彼女は雷速でこの施設から離れていくのだった。