『ありがとうございました!!』
男女総勢十人は全てのプログラムを終え、二人の教導官に敬礼をする。
女子五人は五日前とは比べものにならないほどたくましく力強い顔つきになった。
そして男子四人は五日前とは比べものにならないほど…………目が黒く濁りきっていた。
きっと相当な『訓練』をつまされたのだろう。ご愁傷様とヴィータは苦笑いをする。
全ての挨拶を終えると、訓練生は各々自室に戻っていく。そんななか、カイズだけは宿舎の裏庭に向かう。
もちろんヴィータと会うためだ。
「お待たせしましたヴィータ教導官」
「……別に待っちゃいねえよ」
木陰に座っているヴィータの隣に腰を下ろすカイズ。すると彼はすぐにヴィータの異変に気づく。
「どうしたんですか。何だか元気がないみたいですけど」
「そんなことねえよ」
「でも。――――えっ、泣いてるんですか」
「泣いてなんかねえよ!」
拳を降りあげると、ぽかっとカイズの肩を叩いていく。だが顔を上げたヴィータの目には、確かに涙が流れていた。
「どうしたんですか。それとも……昨日のこと今になって嫌になりましたか」
「……逆だよ」
「逆?」
「せっかくお前の気持ちがわかって。それであたしの気持ちが分かったっていうのに。でも教導は今日でおしまいで。当分お前と会えないって思ったら、自然と出てきたんだよ」
自身の心を言葉にすると、さらに涙があふれ出す。ヴィータは両手で目頭を押さえると、涙を隠そうと必死になる。
「うっ、ひっく。何でこんなに悲しいんだよ。別にもう会えなくなるわけじゃないのに。でも、でもよ、涙が止まらねえんだ」
「…………ありがとうございます」
「ふわぁ」
ヴィータは肩に手を回されると、そのまま抱き寄せられる。気恥ずかしさはもちろんあったが、ヴィータは彼の胸の中で嗚咽を漏らしていった。
「嫌なんだよ。どこにも行くな。よしわかった。もういっそあたしたちの家に来い。それなら離ればなれになることもないぞ!」
これは名案だと涙目のまま叫ぶヴィータ。だがカイズは静かに首を横に振る。
「それは出来ませんよ。それじゃあ俺はいつまで経ってもヴィータ教導官に守られたままになってしまいます。俺はいつか貴方を守れる男になりたいんです」
この五日間、決して変わることのなかった真っ直ぐな感情。ヴィータは涙を拭うと「ああ、そうだよな」と無理矢理笑顔を作る。
「あ、あたしの彼氏なんだから、それくらいのことはしてもらわないと釣り合わないよな」
「はい。だから俺、頑張ります」
「そうだよな…………」
もう全てを受け入れたと、ヴィータは彼の肩にコツンと頭を預ける。そして頬をほんのり赤色に染めると、上目遣いにカイズを見つめる。
「なぁ。しばらくはもう会えないかもしれないから。その、最後にお願いを聞いてくれよ」
「ヴィータ教導官のお願いなら何でもどうぞ」
「だったらよ。……その教導官って言うのはやめてくれ。もうあたしはお前の教導官じゃないんだからさ」
そう言って、ん、と口を突き出すヴィータ。カイズは彼女の髪に優しく触れると、そっと抱き寄せていく。
「――――はい、ヴィータさん」
二人は唇がそっと触れ合う。この時間が永遠に終わってほしくない。そんな祈りを込めて長く長く二人は口づけを交わし続けた。
「ん、んん。ぷはっ」
やがてどちらからともなく唇を離す。だがこれだけでは足りない。二人は見つめ合うと、再び顔を近づけていく。
「あ、あのー。もうそろそろいいかな?」
「なっ、はあっ!」
恍惚の表情が一瞬にして素に戻る。この声に聞き間違いなどありえない。ヴィータはその姿を確認すると、同僚に怒鳴りつけていった。
「なのはっ!またこそこそと見てやがったのか!!」
「いやー、怒らせないように物陰から見てたんだけど、まだまだ長くなりそうだから、そろそろいいかなーって思って」
「そろそろいいって、何がだよ。何かあたしに用でもあったのか」
「ううん、用があるのはヴィータちゃんの方じゃなくてね」
なのはは人差し指を立てると、真っ直ぐにカイズを指さす。
「お、俺ですか」
「うん、そうだよ。今回男女を通して一番の成績を収めたカイズ君に一つお誘いがあります」
「は、はぁ…………」
いったい何の話だろうかと、驚くよりも呆けてしまうカイズ。なのははゆっくりと歩いてくると、レイジングハートに一つの資料を表示される。
「今回の訓練はね。短期間で鍛え上げるっていうのもあったんだけど、もう一つ目的があったんだ」
「目的って何だよなのは。あたしはなにも聞いてねえぞ」
「それはそうだよ。私は何回か話そうとしたよ。でもヴィータちゃん、ずっとカイズ君に追われてるか、カイズ君のこと考えてるかで、話聞いてくれなかったんだもの」
「うっ、そういえば何か言おうとしてたような」
思えばカイズから逃げているときも、部屋で話している時もなのはは何かを伝えようとしていた。だが結局はなのはの言うとおり、ヴィータはそこに回す思考を残していなかったのだ。
なのははにっこりと笑顔を作ると、再びカイズに話しかける。
「その目的がね。教導メンバーの増強のための人為確保。並びに候補生の強化っていうのが狙いなんだ」
「えっ、それってつまり……」
「簡単に言えば引き抜きかな。もしカイズ君がよければ、私たちの元で戦技教導を学んでみないっていうことだよ」
「そ、それじゃあ」
いきなり舞い降りた幸運に、思わず二人は目を合わせる。
「あっ、もちろん強制じゃなくて、カイズ君がよければ――――」
「や、やります。やらせてください!!」
「うん。君ならそういってくれると思ったよ」
なのはは笑顔のままレイジングハートを操作すると、液晶を閉じていく。
「詳しい話はまた後日連絡するね。それじゃあこれ以上二人の邪魔をしちゃ悪いし、私は先に帰ってるねー」
じゃあねーと手を振ると、なのははそのまま裏庭を後にする。カイズはあまりの嬉しさに体を震わせると、そのままヴィータを抱きしめていく。
「やった、やった、やりましたよ!これで俺、ヴィータさんと離れなくてすむんです!」
「お、落ち着けよ。何だよ、さっきまで悟ったようなこと言ってたくせによ」
「それは二人して悲しんでてもしょうがないと思ったからですよ!でも嬉しいことなら二人して喜んでもいいでしょう!!」
ヴィータを抱き上げるとその場で何度も何度も回転する。子供のようにはしゃぎ回るカイズの姿を見て、ヴィータはやれやれと微笑した。やはりなんだかんだいっても、彼は年下で、自分は彼にとってお姉さんなのだと改めて認識していった。
「まっ、でも確かに落ち着いてても損だよな」
自分だってカイズと同じ気持ちなのだ。ヴィータは彼と同じようにこみ上げる歓喜を表情に表す。
そしてはしゃぐカイズに抱きしめられたヴィータもまた彼の体を強く抱きしめていく。
快晴の空の下。こうして青年の幼少期からの想いは遂げられた。
そして前に進む勇気の持てなかった少女は、ようやくその一歩を踏み出すことが出来たのだった。
fin