定時に仕事を終えると、ヴィータはデバイスを取り出す。
「今日は早く帰れそうだって連絡しねえとな~」
今日の夕飯はどうしようか。また自分が作ってもいいし、ようやく海の見えるホテルのことが解消したのだ。たまにパァーッと贅沢をしてもいいだろう。
まあどこで食べてもカイズと一緒なら楽しいに違いない。ヴィータはディスプレイにカイズの名前を表示すると。――――突然後ろから羽交い締めにされた。
「なっ、なんだ!?」
「うふふー、ヴィータちゃーん。遊びましょー」
「な、なのは? どうしたんだよいきなり」
「それはなー。私らがヴィータと遊びたくてうずうずしとるからやよー」
「は、はやて? …………えっ、何で二人ともそんな笑顔なんだ」
いや、実際に表情は笑顔である。だがその後ろには黒いオーラのようなものが見えていた。
何か二人を怒らせるようなことをしてしまったのだろうか。ヴィータは冷や汗をかくと、両手をジタバタと動かす。
「わ、悪いんだけどこれからカイズに連絡しなくちゃならねえんだ」
「それなら私らがしといたから大丈夫よヴィータ。今日は私らと飲み会って伝えてあるからなー」
「えっ? 飲み会ってそんな約束――――」
「もぉー、ヴィータちゃん。私たち二人そんな約束なんてい・ら・な・い・よ・ね♪」
なのはは後ろから羽交い締めにしながら、器用にほっぺたをつついてくる。
何か言いようのない不気味さは感じていた。だがここ数週間は、一秒でも長くカイズといたくてずっと直帰していたのも事実だ。
はやてとは家族であり、なのはとは直属の同僚だ。たまにはこんな日もあってもいいだのだろう。
二人とも、ずっと自分の側にいてくれた大切な人たちなのだから。
「そうだな。それじゃあたまには一緒に飲みにいこうか」
「さっすがヴィータちゃん、話がわかる」
「私の子は物わかりがよくてええわ~」
ヴィータから手を離すと、二人は終始笑みのままヴィータの頭を撫でていく。
そのときヴィータが感じたのは小さな違和感だ。
(あれ、何だかいつもより撫で具合が強いような)
だがそれも些細なことであろう。せっかくの飲み会なのだ。余計なことは考えずにたっぷりと楽しもう。
無垢なヴィータは誰よりも一緒にいた家族と誰よりも一緒に仕事をした同僚を疑うことなく。
二人に案内されるままに、外食に出かけるのだった。
◆
「ほ、本当にこんなところでいいのかよ」
ヴィータは案内された個室につくと、落ち着きなくあたりを見渡す。
いや落ち着きがなかったのは、この店の外観を見てからだ。建物全体が白に統一されており、白スーツの執事とメイド姿の女性に『ご利用誠にありがとうございます』と頭を下げられたときには、思わず声をあげそうになってしまった。
室内には赤の絨毯が引かれており、仕事帰りの私服で入るのは些か、いやかなり危ぶまれた。
そんななか、はやては一枚の金色のカードを取り出すとあれよあれよとこの部屋に案内されたのだ。
人が十人いても余裕のあるスペース。横に長いテーブルには、折り目が一切ないクロスが敷かれており、天井のステンドグラスの眩しさは目を覆うばかりだ。
仕事帰りにちょっと飲みに行く。そんな言葉からは想像できない現状に、ヴィータは目を見開いていた。
「ほらほら、ヴィータはここに座ってなー」
「あ、ありがとうはやて」
勧められるままに、椅子に座る。するとこんな広いスペースであるに関わらず、なのはとはやてはその隣に座り込む。
その行動はまるで、ヴィータをこの場から逃がさないと。そんな意志すら伝わってきた。
「それでなーヴィーター、最近どんな感じなのかなーってな」
「どんな感じって。一応貯まってた仕事は片づいたし、体のほうも何ともないけど」
「ヴィータちゃーん、私たちはそういうことを聞きたいんじゃなくてねー。えーっとね、その薬指が気になるんだよねー」
「薬指って。――――あっ」
ヴィータは左手の指輪を見ると、ほんのり頬を染め軽く俯いてしまう。
明らかに恥ずかしがっている。ずっとなのはとはやてのなかではヤンチャな子供ポジションだったあのヴィータがだ。
はやてはデバイスに手をかけると、カメラモードを起動しようとする。だがその手はなのはに押さえつけられる。
なのはは歯を食いしばりながら、首を横に振り念話を送る。
(はやてちゃん、気持ちはわかる。わかるけど、今日は我慢だよ)
(せやかてなのはちゃん。こ、こんな可愛いヴィータここ最近はスッカリご無沙汰でな)
(私も耐えるから。だから今日は、今日は)
互いにアイコンタクトを向けると、はやてはデバイスをポケットに戻す。
はやてはワザトらしくせき込むと、自らの心を落ち着かせた。
「それでなヴィータ、うちも今日なのはちゃんに言われて気づいたんやけど。……その指輪はカイズ君からの贈り物なんか?」
「――――うん」
「随分と高そうに見えるけど。…………えっと、どういう意味での贈り物なのかな」
はやてとなのはの言葉にヴィータは口をつぐんでしまう。だが二人の真剣な顔立ちを見ると、ギュッと手を握り込む。
どちらにしても、この二人には一番に聞いてもらわなければいけないことだ。特に二人にはカイズとの馴れ初めでいろいろと助けてもらってきたのだ。このまま黙ってていいわけがないのだ。
「あ、あのな。この指輪は」
――――トントン。
ヴィータが口を開いた瞬間、突然扉が叩かれる。
「失礼します。ご予約されてましたコースの前菜をお持ちしました。あとこちらは頼まれていたカクテルになっています」
「それじゃあ、こちらにお願いします」
「かしこまりました」
長いテーブルにギュウギュウ詰めに座った三人を見ても動じないのはさすがプロといったところだろう。
執事とメイドは黙々と料理を並べていくと、なのはとはやての前に白のカクテルを。ヴィータの前に赤いカクテルを置いて部屋を後にした。
すっかりタイミングを逃してしまったヴィータは、ポカンと口をあけてしまう。
はやては「あはははー」と頬を掻くと、グラスを手に取る。
「まずは乾杯しようかー。ほら、ヴィータもなのはちゃんも」
(は、はやてちゃん。それよりも真相を聞く方が先じゃ!)
「(大丈夫や。そのためにヴィータには特別なカクテルを用意したんやからな)それじゃあ二人ともかんぱーい」
「か、乾杯」
「乾杯」
はやての言葉の意味は分からないままに、グラスをぶつけ合う。ヴィータは用意されたカクテルを一口飲むと、「ん?」と口元を抑えた。
「これ、すごくおいしい。なーなー、はやて。これ何て言うカクテルなんだー」
「ふふ、これはヴィータのために特注で作ってもらったんやでー。気に入ったんなら、どんどん飲んでなー」
「おーう、ありがとうなはやてー」
本当にその味が気に入ったのだろう。ヴィータはあっと言う間にグラスを空にすると、すぐにおかわりを要求していった。
そんなヴィータの様子を見て、はやてはにやりと口元を歪めていくのだった。