「えっと、ここでいいのか。っていうか、随分とすごい店だな。ちゃんとした服って管理局の制服しかなかったけどいいのかな」
目の前の高級な作りの店を見て、カイズは思わず尻込みしてしまう。
カイズがはやてから初めにメールを受け取ったのは、かれこれ三時間ほど前のことだ。
『今日はうちとなのはちゃんと飲みに行こうと思ってるんやけどいいかな?』
もちろん駄目だと断るわけもなく、カイズはその用件を了承した。最近はずっと自分と一緒にいるし、何より今はうちで暮らしているのだ。久しぶりに家族や同僚との触れあいはあるべきだ。
そしてこのメールが来たのが三十分ぐらい前のことだ。
「…………助けてカイズ君って。いったい何があったんだ」
AAA+からSクラスが三人揃っているのだ。当然戦闘的な何かではないはずだ。いや、仮にそんなピンチだとしたら自分ではなくフェイトやシグナムにまず連絡がいくはずである。
「だけど冗談で送ってるようにも見えないんだよな。とにかく中に入ってみるか。えっと、すみませーん」
カイズは入り口の執事に声をかけると、そのまま店内へと案内された。
赤い絨毯を歩き、一つの部屋の前にたつ。執事はその場で一礼すると、その場から離れていく。
カイズは少し戸惑いながらも、その扉をノックした。
「えっと、カイズでーす。いまつきましたけどー」
そう声をあげるが、中からは何の反応もない。どうしたのだろうと、カイズは扉に耳を傾ける。
すると、防音された扉を越えて小さいながらも声が聞こえてきた。
『あはははは、でよーでよー、それですごいんだー』
「この声はヴィータさん。……でもすごいテンションが高いような」
だが彼女の声を聞き間違えるわけがない。きっと話に華が咲きこちらの声が届かないのだろう。
「しつれいしまーす」
カイズは扉を開けると、そっと中をのぞき込む。
そこで彼がみたのは、顔を真っ赤に染めながらグラスを片手にご機嫌なヴィータの姿。そしてゲンナリと、そしてゲッソリとした顔のなのはとはやての姿だった。
ヴィータはグラスの中身を飲み干すと、大口を開けなのはの肩を叩いた。
「それでよー、それでよー。すげー反応が可愛いんだぜ。先っちょのほうをチュってすると、うって我慢するような顔してよー」
「そ、そうなんだねー」
「それにはやて知ってるかー。もう初めての時ってすごく痛くてよー。でも手を握ってもらえると、何だか頑張れたんだー」
「う、うん。……ヴィータ、その会話もう三回目やで」
「あはははー、そうだっけー」
親代わりのはやてや、一応直属の上司であるなのはに気を使うことなく、大笑いをしながら二人の背中をバンバンと叩く。
いったいこれはどういうことなのだろうか。カイズは未だに部屋に入っていいのか、どうなのか悩んでいると、虚ろな目をしたはやてと目があった。
「カ、カイズくーん、き、来てくれたんだ」
「い、いったいこれはどういう状況なんですか。何だかヴィータさんが暴れてるみたいですけど」
「確かにヴィータは暴れてるけど、呆れたり怒らないであげてなー。元は言えば全部私らのせいやから。……だからこの状況もうちらの罰なんやけど。――――さすがに生娘にはこれ以上辛くてな」
「えっ、最後のほう何て言いました」
「な、何でもないよー。と、とにかくヴィータを回収してもらえるとありがた」
「あー、カイズだー。うふふー」
ヴィータは太陽のような笑みを浮かべると、両腕を広げトコトコとこちらにやってくる。
そしてなのはやはやてが見ていることなどお構いなしに、そのまま抱きしめてきた。
「えへへー」
「ヴィ、ヴィータさん。二人、二人とも見てますよ」
「別にいいじゃんかよー。あたしは今抱きつきたいからだからよー。……それともカイズはあたしと抱き合うのが嫌なのか」
「そ、そんなわけありませんよ!」
「だったら、どうしてギューっとしないんだよー」
なー、なーと言いながら、ヴィータは体を擦り寄せてくる。無邪気な子悪魔の攻撃に、カイズの理性が悲鳴を上げる。だがこのまま抱きしめられるわけがない。
今この場には彼女の同僚。そして言ってしまえば彼女の親が目の前にいるのだ。
カイズが困ったように二人に視線を向ける。すると二人はフイッと彼から視線を逸らしていった。
(抱きしめろってことですか!)
私たちは何も見てません。二人はその態度を見せると、完全に逃げ場がなくなってしまう。
「そ、それじゃあ…………」
これは本能に負けたのではない。あくまで、こうするしかなくて仕方なく抱きしめたのだ。
カイズは勝手に自分の中で言い訳を述べる。
「あっ、ふわっ」
「ど、どうしたんですかヴィータさん」
「んーんー、やっぱりカイズに抱きしめられると大好きだなーって。そう思っただけー」
「――――――――!!」
何だ、今この目の前にいる可愛い生き物はいったい誰なんだ。
いや、ヴィータさんは元々究極完全体グレート可愛いとしてもだ。この様子は明らかに常軌を逸している。
ヴィータを抱きしめながらも、カイズは再び二人に視線を送る。だが二人は両手をあわせ、ただ頭を下げるだけだった。
ただ直接の原因はヴィータから漂うアルコールの匂いで何となくわかった。そして二人が謝っているということは、ここまでヴィータを酔わせたのは二人なのだろう。
だけど二人がギブアップするほど、ヴィータさんが何をしたんだ?
酔っぱらって背中を叩くにしても、それは大した威力ではないだろう。そうなると、二人が虚ろな目になりながら助けを呼ぶ理由がよくわからなかった。
「………………」
「………………」
そういえばなぜか二人は先ほどから、自分の下の方ばかりを見ている気がする。それも顔を真っ赤にしながら。
この行動に答えがあるのだろうか。とにかくこれからどうすればいいのか。困り果てた三人は互いに視線を向かい合わせる。
するとなのはとはやてを見ている姿を見て、ヴィータは「むぅー」っと頬を膨らませた。
「なぁー、カイズ。どうして二人のことばっかり見てるだよー」
「い、いえ、この行動には特に深い意味はなくてですね」
「ぶー、だったらいいよーだ。こっちはこっちで勝手にやってるからよー」
ヴィータはカイズを抱きしめていた手を離すと、そのまま腰のベルトを掴んだ。ガチャガチャと手慣れた手つきでそれをはずすと、カイズは慌てたようにその両手を止める。
「な、なにしようとしてるんですかヴィータさんっ!!」
「なにって、カイズの大好きなやつだよー。ごめんなー、まだあたしが痛がってて次ができなくて。で、でもカイズのためにできることは一生懸命頑張るからな!」
「いや、こんなところで頑張らないでくださいよ!!」
流されるにしてもあまりにも時も場所も駄目すぎる。最悪店側から訴えられてもおかしくない状況だ。
「なのはさん、はやてさーん、って、二人とも逃げようとしないでくださいよ!」
「あ、あはははー」
そろりそろりと、逃げだそうとしていた二人を引き留める。そんなカイズの姿を見ると、ヴィータは再び頬を膨らませた。
「また二人のことばっかりー。もう本当に勝手にするからなー」
「だから勝手にしたらいろいろというか、完全に駄目ですってー!」
カイズは降ろされそうになるズボンを何とか押さえつける。
「ヴィーター、とにかく一回落ち着こうな」
「私たちが悪かったからね、ヴィータちゃーん」
二人はあの手この手で、ヴィータをなだめていく。
かくして真実を知らないまま問題の渦に巻き込まれたカイズは、その流れに逆らいあらがい続けいくのだった。
◆
「―――――いや、だからここじゃまずいですって! はっ、あ、朝か……」
窓から差し込む朝日に、いま見ていたことが夢だとわかる。だが昨日の夜に起きてたことは紛れもない事実だ。
あのあとは大変だった。とにかく全力でヴィータを宥めて、ご機嫌をとって。ヴィーターランキングTOP3がこぞいにこぞって、何とか眠りにつくまであやすことに成功したのだ。
力の限り周りに迷惑をかけたヴィータだが、彼女が寝たあとも、カイズが家に帰ったあとも『ヴィータちゃんは悪くないの。調子に乗ってお酒を勧めすぎた私たちのせいなの』となのはやはやてからメールが届いていた。
やはり二人としては、こんなことでヴィータの評価を落として欲しくないと思っているのだろう。
「まあもちろんそんなことないんだけどな」
なんと言ってもヴィータのことが大好きな三人なのだ。彼女のことを好きになることはあっても、嫌いになることなどあるわけがなかった。
「ん、んにゅー」
「あっ、ヴィータさん起こしちゃいましたか」
今日は休日なので、自然と起きるまでは待っていようと思っていた。こういったとき、同じベッドに寝ていると不便だと感じる。
「んんー、ふわぁー」
ヴィータは大きな欠伸をすると、寝ぼけ眼であたりを見る。そしてカイズの顔を見ると、パアっと明るい笑みを見せた。
「おはよーう、お兄ちゃん」
「はい、おはようございますヴィータさ、んん?」
何だろう。今ものすごい違和感を感じたような。
カイズは大きく目を見開くと、口を半開きにしながら質問する。
「え、えっと。…………ヴィータさん、寝ぼけてます? それとも二日酔いとか」
「うん? 酔うってなーにー?? あー、あと前にも言ったけど、ヴィータはヴィータさんじゃないよー」
ふざけている様子はない。そしてこの状態には覚えある。
カイズは口をひくひくさせながら、今度はこう質問した。
「そ、それじゃあヴィータちゃんは何歳かな」
「ヴィータは八歳です。えへへー、ヴィータ自分の歳ちゃんと言えるんだよー」
あの時から三歳ほど年齢が増えたようだ。
ほめてほめてーと頭を近づけるヴィータ。
そんな彼女の頭を優しく撫でながら、カイズは思ったのだった。
これは、大変なことになったぞ。
次回へ続きます