「ねぇーおにーちゃん、まだできないのー」
「まだ今作り始めたばっかりだからね」
「ねぇー、ヴィータもお兄ちゃんと一緒にお料理したいよー」
「火を使ってるから駄目だよ。すぐにできるから待っててね。ヴィータちゃんはいい子だから待ってられるよね」
「うんっ! ヴィータいい子だから待ってられるよ!!」
カイズはキッチンで料理をしながら、ホッと一息つく。普段のヴィータになら料理を手伝ってもらうことはある。
だが今のヴィータを火の元の近くに立たせるわけにはいかない。
「何ていっても、今はヴィータさんじゃなくて、ヴィータちゃんなんだもんな」
いったいどういった理由で人格が入れ替わったのかはわからない。シャマルには少し前に連絡を入れておいたが、返信はしばらくあとになるだろう。
「よっと、これでいいかな」
カイズは卵焼きときつね色に焦がしたパンをお皿に置く。いつも通りの朝ご飯だが、これで今のヴィータは喜んでくれるだろうか。
カイズはお皿を三枚持つと、そのまま部屋に戻る。
「ヴィータちゃんお待たせ、って、ええ! な、何してるの。というかどうして服着てないの!?」
カイズが部屋に戻ると、そこにはピンク色の下着以外何もつけていないヴィータの姿があった。
カイズは視線のさまよわせながら、テーブルにお皿を置く。そしてヴィータの体にバスタオルをかけた。
「ま、前にも言ったよね。そうやって男の人の前で肌を露出しちゃだめだって!」
「だっておにーちゃーん。ヴィータの着てた服すごくピタットしてて、すごく動き辛かったんだよー」
「ああ、そうか。昨日は管理局制服のまま寝ちゃったから。――――ってそういうことじゃなくてね。俺が言いたいのは」
――――ピンポーン。
カイズの説教を遮るように、玄関のチャイムが鳴る。ヴィータはその音を聞くと、目を輝かせ立ち上がる。
「はいはーい、今行きますよー」
「行かないで、それは本当にやめて!!」
カイズはヴィータを抱き上げると、そのままベッドの上へと降ろしていく。カイズはすぐに走り出すと、居間と玄関のドアをロックする。
『荷物のお届けに参りましたー』
「はいはーい、すぐにいきまーす」
配達員はやはり男の人だった。例え何があろうとも、ヴィータの裸は見せるわけにはいかない。
カイズはすぐにサインをすませると、荷物を受け取った。
「はぁ、こんな朝から誰だろう。――――あれ、はやてさんからだ」
超速達便で送られたそれは、随分と大きなものだった。箱の大きさ的にいえば、それこそヴィータ一人ぐらいなら潜り込めるほどだ。
カイズはドアのロックをはずすと、その荷物を居間に置く。
「わぁー、はやてからだー。中身は何だろうね」
「おかしいな。連絡したのはシャマルさんのはずなんだけど」
それにはやてさんは今日も仕事のはずだ。だがもしかしたらシャマルさんに話を聞いて、急いで解決策を持ってきてくれたのかもしれない。
カイズは箱に同封されていた手紙を手に取ると、その中身を読んだ。
『拝啓 カイズ君。昨日は多大なご迷惑をかけてしまってごめんな。二人の関係の深さは昨日これでもかというほど聞かせてもらいました。これは私となのはちゃんからのささやかな謝罪です。何かの時に使ってください 敬具』
そこで手紙は終わっている。どうやらこの荷物は昨日飲み会が終わったあとすぐに送られたものらしい。
ヴィータは箱の中身を見ると、キャキャと声を上げる。
「お兄ちゃんすごいよー。中にバッグとか帽子が入ってるー」
「何だか余計な気を使わせちゃったみたいだな。あとでお礼を言っておかないと」
「ねぇーねぇー、どうこのバッグと帽子。ヴィータに似合うかなー」
「ヴィータちゃんはその前にまずは服を、ブッフ!!」
目の前のヴィータを見た瞬間、その姿に思わず吹き出してしまう。だがそれは仕方ないだろう。ヴィータは先ほどから下着以外何もつけていない。
そんな彼女は、赤い頑丈そうなバッグを背負っており、頭には全面にツバのついた黄色い帽子をかぶっていた。
「どうお兄ちゃん。ヴィータに似合うかなー」
送られてきた赤いバッグを自慢するように背中を向ける。だがバッグを見せると同時に、彼女の小さなお尻も見せつけられる形になり、思わず目を逸らしてしまう。
(な、何だろう。このバッグと帽子には全く見覚えないんだけど。……ものすごくいけないことをしている気がする)
知識ではなく本能でそう感じる。というか、あの二人はこれを何の時に使えっていうのだろう。
昨日ヴィータが二人に何を話したか詳しい内容は知らない。だけど次に会うときは、きっと何とも言えない空気が漂うのだろうと確信する。
「ねぇーねぇー、お兄ちゃん。ヴィータ可愛い、可愛い?」
「と、とにかくまず服を着よう、服を。ほら、えーっと、できるだけ着心地のいい服、服はと」
カイズはクローゼットの中を探ると、ビニールがかけられた一着の服を見つける。そのドレスのようにひらひらのついた服は、ヴィータが一度だけ着たものだ。
(そういえば、病院の屋上以来こういった服着てないよな)
ヴィータの夢の中に入り、再会した時のことだ。過去の自分よりも大人びた服を着ようとして、これは用意したものらしい。
普段から仕事詰めであり、なおかつ動きやすい服装を好むヴィータのなかでは数少ないかわいい系の服。カイズはそれを取り出すと、ヴィータに差し出した。
「と、とにかくこれを着て。あとその格好のままでご飯食べ始めないでええぇぇぇ!!」
裸ランドセルでご飯を食べる姿は、もう何と言っていいかわからない背徳感があった。
カイズはヴィータをその場に立たせると、一から順に洋服を着せていくのだった。
ヴィータは着せてもらった服の感触を楽しむと、ワッとカイズに抱きついてきた。
「ねぇー、お兄ちゃんちゅーしよー、ちゅー」
「ヴィ、ヴィータちゃん。いきなりどうしたの!?」
「どうもしないよー。ヴィータはお兄ちゃんとちゅーがしたいからしようと思ってるだけだよー」
ヴィータはその場で背伸びをすると、んっと唇を突き出す。だがカイズはそんな彼女の両肩を押さえると、いったん彼女を落ち着かせた。
「と、とにかくまずはご飯食べようか」
「ぶーっ、ちゅーしたいのに」
「それはまた今度でね」
やんわりとヴィータのキスを断ると、二人はテーブルの前に座る。だが御飯を食べようとした瞬間、カイズは何ともいえない違和感に襲われた。
(あれ、いま俺どうして……?)
そう思ってしまうが、あまりにも自然としたことなので理由が見つからない。きっと特に深い意味はないのだろうと、カイズは御飯を食べ始めるのだった。