「さて、まあ思った以上に時間ができたな」
カイズは噴水前につくと、腕時計を見る。どんなに早くてもヴィータが着くまであと三十分以上ある。
「まあヴィータさんのことを考えてれば三十分なんてあっと言う間か。……それにしてもこの半年、本当にいろいろあったよな」
カイズはデバイスを起動させると、ヴィータの写真を表示する。そして写真の彼女に柔らかい笑みを向けた。
高等部時代にヴィータさんのこと思い出して。ずっと勉強ばっかりだったくせに、死ぬ気で体鍛えて。
何とか補欠で管理局に受かって。それで何の運命かヴィータさんの教導を受けられて、それで恋人同士にもなった。
「ヴィータさんにはデバイスを作ってもらったり、教導の勉強なんかも付きっきりで見てもらったりしてたよな。……ほんと、昔の俺じゃ考えられないよな」
昔の自分を卑下するわけではない。あの頃はあの頃で目指している道はあったし、その信念は本物だった。
ただまあ女癖は直ってよかったとは思う。
「一年ちょっと前の俺が見たらきっと信じられないんだろうな」
こんなに一人の女性を愛することがあるなど、あの頃の自分は思っていなかった。医者になる夢が一番優先だったというのも要因ではあるが、女性とはずっと上っ面で付き合っていたと今なら思えるほどだ。
「頭でっかちな俺が、体を酷使して今やひよっこ教導員か。……んー、早くヴィータさんに会いたいな」
今が幸せすぎるからか、心に渦巻く漠然とした不安が少し嫌な気分だった。
だがヴィータの顔を見ればそんな気持ちも一発で晴れるはずだ。そんな現金な自分の未来を想いながら、カイズはゆっくりと目を閉じた。
――――ヒュ、ゴゴッ!
だがその瞬間に耳元に届く衝撃音に、すぐに目を見開く。カイズはその場からすぐに離れると、今まで彼のいた場所に、噴水の残骸が滑り落ちてきた。
「き、きゃああぁぁぁぁぁぁぁっ!」
女性の叫び声とともに、恐怖が繁華街を支配する。いったい何が起きたのか、カイズはデバイスを臨戦態勢にすると、両手に二振りの刀を握りしめた。
「な、なんだ。何があったんだ!」
残骸の煙が徐々に薄くなる。カイズはしっかりと目を凝らすと、そこには見たことのある見慣れない姿の女性が立っていた。
『………………』
無言のまま立ちすくんでいる全身紫のボディースーツの女性。両手には三本ずつ鋭く長い爪がついており、こちらを見つめる瞳に、光は宿っていなかった。
まさかあの姿は。カイズがそう思うと同時に、イノセントハートは目の前の人物の情報を表示した。
『識別ナンバーは不明。しかし容姿から、スカリエッティ作のナンバーズである可能性が大です』
「やっぱりそうだよな。俺も資料で見たことがある」
ナンバーズと言えば、ヴィータやなのはが決心想いで戦い抜いた敵である。単機でも強力な力を有しており、六課で鍛え上げられたフォワード陣と渡り合えるほどだ。
軽く見積もってAAクラス。下手をすればAAAクラスほどの力量を持つ敵がいったいどうして。
『マスター、バリアジャケットの生成を』
「わっ、わかった!」
突然のことに頭が混乱しているカイズを相棒が落ち着かせる。カイズは局員特有の魔導師ジャケットとは違う特注のそれで身を包むと、両手の剣を握りしめる。
目の前の戦闘機人はまるでそれを待っていたように、にやりと口元をゆるめた。
『私は示さなければいけない。戦える。私は誰よりも戦えるとスカリエッティ様に証明する』
「何を言ってるんだ。スカリエッティはもう牢屋の中だ。もうゆりかご事件は終わったんだよ」
『証明、証明する!』
カイズの言葉など届いていない。戦闘機人は噴水の瓦礫を踏み抜くと、一気に接近を仕掛ける。
『正当防衛です。近接パターン4、5を想定して仕掛けてください』
「了解!」
カイズは二股のデバイスを前方に構えると、小型の魔弾を二発放つ。避けようが弾こうが構わない。とにかく隙を作るために放たれた攻撃だ。――――だが。
「くっ、冗談だろ。そのまま受けやがった」
『…………!』
戦闘機人は避けることも弾くこともせず、攻撃をその身に受ける。しかも速度は落ちることなく、ダメージの素振りも見せなかった。
――――ブンッ!
空気を裂きながら、爪がカイズの首を狙い降ろされる。だが魔弾により、ほんのコンマ数秒の遅れにより文字通り首の皮一枚でそれを避ける。
あと半歩踏み込まれていたら。あとほんの少し反応が遅れていたら。きっと自分はもうこの世にはいなかった。
今まで感じることのなかった圧倒的死の予感に、足が震え出す。
教導とは違う。夢の中のデスイーターとも、元から殺すつもりなどなかったシスンとも決定的に違う。
一つでも間違ったら次の瞬間にはこの世にいない。
これがカイズの感じたことのない実戦の空気であった。
「ど、どうすればいいんだよ。こんなどうしよもない敵……」
『力の差は歴然です。今の攻防だけでマスターの勝率は0.6パーセントだと判断されました』
「はは。百回やっても一回も勝てないかもってことか」
『その通りです』
淡々と確率と計算を述べる愛機にカイズは感謝する。ここで下手な希望を出されでもして、犬死にしてもしょうがない。
自分にできることを見謝らない。勇気と無謀は違うのだ。
「この場から逃げれる可能性は」
『マスターと私の技能をフルに生かせば76パーセント可能です。その間に管理局の助けもくるでしょう』
「よし、なら」
カイズは辺りを見渡すと、脱出ルートを探る。だがすぐに視界に映る人々を見て、考えを改めた。
「その場合、繁華街の被害はどうなる」
『敵は強者を求めています。こちらが武装をするまで微動だにしなかったのがその証拠でしょう。私の計算では84パーセントの確率で被害は最小で済むはずです』
84パーセント。一見してその数字は高く感じる。だがこれは計算の問題ではなく、人の生死がかかっているのだ。
「84パーセント。つまり16パーセントの確率で人が大怪我を負う可能性があるってことだよな」
『…………肯定です』
「そうか。……そうだよな」
カイズは思い切り背筋を伸ばすと、大きく深呼吸をする。そして新しい式を愛機に投げかけた。
「……俺がこのまま時間を稼ぐとしたら。どのくらいだ」
『倒す気でいかなければ、約32パーセントの確率で5分ほど稼げる予定です。しかし敵がナンバーズというなら、何かしらの固有スキルが存在するはずです。それが攻撃的ものなら、そのパーセントは12まで落ちます』
「五分稼ぐのに12パーセントか。――――くっくっく、はっはっはっは」
その確率はまさしく犬死にだ。普通に考えれば、今すぐ逃げ出すべきだ。
――――だがカイズは両手の刀を力強く握り直す。
そして空に向かって叫び声をあげた。
「市民の皆様、これはイベントや撮影ではありません。歴とした事件です。今すぐ、この場から逃げてください!」
カイズの叫びが静まり返っていた空気に響きわたる。そして今起きている現実を、周りの人間がようやく飲み込むと、その顔は完全に青ざめていった。
「う、うわあぁぁぁぁぁぁっ!」
「キャアアァァァァァァッ!」
男女様々の悲鳴が繁華街に響きわたる。休日を過ごしていたもの、店で働いていたもの、路上でパフォーマンスをしていたもの。誰一人関係なく、皆我先にと噴水から走り出していった。
カイズはその姿を見ると、目の前の戦闘機人をにら見つける。
「五分あれば人が逃げ出すには十分だ。……俺の選択は間違っているか相棒」
『間違っていると思います』
「はは、きっついな」
『……ですが何よりも正しいとも私は思います』
「そう言ってもらえてなによりだ。……いくぞイノセントハート!」
『了解しました。とにかく時間を稼ぎます。距離をとりつつ、パターンを同時に1、6、11、14、22を想定してください』
カイズは頭の中にある教科書を一気にめくり、戦術を頭にたたき込む。
するといつの間にか震えていた足はぴたりと止まっていた。
「ああ、そうだよな。確かにヴィータさんの姿を追って、俺は管理局に入った。だけど決してそれだけじゃない。――――俺が、あの時の俺を助けてくれたヴィータさんみたいに、助けを求めてる人を守りたいんだ!」
『――――証明してみせる』
戦闘機人は両手の爪を構えると、カイズに再び接近を仕掛けていった。