管理局局員専属の病棟。その廊下をヴィータは全速力で走っていた。
「何だよ、何だよ、何でこんなことになったんだよ!」
息を切らしながら、不安で足を震わせんがら。そして正体不明の敵との戦いで重体の怪我を負ったカイズの身を案じながら、ヴィータは一つの病室の扉を開けた。
「カイズッ!」
ヴィータは痛々しいほどの叫び声をあげる。すると頭に包帯を巻いた男性は、外を見ていた視線を彼女に向けた。
「あ、どもっす」
「あ、どもっすって。――――カイズお前なー」
重体の怪我を負っていたが、命に別状がないことは電話で聞いていた。初めこそ本人が無事である姿を見るまでは安心できなかったが、その姿を見てようやくヴィータは一息つくことができた。
ヴィータは目に涙を浮かべながら、ベッドに近づく。
「お前無茶してるんじゃねえよ。こっちは心臓が止まるかと思ったんだぞ」
「ん、無茶って何のことだ?」
「そんなの決まって。……まあいいよ、とりあえず無事だったんだから」
「い、いや、そうじゃなくて。……ていうか、どうして俺こんなところで寝てるんだ? それとお嬢ちゃんだれ?」
「――――えっ?」
カイズの放った言葉に思わず耳を疑う。ヴィータははっと顔を上げると、カイズは訳が分からないと首を捻る。
「なに、言ってるんだよ。あ、あたしのこと、わからないのか?」
「えっと、クラスの誰かの妹だっけ。あー、そういえばエリナの家に行ったときに妹がいたような。いや、ユキ先輩の妹さんだっけ」
「な、はっ……」
「まあそれはどうでもいいか。とりあえずお嬢ちゃん、どうして俺がこんな大怪我負ってるか教えて欲しいんだけど」
「じょ、冗談だよな。あ、あたしが遅刻したから怒ってるだけだよな」
「遅刻ってなんの?」
イタズラで言っているわけではない。本当にわからないとカイズは言葉を述べる。ヴィータはガクガクと足が崩れ落ちそうなのを必死に我慢して、唇を震わせながら声をだす。
「デートだよ。だ、だって今日は結婚式の買い物行くって約束じゃないか」
「結婚? 俺とお嬢ちゃんが。――――ぷっ、あっはっはっは、そりゃないって。それじゃ俺、犯罪者じゃないか。それに嬢ちゃんには悪いけど俺は年上好みなんだよ。あと十年したらもう一度来てくれ」
本当に面白い冗談だと、カイズはずっと笑い声を上げ続ける。悪意なき悪意の言葉にヴィータはその場で膝をつく。そして必死に押さえ込んでいた涙が、先ほどとは違う意味でこぼれ落ちていった。
「あ、ああ、うわ、ああ」
「ヴィータちゃん!」
悲しみの悲鳴をあげようとしたその瞬間、なのはは病室に入るとヴィータを力強く抱きしめる。
「ヴィータちゃん、落ち着いて。お願いだから落ち着いて」
「な、なのは、あ、あたし……」
「ちゃんと理由があるの。だから、お願い」
「(コク、コク)」
ヴィータはこれ以上声をあげることができず、ただ頷くことしかできなかった。カイズは突然入ってきたなのはの姿を見ると、大きく目を見開いた。
「え、ええ、ええっ! ま、ま、まさか高町なのはさんですか。ど、どうしてこんなところに。お、おお、マジかよ。俺高町さんのめちゃめちゃファンで――――」
「カイズ君」
「は、はい」
自身の名前を呼ばれて上半身だけ起立の姿勢になる。なのははそんな彼を見ると、射抜くような鋭い眼光で彼を睨みつけた。
「あなたの今の状態はよくわかってる。――――でも少し黙ってて」
「……は、はい。す、すみません、俺何か怒らせるようなことでもしましたか」
「黙ってて!!」
「わ、わかりました!」
そうピシャリと言い放つと、なのははヴィータを抱きしめたまま病室を出る。ヴィータなのはの腕の中からカイズを見る。だが彼が見ているのは自分ではない。恍惚の顔でなのはを見ているのがわかると、ヴィータはギュッと目を閉じた。
◆
病室から離れた待合室のソファーに二人は座る。そして彼女はなのはの言葉を重複した。
「記憶喪失?」
「うん。正確には全部の記憶を失ってるわけじゃなくて、部分的な記憶を失ってるだけなんだけど。……今のカイズ君は、高等部の二年生までの記憶しか残ってないの。つまりまだヴィータちゃんのことを思い出す前の記憶しかないらしくて」
「ど、どうして、どうしてそんなことになったんだよ!」
「繁華街で戦闘機人が暴れたことは知ってるよね。……カイズ君は市民を逃がすために一人で立ち向かって。それでそのときに頭に大けがをしたらしいの」
「そ、そんな。な、何でだよ。何でカイズがそんなめに、それにどうして戦闘機人がまだ残ってるんだよ」
「……それについてはスカリエッティが話してくれた。ううん、正確には思い出してくれたっていうほうが正しいかな」
なのははデバイスの液晶を表示すると、繁華街で暴れていた戦闘機人のデータを映し出す。
「この戦闘機人は正確にはナンバーズじゃないの。ノーナンバーズ、つまりナンバーズの出来損ない扱いらしいんだ」
「ノーナンバーズって。そんなデータスカリエッティの研究所にはなかったはずだよな」
「だからこそ彼も忘れていたみたいね。……スカリエッティの意向で戦闘機人は限りなく人間に近い感情を持つように作られた。でもこの戦闘機人は一切の感情を持っていない。……いや、持っていなかったからこそ一つだけ感情を持つようになったの」
なのははデバイスに触れると、次のデータを表示する。
「このノーナンバーズは破棄される直前、意志を持って研究所から逃げ出した。ノーナンバーズの持った意志はただ一つ、自分たちが有用であることを証明すること。その証明のために今も戦い続けているの」
とりあえず今わかることはここまでだと、デバイスを閉じる。ヴィータは俯いたまま呟くように声を出す。
「……それで今そいつはどこにいるんだ」
「それは今捜索中みたい。でもそんなに遠くに行ってないはず。って、ヴィータちゃん。まさか」
「……そんなんじゃねえよ。ただもう一度カイズの顔を見ようと思ってな」
「でも今のカイズ君は。あっ、そうだカイズ君と言えばこれ」
なのははその存在を思い出すと、ポケットにしまっていた黒い二股の小さな刀をヴィータに渡す。
それはヴィータがカイズにプレゼントしたデバイスの片割れだった。
「これは?」
「カイズ君が意識失う前に、これをヴィータちゃんに渡してくれって被害者の子に言ったらしいの。本当は今すぐメンテナンスしたほうがいいんだけど、カイズ君が必死に頼み込んだみたいで」
「……そうか。ありがとな」
ヴィータはデバイスの片割れを胸ポケットに仕舞うと、ゆっくりと立ち上がる。そして足取りがおぼつかないままに、ふらふらと廊下を歩いていった。