だけど今のあいつに会ってあたしはどうしたいんだ。
カイズの病室に近づくにつれて、ヴィータの動悸はどんどんと早くなる。
悪気の一つもなく、自分自身に全く興味を示さない彼の態度。今まで好きだ、愛しているだと言われていたことがこんなにも幸せだとは思ってもいなかった。
いや。正確にはヴィータはそれを幸せだと理解はしていた。だがこんな形で奪われるなど、このときまで思ってもみなかったのだ。
「もう一度カイズに会って。またあんなふうに言われたらあたしは……」
きっと涙を抑えることはできないだろう。ヴィータは病室の前で手を構えたまま、結局ノックをすることができなかった。
「――――ちゃん。ヴィータお姉ちゃん」
「ん?」
誰かの呼ぶ声にヴィータは左右を見る。すると、ヴィータの姿を見て『お姉ちゃん』と呼ぶ小さな女の子がいた。
白い病衣をきた少女服の裾を引っ張ると、今にも泣きそうな顔でヴィータを見つめていた。
その子には見覚えがある。彼女は公園で男の子にちょっかいを出されていたミズホという少女だった。
「どうしたんだ。なんで病院なんかに」
「ごめんなさい。ごめんなさい。お兄ちゃんにも、お姉ちゃんにも私いっぱいいっぱい助けてもらったのに。――――私が、私がいたから。だからお兄ちゃんがあんなに怪我をしちゃったの」
「――――えっ?」
「だからお願い、お兄ちゃんを怒らないで。怒るんなら私を怒って。うっ、ぐすっ」
「お、おいおい、とりあえずここじゃなんだ。とにかくどっかいこうか」
「う、うん……」
ミズホの涙を見ていたら、いつの間にかヴィータの涙は引っ込んでいた。少女の手を取り移動してる間にも、彼女はただ「ごめんなさい」と謝り続けていた。
◆
病室はとにかく静かだった。カイズはベッドに背を預けると、やることもなく天井を見上げていた。
「しっかし勉強道具ぐらい用意しておくべきだったな。受験まであと一年ぐらいしかないって言うのに、怪我なんてしてる場合じゃないんだけどな。……それにしてもまあ、静かな病室だな」
学生一人には不釣り合いなほど大きな個室は、どうにも自分にはあわなかった。
「しっかし、誰か一人ぐらい知り合いが見舞いにきてもいいとは思うけどな。それにサクヤの奴もこねえし。全く薄情な奴だな」
恋人すらこない状況にカイズは深くため息をつく。
そう思っていた時だ。病室の扉がノックされたのは。
「はいはーい、いますよー」
「……わりぃ、入るぞ」
「あれ? 君はさっきいた高町なのはさんの知り合いの人だよね! い、今高町さんはどうしてるかな」
「さーな。多分今頃対策会議でも開いてるじゃねえか」
「対策会議? なんのかな」
「……まあいいじゃねえか。それにあたしもちょっと時間がなくてよ。最後にちょっと挨拶にきただけなんだ。ていっても、お前はなにも覚えてねえみたいだけどな」
「覚えてない? ん、どういうこと??」
言っていることがわからないとカイズは首を傾げる。ヴィータは少し寂しそうな顔をすると、そのまま話を続けた。
「やっぱりお前はすごいやつだよ。まだBクラスの魔導師なのに、戦闘機人に立ち向かって市民を逃がしてくれた。それにあの女の子から聞いたぞ。瓦礫が落ちてきたところをお前が助けて。それでやられたんだってな。…………ほんと、いい彼氏を持ったもんだぜ」
「彼氏? 俺が君の?」
「ああ、そうだよ」
「あっはっはっは、まさか俺が子供と」
とカイズは軽口を叩く気でいた。あまり小さい子に変な気を持たせるのは可哀想だ。
それは彼なりの優しさだった。だがその口は重く閉ざされたままであった。
カイズの返事がないのを見ると、ヴィータはカイズに一歩、また一歩と近づいていった。
「こんなに魔法が発展してるミッドチルダでも、脳のことについては研究が進んでないらしくてな。お前の記憶がこれからどうなるかは、誰にもわからない。だから今は忘れたままでもいい。だけどこれだけは覚えておいてくれ」
「――――えっ?」
驚いているカイズの目の前にヴィータは顔を寄せる。そして目を見開いたままそっと唇を交わした。
その時間は一秒にも満たない短い時間だ。ヴィータはぽかんと口を開けたカイズを見ると、名残惜しそうに言葉を残した。
「あたしはずっとカイズのこと愛してるから。……だからちょっと行ってくるな」
「――――ッ! あ、あれ、えっと。あっ!」
離れるヴィータの姿を見て、カイズは叫び声をあげようとする。だがなんて声をかければいいのか。その答えは喉元まで上ってきている気がするのに、結局しぼりだすことはできなかった。
静かに閉められる扉。視界から消える小さな背中。
カイズは結局何も言うことができずに、視線を降ろすことしかできなかった。