伸び悩み
一瞬。赤い残像がその場を走り抜ける。
きっと一般人にはその姿を確認することはできないだろう。だがそこにいた男は、彼女の姿をしっかりと確認すると、デバイスを握り直す。
だが彼がこの程度のスピードについてこれることは先刻承知だ。
なにより、この二つの赤いおさげの少女の専売特許は速度ではない。赤いゴスロリふうのバリアジャケットを翻すと、ヴィータはニヤリと口を歪める。
「あたしがビルの角に入るのはしっかり見たよな。だからこそ、お前はそこから動けねえ」
だがそれは当たり前だ。鉄槌の騎士と呼ばれた彼女に接近戦を挑むということは必死を意味するのだから。
「でもそれじゃあ五十点しかやれねえな!」
ヴィータがパチンと指を鳴らすと、それに反応し先ほど仕掛けておいた二つの球体が起動する。
それらは男の背後に向かい、勢いよく突撃を仕掛けた。
「――――いつの間に、ぐっ!」
男は背後の魔力を感知すると、すぐにフィールドを展開しそれらを受け止める。元々魔力を込めただけの球体二個だ。今の彼に止められない道理はない。
「だが狙い通りだ。今の攻撃はダメージを与えるもんじゃなくて、一瞬でも動きを封じるものなんだからな」
ヴィータの狙いは、初めから攻撃を受けさせること。それを確認すると、彼女はグラーフアイゼンを力強く振りかぶる。
「このパターン。くる!」
だが男も読み負けてはいない。そちらから向かってくるならと、デバイスを構え短距離砲撃の準備に入る。
狙いはヴィータがビルの角から姿を現した時。そのタイミングを違えたら、自分は負けるであろう。
そう。そう男が思っているからこそ、彼は虚を突かれたのだ。
「教科書通りだ。だが甘いんだよ!!」
ヴィータは叱咤の叫びとともに、目の前の壁を叩き砕く。
――――ドガゴッ!!
目の前のビルにヒビが入る。その次の瞬間、それらは破砕され瓦礫となると、雪崩のように男に襲いかかった。
「ぐっ、くそ!」
この瓦礫は防御壁ではどうにもできない。男は致命傷ラインにある瓦礫に向かい、短距離砲を撃ち放つ。
短時間でチャージされた細長い魔力砲は、狙い通り瓦礫を破壊する。だが残りの瓦礫は彼の足下を傷つけ、見当はずれなものは、男の頭上を越えていく。
足下の痛みに思わず目を閉じそうになる。
「――――ッ!まだだ!ここで目を離したら」
痛みに耐えながら、決して見失わないとビルの中を覗く。だがそこにはすでに目標の人物がいない。
「もうおせえよ!」
「なっ、上!」
一際大きな瓦礫の上。その陰に隠れていたヴィータは瓦礫に両足を添えると、バネをつけ勢いよく飛び出す。
「まだ!」
男はデバイスを構え直すと、すぐにフィールドを展開する。
「あめぇ!!」
だがハンマーの進撃を止められたのは、ほんの一瞬だけだ。ハンマーは魔力の火花を散らすと、フィールドを粉々に砕く。
「ぶちぬけえぇぇぇぇっ!!」
相手の計算ごと全てを打ち抜く鉄槌の一撃。それは彼の頭部めがけ一気に振り降ろされた。
『勝負あり。演習モードを終了します』
――――スチャ。
ヴィータはその音声が流れるのを聞くと、頭部寸前まで迫ったハンマーを止める。
それと同時にあたりのビルは姿を消し、真っ白でなにも存在しない元の部屋の姿に戻った。
男はストレージデバイスを床に置くと、両手をあげる。
「参りましたヴィータさん。まさかここまで手がでないとは。あいててて」
「ほら、しっかりしろよカイズ。とりあえずそれははずしておけよ」
「あ、はい。わかりました」
ヴィータに指示され、カイズは両手足につけたリストバンドを外す。
「しかしこれってすごい機械ですね。後遺症を残さず、本当の痛みを伝える機械なんて。確かインターミルドとかで使われてるものでしたっけ?」
「そんなことどうでもいいんだよ。それよりなんだ今の戦いは。言ったよな。ベルカ式を相手にするときは、とにかく近づかせないこと。距離をとって、弾幕張って、かち合う前にぶっ倒せってよ」
「そ、それはそうなんですけど。……まさか瓦礫に乗じて来るなんて思わなくて」
「お前の動きは教科書通りだからな。ちょっと揺さぶれば、油断が生まれるって思ったんだよ。ほら、とりあえず立ち上がれよな」
「あ、はい。……ありがとうございます」
ヴィータが手を伸ばすと、カイズはその手を握る。カイズはその場から立ち上がると、申し訳なさそうに頭を掻いた。
「す、すみません。お手数かけちゃって」
「そう思うならもっと臨機応変になれるように頑張れよな。さっきも言ったけど、カイズは教科書通りというか、基本に忠実すぎるんだよ。そんなんで、二週間後の実技試験大丈夫なのか?」
「…………面目ありません」
見るからに落ち込んでしまうと、ヴィータはそれ以上言葉をかけられなくなる。
彼女はデバイスを待機モードにすると、バリアジャケットから、白と青のジャージに服装を戻す。
「ほら、落ち込んでる暇なんてねえぞ。とにかく試験までは時間みつけて稽古つけてやるから、なっ」
「は、はい…………」
「だあぁぁぁ、もう!とにかく昼だ、昼。食堂行くぞ」
「いえ、俺はもう少し練習をして」
「休むときは休めって言ってるんだよ!そうでなくても、仕事上がりに毎日練習してるんだからよ。……このままじゃ体壊しちまうぞ」
「…………はい。わかりました」
カイズは心にしこりを残しながらも、デバイスを待機モードにする。そして彼もジャージに服装を戻した。
「よし、それじゃあシャワー浴びたらいつもの窓際の席で集合だからな。……おい、聞いてるのかよ?」
ヴィータはカイズをぐっと見上げると、彼はとっさに笑顔を作る。
「あっ、はい。ヴィータさんとの食事、楽しみにしてますね」
無理をしているのは明らかだ。それがわかっていても。いや、わかっているからこそ、何も声をかけることはなかった。
「……それじゃああたしは先に行ってるぞ」
「…………はい」
上の空のカイズを訓練室に残し、ヴィータはシャワー室に向かうのだった。