ヴィータは病院を飛び出すと、バリアジャケットを装着する。手にはグラーフアイゼンを構えると、そのまま空へ飛ぶ。
『お兄ちゃんは怖くて動けなかった私をかばって。それで、それで……』
先ほどの少女の言葉が頭のなかでリフレインする。
『私があのときちゃんと走れたら。そしたらお兄ちゃんは』
十歳にも満たない小さな子だ。逃げられなかったのはしかたがない。そしてその子供を守ったカイズも決して悪くはない。むしろカイズという人間が救いを求めている人を見殺しにするはずがないのだ。
『だからお願いします。お兄ちゃんを怒らないで、お願いします』
こんな状況を誰が作り出した。そんなの決まっている。決まっているからこそヴィータのやることなど一つしかなかった。
ヴィータは待ち合わせ場所だった繁華街の上を飛ぶ。そして思い切り息を吸い込むと、出せるだけの叫び声をあげた。
「テメエェェェ、強い奴と戦いたいんだろ! だったらでてきやがれ。時空管理局空戦魔導使AAA+、ヴォルケンリッター鉄槌の騎士はここにいるぞおぉぉぉっ!!」
心にたまった憂いや悲しみを全てぶつけるように、ヴィータは叫び続ける。
カイズの記憶を。少女の笑顔を。そして自分の幸せを全て奪っていって戦闘機人を許す気はない。
ヴィータの行動は作戦と呼ぶにはあまりにもお粗末なものだろう。だが被害を最小に抑えるという点では、最も迅速な手段であった。
相手強者を求めているなら、自分の存在を放っておくはずがない。そうでなくても、スカリエッティの作り出したものなら、ほかの戦闘機人同様六課のメンバーのデータが入っていてもおかしくはない。
「おら、でてきやがれええぇぇぇぇっ! あたしはここにいるぞおぉぉぉぉっ!!」
怒り。悲しみ。喪失。様々な感情がごちゃ混ぜになりながら、ただヴィータは叫んで叫んで叫び続けた。
するとヴィータの思っていたよりも早く、その存在はコンタクトを取ってきた。
「――――魔力反応? あっちか!」
一瞬魔力が大きく膨れ上がったほうに向かいヴィータは直進する。すると、またそのすぐ後に遠くから魔力反応がした。
「誘い込むつもりか? はっ、上等だよ!」
どちらにしても、自分の居場所は管理局に感知できるようになっている。敵の元にたどり着けば、あとは時間の問題だ。
「だけどその前に必ず一発ぶち込んでやるからな」
ヴィータは敵の誘いに乗ると、市街地から一気に離れていった。
それからどれだけの距離を飛行しただろうか。雪のふりつもる山岳地帯につくと、ヴィータはその場で停止する。
「魔力反応が消えた。……いや、これは魔力が感知できないのか」
体にまとわりつく嫌な感覚。人為的に作られたAMFとは違い、この雪山は天然の魔力妨害エリアのようだ。
無論AMFのように魔力を打ち消すほどの力はない。だが隠れ蓑にするには、最適な場所であった。
「まずいな。飛んでる状態じゃねらい打ち、ちっ!!」
ヴィータが言葉を言い終わる前に、一つの魔弾が下方から放たれる。ヴィータは身を捩ると、何とかそれを回避する。
「さすがにインパクトの瞬間は魔力反応がでるが。――――ちっ、また居場所がわからなくなった」
広大な雪山に、魔力遮断エリア。それに加え、繁華街では戦闘機人が『突然』現れたという報告を得ている。
この戦闘機人がガジェットⅢ型のように、ステルス迷彩を使えるとしたら、これ以上やっかいなことはない。
「くっ、またか!」
先ほどとは違い、かなり離れた場所から魔弾が放たれる。今度は落ち着いて回避するが、反撃をする隙がない。
「ちっ、何発も何発もうざってえな!」
だがこの程度の魔弾なら、大したダメージはない。ヴィータは生身で回避することをやめ、あえて前方にフィールドを展開させる。
その瞬間ピタリと砲撃は止まる。そしてしばらく経つと、後方から魔力反応がする。
「高速移動タイプか。射撃場所を特定させないきだな」
このままではじり貧だ。ヴィータは悔しさのままデバイスを握り込む。
しかしじり貧なのはヴィータではなく、相手のほうであった。
「このまま時間を稼いでれば、いずれ局からの増援がくるはずだ。そうすればあいつもおしまいだ」
だからヴィータは時間を稼ぐだけでいいのだ。しかしだからこそヴィータは焦っていた。
ヴィータはカイズとあの少女の姿を思い出すと、下唇を強く噛む。
「……ぜってえにあいつには一発叩き込んでやる。そうしねえと腹の虫が治まらねえんだ」
ならどうする。ヴィータはわかりきった問いかけを自身にすると、その高度を一気に低くした。
「…………」
目を閉じ両腕から力を抜く。もちろん防御系のフィールド、シールドは一切張っていない。
完全に無防備な姿をさらけ出すと、ヴィータはただそのときを待ち続けた。
ただ静かに雪が舞い、ヴィータの体に降り注ぐ。
段々と体が冷えるのを感じながらも、ヴィータはただ意識を集中し続けていた。
――――トス。
何かが雪を踏み抜く音が聞こえる。
ヴィータはカッと目を見開く。するとその音とは正反対の場所から、魔弾が放たれた。
「逆!? 関係あるかあぁぁぁぁぁぁっ!」
どんなトリックかはわからない。だが音ではなく魔力を感じたほうにヴィータは一直線に飛び出す。
何発かの魔弾がヴィータの体に直撃する。だが同僚の砲撃に比べたら大したものではない。
「ぐっ、ああああぁぁぁぁぁっ! ラケーテン――――」
グラーフアイゼンから小型のドリルと四本のブースターが形作られる。その噴射に体を預け、ヴィータは体を回転させる。
敵を黙視できるまだ近接する。ヴィータは勢いを殺すことなく、ハンマーを天に掲げた。
「――――ハンマアァァァァァッ!」
『―――――!』
ヴィータのハンマーが戦闘機人の体に向かう。戦闘機人は直撃コースにフィールドを張る。だが関係ない。その一撃は、ヴィータと戦闘機人の実力の差を見せつけるように粉砕した。
「ぶちぬけえぇぇぇぇっ!」
フィールドを貫通し、ドリルが体に突き刺さる。ドリルは高速回転すると、その体をあっさりと貫通していった。
これが歴戦の勇士との力の差であった。
「がっ、はっ、はっ、はっ。…………はぁ、やりすぎちまったかな」
ヴィータは呼吸を整えると、粉砕された戦闘機人を見下ろす。
蓋を開けてしまえばこの結果であろう。確かに六課時代に、戦闘機人の存在には随分と翻弄された。
だがそれは奇襲が主だったからだ。
ヴィータ、なのは、フェイト、シグナムクラスになれば、戦闘機人の一体相手などさしたる困難ではない。
――――そう。
「とりあえずどうやって残骸を運ぶかな。それとも連絡が先か、ガハッ!」
―――――相手が一体ならの話だ。
「な、あっ?」
ヴィータの腹部を紅い爪が貫く。ヴィータは何があったと、背後を見る。するとそこには両手に三本の爪を持った戦闘機人がいた。
「そ、そんな。じゃあこいつは……」
地面に転がっている戦闘機人を見る。そこにいるのは、片手が砲芯になっている報告とは違う存在だった。
「こいつは違うノーナンバーズなのか。…………ちっ、ノーナンバーズなんだからそれはそうか」
どうしてすぐに気づくことができなかったのだろうか。逃げ出した戦闘機人が一体ならノーナンバーのはずだ。わざわざ複数系『ズ』がついているということは、この戦闘機人が複数ということにほかならない答えであった。
腹部の出血がジワジワと広がる中、ヴィータの頭の中が段々と真っ白になっていく。
『私は、証明します』
「……はは、いったい何を証明するっていうんだよ」
『私は強い。私は必要であると証明するのです』
「ああ、そうかよ。でもだったら残念だな」
『――――!』
戦闘機人が爪を引き抜こうとすると、それがびくともしないことに気づく。
ヴィータは腹部に力を入れ爪を押さえつけると、視線だけを戦闘機人に向けた。
「テメェはこれから負けるんだよ。複数できて。不意うちして。そして満身創痍のあたしに負けるんだ」
ヴィータはグラーフアイゼンを投げ捨てると、両手の指にありったけの鉄球を構える。
『脅しはきかない。この距離ならあなたも』
「だったらくらってみろよ!」
ヴィータは八つの鉄球を投げ放つ。その全てが戦闘機人に叩き込まれると、次の瞬間その全てが爆散した。
後先などどうでもいい。それが見てわかるほど強烈な爆発が二人に襲いかかる。戦闘機人は光のない目で空を見上げると、そのまま地面に崩れ落ちた。
『証明。……しょうめ、い』
「お前が弱いって証明されたみたいだな。あっ、うっ……」
戦闘機人を機能停止にする一撃は、ヴィータの体にも十二分なほどの余波を残していった。
そうでなくても、腹部の出血が酷い。早く救援を呼ばなければ、命そのものが危なかった。
だがそんな彼女をあざ笑うかのように、第三の驚異がヴィータに襲いかかる。
「や、やべえ。さすがにやりすぎちまったか」
ヴィータはその場に倒れながら、雪山が騒がしくなる姿を見る。先ほどの爆散の音に誘発され、雪崩が起き始めたのだ。
襲いかかる雪の大波をヴィータはじっと見ていることしかできなかった。
「…………ごめんなカイズ。結婚式は、無理かもしれねえ」
大きな白の波が、小さな紅い少女を一瞬のうちに飲み込む。そして雪山は何事もなかったかのように、その世界を再び白だけに染めていった。