「あっ、ヴィータさんこちらですよー」
何度か訪れたことがある個人経営の飲食店。その主人の妻であるコバルトブルーの髪の女性は大きく手を振る。
ヴィータは彼女の対面に座った。
「ごめんなさいねヴィータさん。すっかりお昼時をはずした時間になってしまいまして」
「気にしてねえよ。それにお昼時は混んでるだろうし、あたしもなのはのところに行ってたしな」
「あれ、それでしたらお昼の方は?」
「ご馳走になるのに食べてはこねえよ」
「そうですよね。――――ヴィータさんが来たから、料理よろしくねー」
サクヤがそう声をあげると、厨房から『おーう』と声が聞こえてくる。
サクヤはこちらに向き直ると、ニヤニヤと口元を緩ませる。
「それにしても早かったですね。でもカイズ君がもうプロポーズしてるなんて、正直考えてもいなかったので」
「どうしてだ?」
「…………だってヴィータさんも見ましたよね。あの高等部時代の最低の男っぷり。正直、あんな姿のカイズ君しか知らない私は、彼が真面目にプロポーズしている姿が想像できなくて」
「まぁー、確かにあのカイズにはびっくりしたな」
カイズが高等部時代随分とヤンチャな性格だったのは、サクヤから何度も聞かされていた。だが実際にあそこまで人が違うとは、その時になるまで思いもしなかった。
ヴィータとサクヤは先に用意された前菜に口を付ける。野菜を一口食べると、サクヤは少し肩を落とした。
「今回カイズ君は立派だったと思います。市民のために各上相手に戦いを挑んで。そのおかげで人命的被害はゼロですみました。――――だけどその分怖いという思いもあります。きっと誰かを助けるためなら、カイズ君はどんな無茶でもしちゃうんじゃないかって」
「んー、その点は何とも言えねえな。それが正しいとも間違っているともあたしは言えない。それにきっとあたしが同じ立場でも困ってる人は放って置かないと思うしな」
「……ヴィータさんは不安じゃないんですか?」
「それはもちろん不安だ。でもまあ教導官なったことで、普通の局員より前線にでることは減っただろうし。それに局員が総出動の時には、そんなことを考えてる場合じゃないと思うしなー」
「…………大人なんですね、ヴィータさんは」
「そういうんじゃねえよ。きっとそんな時がきたらあたしは大泣きすると思うぞ。それこそそんな目に遭わせた相手を絶対に許さないと思うしな。っていうか、実際にこの前のあたしがそうだったしな」
今になって思えば、あの時の自分は心が荒れに荒れていたと思う。だがそんな体験をしたからこそ、ヴィータは確信することができたのだ。
「あたしが愛したのは今のカイズなんだ。真っ直ぐで困ってる人を放っておけなくて。だから、だから、あっ――――」
そのあとの言葉が口からでてこない。どんな道になろうとも、彼には後悔しない道を歩いてほしい。そう続けるつもりだった。だがその言葉がでる代わりに、ヴィータの頬には涙が流れ落ちる。
「あ、あれ、おかしいな。えっと、あ、あははは」
「ご、ごめんなさいヴィータさん。これから結婚するって人にこんな話するべきじゃなかったですよね」
「サクヤさんはなにも悪くねえよ。だ、だけどこの前のことを思い出したら、その…………」
後悔はしてほしくない。だがカイズがもし死んでしまったら、もしカイズが自分の隣からいなくなってしまったら。
そんなことが頭をかけ巡ると、ヴィータはさらに涙を流し続けた。
「で、でも、でもやっぱりカイズには、ひっく、し、死んでほしくない、な。ご、ごめんな、偉そうな、こ、ことばっかり言ってたくせに。それなのに……」
「大丈夫、大丈夫ですから。それにヴィータさんのことが大好きなあいつが、ヴィータさんをおいてどっかに行くわけありませんよ」
「そ、そうかな」
「絶対にそうですよ!」
涙を流すヴィータを、サクヤは必死に落ち着かせていく。こんな公共の場で、大の大人が泣き出してしまうなど、ヴィータ自身が一番思っていなかった。
ヴィータはしゃくりあげながら、必死に時間をかけ自身の心を落ち着かせていくのだった。