ここ最近の日課とも言おうか。シグナムは昼休みになると、毎日のように整備室にやってきていた。
いつものように部屋の隅っこでパソコンとにらめっこしているコウキの横に座ると、シグナムは頭を下げる。
「あの時はすまなかったと思ってる」
「それはもう何度も聞いた」
「だ、だけどお前も悪いんだぞ。私は殴られるつもりでいたのに、そ、その胸を、(ごにょごにょ)」
「俺は女を殴るつもりなんてさらさらないんだよ。無理矢理俺に殴らせて、お前はすっきりするかもしれない。だけど殴った俺からしたら後味が悪いなんてレベルじゃないぞ」
「じゃ、じゃあどうケジメをつけたらいいんだ。その、前回殴ってしまった分を」
「だから何もしなくていいって言ってるだろ。全く本当に融通がきかないんだな」
コウキは画面から目を外すと、シグナムを見る。彼女の真剣な眼差しを見ると、困ったように頭を掻いた。
「そもそもこんなところに毎日来ていいのか」
「仕事のほうは問題ない。それに昼休みをどこでとろうがそれは個人の勝手だと思うが」
「いや、そういうことじゃなくてさ」
コウキはチラチラと辺りを見る。そして少し居心地の悪い顔をしながら、仕方なくとビニールからパンを取り出した。
その隣でシグナムははやてお手製の弁当箱を取り出す。彼女のパーソナルカラーのピンク色のそれは、女性のものにしてはなかなかの大きさだった。
「またパンが二つか。それでは栄養バランスが悪いんじゃないか」
「お前が食べ過ぎなんだよ。……まあ前線の人間はカロリー消費がものすごいってよく聞くけど」
「ああ、そうだな。体を動かしていればこれぐらいの食事量など微々たるものだ」
「微々たるものって。……まあそんだけ栄養が行き渡ってれば問題ないのか」
「……うん? どういうことだ??」
「なんでもねえよ。いただきます」
「おっと、いただきます」
二人して手を合わせると、それぞれの食事を食べる。コウキは片手でマウスを操作しながら、総菜パンを口に含む。そんな彼を見て、シグナムは自らのお弁当をみた。
「もしよかったら少し食べるか? 主のお手製だ。味は満足のいくものだと思うぞ」
「いや、さすがに人様の弁当は。…………いや、やっぱりもらおうかな」
「そうか、お前にしては素直だな。――――だがそれでケジメをつけたとは私は思わないからな」
「――――ちっ」
コウキはイタズラっぽく舌打ちすると、パンを一個食べ終える。だが整備のために黒く汚れた手を見ると、首を横に振った。
「袋に入ってるパンならあれだけど、さすがに手づかみじゃ無理そうだからやめとくわ」
「別に手を使う必要はないろうだ。ほら、卵焼きでいいか?」
そういうと、シグナムは卵焼きを箸で摘む。そしてごく自然にそれをコウキの口元に持っていった。
目と鼻の先まで卵焼きがくると、コウキは「うっ」と顔を赤くする。
「い、いや、さすがにそれは……」
「まさか主はやての料理の腕を疑っているのか? それは聞き捨てならないな。ほら、早く食べてみろ」
「そ、そうじゃなくてよ。……あんたは平気なのかこんな状況で」
「こんな状況?」
コウキの視線があちこちにいっているのを見て、シグナムもそれに習う。するといつの間に集まったのだろうか。ヴァイスを含めた整備兵達が、にやにやとした顔をつきでこちらを見ていた。
何人かはなぜか悔しそうに涙を流していたが、だいたいは同じ反応だ。
コウキの反応と周りの様子、そして今自分がしていることを改めて考えると、シグナムはカァーっと顔を赤くした。
「…………うっ」
「うっ?」
「うわああああぁぁぁっ!!」
「ちょ、おい、んぐふっ!?」
叫びと共に宙をさまよっていた卵焼きが、無理矢理コウキの口に押し込められる。箸が喉の奥に突き刺さるのを彼は気持ち悪く感じながらも、「う、うっ」と卵焼きを飲み込んでいく。
手探りでお茶をたぐり寄せると、しばらくせき込み続ける。そんな彼を見て、シグナムの顔をは真っ青になってしまう。
「す、すまないっ!!」
シグナムは頭を下げながらも、お弁当箱をしまう。自身の失態と好奇の視線に耐えられずその場から走り出してしまった。
廊下にでると、シグナムは自らの失態を思い出しトマトのように顔を真っ赤にしてしまう。
「私は何をしてるんだ」
これでは借りを返すどころか、どんどんと借りが増えていくばかりだ。
こんなことで明日どんな顔をしていけばいいのか。
そう思うシグナムは気づいていなかっのだろう。
彼に会いに行くということが、自身の中ですでに自然なことになっていることに。
◇◆◇◆
「ところでよくやってるそれはなんなんだ?」
お弁当事件から三日後、何とかわだかまりがとれたところで、シグナムはノートパソコンの画面を指さした。
コウキは画面に目を向けながら、その質問に答える。
「いろんな呼ばれかたがあるけど、簡単に言えば地雷ゲームっていったところだな」
「それはどういうゲームなんだ? なんだかひたすらクリックをしているようにしか見えないが」
画面に表示されたブロックをクリックしては、数字が現れる。その数字は1であったり、2であったり、4であったりと様々だ。時折考えるように旗のようなマークをたてている気がした。
「どういうゲームか。……うーん、一言でいうなら。――――人生かな」
「ほぅ、人生とは大きくでたな」
「この手のゲームはハマる奴はめちゃめちゃハマるからな。逆にハマれない奴は、すぐに飽きると思うけど。――――やってみるか?」
「私にもできるのか?」
「クリックするだけだからな。それじゃあ初級に設定を戻してっと」
先ほどコウキが挑戦していたものの、五分の一ほどの大きさのものが表示される。
「さっきも見ての通り、何も書かれてないブロックをクリックすると、数字が表示される。その数字の数だけ、その周りには爆弾が仕掛けられてるんだ。プレイヤーはその爆弾を踏むことなく、爆弾だと思われる場所に旗を立てながら全てのブロックをあけるようにするんだ」
「本当に単純なんだな」
「ルールが単純で面白いってことは、それだけ完成されたゲームってことだよ。ほら、やってみろよ」
「う、うむ」
マウスを渡されると、コウキはシグナムにパソコンの正面を譲る。とにかくこの状況では何もヒントがない。彼女はとりあえずブロックを一つクリックすると、そこには『1』という数字が表示された。
これでこの周りには一つ爆弾が仕掛けられていることになる。シグナムは探る探るほかの場所をクリックすると、次の瞬間一気に多くのブロックが開いた。
「こ、これはどういうことなんだ」
「初級は爆弾の数も少ないからな。こうやって一気に開けることもある」
「なるほどな。どうやら思った以上に単純で簡単なゲームのようだな」
「――――――そうだといいがな」
含みのある言葉をコウキは放つが、すでに半分以上開いているならゴールは近いはずだ。
シグナムは意気揚々とほかのブロックをクリックしていった。
「ここで、これで……ああ、また爆弾か」
「そ、そうか『3』の表示がここにあるから、この場所には確実に爆弾があるはずじゃないか!」
「あと一本、一本旗が多ければ。…………なら、こっちだ!! あっ、うっ」
シグナムがゲームを始めてかれこれ二十分は立っただろう。ルールもわかりはじめて、画面上ではあと一歩までたどり着くことができている。
だが最後の最後になると、どうしても爆弾を踏んでしまうのだ。
「どうだ。完成されたゲームだろう」
「こ、こんなのただの運試しゲームではないか!」
「そう思ってるうちはまだ経験が足りなんだよ。ほら、貸してみろよ」
シグナムからマウスを受け取ると、パソコンの画面を自身に向ける。
「初級なんて久しぶりだな。――――さて」
カチリとブロックを開けると、数字が表示される。そこから先は、流れるような動きだった。
まるで何がどこにあるか理解しているように、躊躇なくブロックを開け、旗を立てていく。
(す、すごい。いっさいの迷いがないな)
気がつくとシグナムは食い入るように画面を見つめていた。華麗といっていいほどに、迷いなく全てのブロックが開かれる。
一回目は九秒。二回目は七秒。三回目は八秒。四回目は六秒。
コウキはそれから十回連続で初級編を成功させる。さらに彼は初級の五倍はあるものを表示させると、それも淡々とクリアーして見せた。
彼は「ふぅー」と一息つくと、シグナムの方をみた。
「なっ、運ゲーじゃないだろう」
「そ、そのようだな」
確かにこのゲームは数字を表示させることにより、ある程度の予測が可能になる。それは彼の動きから理解できた。だが驚くのはコウキの頭の回転の速さだ。
ほぼノータイムで地雷を処理していく姿は、まさに美しいの一言に尽きた。
「ふむ、本当に奥深いゲームのようだな」
「えっと、まあわかってくれたのは嬉しいけど。……もうそろそろ離れないか」
「何から離れるんだ?」
「いや、その。…………俺の腕にな。あのよ」
「腕に。―――――ッゥ!」
コウキの地雷処理にのめり込みすぎてしまったのだろう。出来るだけよく画面が見えるようにと、自然に体を動かしていたシグナムは、気がつくと彼に体を押し当てていた。
彼の言う腕には、シグナムの豊満な胸の形が変わるほど押しつけられていた。
シグナムは正座のまま器用にバッとその場から飛び離れる。両手で胸を隠すように包むと、赤面しながら声を上げた。
「わ、わざとではない。そ、それに変に慌ててみせるな。…………女の胸なんていくらでも揉んでいるんだろう」
「ブッ、そ、そんなわけないだろう! あの時は頭に血が上ってて、つい勢いのままにやっただけだ。元々人付き合いが苦手で、そんな経験なんてないんだよ!!」
「そ、そんな経験って…………」
シグナムはそう復唱すると、頬を染めながら両人差し指をぐるぐる動かす。そんな彼女を見て、コウキもまた右手で口元を押さえシグナムから視線を外した。
「ち、違うからな。今のはセクハラとかそういうんじゃなくてだな」
「し、心配するな。そ、それ、それくらい私もわかっている」
わかっている。わかっていると頭では理解しているのに、どうして落ち着くことができなかった。
結局二人はそのあと顔を合わせることが出来ず、その時間だけ地雷ゲームのタイマーは時を刻んでいくのだった。