ヴィータちゃんは男友達が少ない   作:白翼

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あんただからいいと思った

 管理局の中庭のベンチ。シグナムは眉間にしわを寄せながら、イライラと座っていた。

 

 コウキは紙コップを二つ持って帰ってくると、その一つを彼女に渡す。

 

「まあこれでも飲んで落ち着いてくれ」

 

「私は落ち着いている。それよりもお前が落ち着きすぎなんだ。どうしてあそこまで言われて黙っていられるんだ!」

 

「あいつも。ユウキも悪い奴じゃないんだ。……悪いのは俺のほうなんだから。ほら、とりあえず受け取ってくれ」

 

「あ、ああ」

 

 仕方なく紙コップを受け取ると、コウキはシグナムの隣に座る。彼はパソコンを膝の上に乗っけると、けだるそうに空を見上げた。

 

 そして小さくぽつりと語りだした。

 

「俺ってさ、初等部のころちょっとした虐めにあってたんだ。まあいま思えば大したものじゃなかったんだけど、その当時には本当に辛くて辛くてな」

 

「……どういうことだ? それが何か関係があるのか」

 

「まあそういうことだ。――――理由としても大したことのない、どこにでもありそうなどこにでもある虐め。俺は昔っから人とのつきあいがどうにも苦手で、周りには味方なんて誰一人いなかった。それは家庭でもほとんど同じだ」

 

 コウキは紙コップのコーヒーを一口飲むと、空に視線を向けたまま言葉を続けた。

 

「周りのみんなは言うんだ。虐めに負けるな。ここで逃げたら一生後悔することになる。だから戦えって。……今になったらわかる。それはきっと一般的に正しい答えで、そこで逃げないことはきっとその将来にも繋がるんだろうって。でもその時は怖くてしょうがなかったんだ。もっと虐めが酷くなったら、もとより自分にはそんな強さはないってただ逃げることばかり考えてた。――――その時なんだよ。田舎から遊びに来たじいちゃんが、こいつをくれたのは」

 

 コウキは視線を下げると、膝の上のパソコンを見る。そして儚いものでも触るように、何度も優しく撫でていった。

 

「じいちゃんは言ったんだ。逃げることの何が悪い。人間の友達なんていなくても、今はいくらでも娯楽があるんだぞって。ははっ、おかしなじいちゃんだろう。普通自分の孫にそんなこと絶対に言わないのによ。――――だけどその言葉でどれだけ俺は救われたか。戦え、戦えと後ろから尽き落としてくる声から、初めて解放されたんだ」

 

「いい、おじいさまを持ったんだな」

 

「世間一般的にはどうかはわからないけどな。だけどじいちゃんはすぐに付け加えたんだ。お前は弱いままでいい。だが弱くあっても、強くあれ。殻にこもったままでも、自分磨くことだけは忘れるなって。――――それから俺とこいつとのつき合いが始まった。俺は周りの声を聞かずに、いつもこいつと向き合ってばかりで。古くさいゲームを何度も何度も繰り返して。新しいゲームはもうこのパソコンには対応してなくて、自分でプログラミングしたりもした。そうやっている間にも、俺はじいちゃんの言葉を忘れなかった。俺は殻にこもったままただプログラマーとしての腕を磨き続けた」

 

 そこまで言葉を紡ぐと、コウキは小さく肩を落とす。

 

「現役で管理局に入隊。毎日大好きな画面と向き合って、仕事も好調、一年前にはプロジェクトリーダーを任せられるようにもなった」

 

「ならどうして今は整備をしてるんだ。何か問題でもあったのか」

 

「問題ね。いや、問題は何もなかった。怖いくらい仕事はうまく進んで、それなりの役職をもらえた俺は、常に新しいハードやソフトと向き合っていった。――――そう、そこにはお前のいう愛着なんてものは存在しない。人間と機械とのやり取りしか存在しなかったんだ」

 

「どういうことだ?」

 

「えっと、そうだな。もしあんたが『貴方のお使いのデバイスよりも、高性能なものが完成しました。今度からはこちらを使って戦ってください』なんて言われたら、どうする?」

 

「断固拒否する」

 

 その言葉はほぼ反射的にでたものだった。だがそれは当然だ。長年連れ添ってきた相方ほど信用できるものなどないし、何よりただ性能がいいということだけで強くなれるとは到底思えなかった。

 

 コウキはシグナムの反応を見ると、嬉しそうに顔をほころばせた。

 

「あんたならそういうだろうな。そしてそれだけの結果を残してるんだろうな。だけど俺には無理だった。いくらプログラム技術をつけようとも、専門知識をつけようとも、パソコンに関してはスペックがそのまま力になるんだ。――――時空管理局っていうのは、様々な次元を管理している。だからこそ常に最新最良のものを用意するのは当たり前だ。何度も、何度も古いパソコンが取り替えられ、機密データが復元されないようにと処分されていくのを俺は何度も見た。そのたびに、胸がズキズキしたんだ。まだこいつらは動ける。働けるよって声が聞こえてくるんだ」

 

 コウキはもう一度紙コップに口をつけると、残りのコーヒーを全て飲み干す。そして手のひらでそれをくしゃりとつぶした。

 

「そこで気づいたんだ。俺は確かにプログラムやゲームをすることが好きだ。だけどまず何よりも機械が好きなんだって、それに気づいたらあとは早かった。――――前期のプロジェクトが終わると共に、俺は転属願いを出した。いろんな人間から引き留められたが、あれ以上あの場にいたら頭がおかしくなりそうだった。――――俺は逃げたんだ。パソコン達を救ってやれない辛さから目を背け、機械を直す仕事へと」

 

 これで全部だと、コウキは大きなため息をつく。そしてすまなそうに、シグナムを見た。

 

「こんなつまらない話をして悪かったな」

 

「つまらないなんてそんなことはない。だがそれだけの理由があるのなら、どうしてさっきの男はあんな悪態を」

 

「そりゃ話してないからだ。これはただの言い訳だし、弁明できる内容でもない。だからだーれにも話す気なんてない。――――いや、今となってはなかったってのが正しいか」

 

「―――――! そ、そうだ。どうしてそんな大切な話を私なんかに」

 

「庇ってくれたのとか、怒ってくれたのとか。それも多少はあるけど、やっぱり嬉しかったんだろうな」

 

「嬉しかった? なにがだ??」

 

 あれだけ迷惑をかけているのに、何か自分は彼を喜ばすことをしただろうか。シグナムは顎に手を添え首を傾げる。コウキはそんな彼女を見ると、まるで少年のような無邪気な笑みを見せた。

 

「俺がこのパソコンを使ってるっていったとき、あんたはすぐに俺を肯定してくれた。ただの上っ面じゃない。あんたは真面目な顔して心の底から俺の思いをわかるって言ってくれたんだ。――――そんなこと生まれて初めてだった。だから、あんたになら話していいかなって。そう思ったんだ」

 

 よし、これで話はおしまいだ。そう言わんばかりに、コウキはビニール袋からパンを取り出す。

 

 だがシグナムはすぐに頭を切り替えることができなかった。今の彼に何か言葉をかけてあげたい。そう思い脳をフル回転しているが、なにも言葉がでないのだ。

 

(どうして気の利いた言葉の一つもでないんだ。……こういうとき、なんて言葉をかけたらいいんだ)

 

 シグナムは家族や仲間には多く恵まれている。だがこと、こういう相談ごとには慣れていなかった。

 

 生まれてこの方戦いの中に身を置き、剣を振り続けてきた。せっかく彼が心内を話してくれたのに、何もいえない自分が腹立たしく、そして情けなかった。

 

(私は、情けない女だな……)

 

 結局言葉がでてくることはなく、自身のお弁当に手を伸ばす。その時だ。

 

―――――ビービービーッ!!

 

「何だ、この音は!!」

 

 管理局の内部から、強烈な警戒音が聞こえる。次の瞬間、管理局の電気は次々と消えだし、何かの機械が動き出す音が聞こえる。

 

「侵入者か!? だが何だこの音は、今まで聞いたことのないタイプだ」

 

 スカリエッティ事件以来、規模は小さくとも管理局に何かが侵入することはあった。だがそれまで聞いたことのない警告音に、シグナムは顔をしかめる。

 

 だが隣にいたコウキは違った。大きく目を見開くと、管理局の中心部に目を向ける。

 

「……この音は、何者かが管理局のネットワークに侵入したときに流れるものだ。しかもアラームが鳴ったってことは、もうかなり内部まで侵入されてるってことだぞ」

 

「そんな、いったい誰がそんな」

 

――――ビービービッ!!

 

 その時、二人のポケットに入っていた管理局専用の携帯端末が電子音をあげる。二人は携帯デバイスを取り出すと、その画面は強制的に表示された。

 

『管理局のみなさま、どうも初めまして。私の名前はサイと申します。以後お見知り置きを』

 

 サイと名乗るものはその顔にドクロの覆面をつけており、声質も変化させているようだ。性別も年齢も予想のつかない画面越しの人物は、そのまま音声を流し続ける。

 

『時空を管理するみなさまは、ここ最近平和のあまりずっとお暇をしていたことでしょう。こんなことでは、いざ何かがあったときに慌ててしまう。そんなことにならないように、私が抜き打ちテストをしたいと思います』

 

 画面が変わるとそこには拳二つ分ほどの、銀色の寄生虫のようなデバイスが表示される。サイは楽しそうに声を荒げていく。

 

『これは私の開発しました自律デバイス「バグ」です。これは自らの実体をデータと変換し、どんなネットワークにでも入ることができます。しかしここまで小さなデバイス、出来ることなど大したことはありません』

 

 バグと呼ばれたデバイスの画面が消えると、画面上に玩具の爆弾が表示される。その導火線に火がつくと、ゆっくりと時間をかけてそれは大爆発をした。

 

『このデバイスはそのデータの細心部に入り、そこで実体化して爆発する。なーに、実際に被害が起きれば大惨事ですけど、時空管理局とあろう人たちがこの程度のウイルスに負けるはずがありませんよね。――――高度なワクチンに守られてあぐらをかいているプログラマー諸君、せいぜいウイルスというものの恐怖を味わってくれたまえ。それでは失敬』

 

 プツンと画面が消えると、次の瞬間黒いモニターが表示される。そこには『1800』という数字が表示されており、『1799』『1798』とどんどん減っていった。

 

 シグナムは画面の表示を変えようとするが、その画面は変わることはなかった。

 

「い、いったいどういうことなんだ。ウイルス? それは何だ??」

 

「コンピューターウイルス。人間に例えるなら病原菌みたいなものだな。これが入り込むと、コンピューターは調子が悪くなって、最後にはあいつの言ったように全てが壊される」

 

「な、何だと! いったい管理局の人間は何をしてたんだ」

 

「何をしてたんだ。……いや、何もできなかったんだろうな。サイって奴が言ったように、管理局は最新最高のコンピューターを常備してる。さらにその機密が奪われないように、高度なセキュリティーソフトも一日ごとに更新されているぐらいだ」

 

「なら、どうして侵入なんてされたんだ」

 

「……単純な話だ。相手のウイルスがこっちのワクチンより高度だったってことだよ」

 

 コウキは携帯端末を様々な方向で動かしてみる。だが画面は変わることはなかった。

 

「強制終了も受け付けない。どうやら管理局のネットワークは完全に乗っ取られたみたいだな」

 

「乗っ取られたって、それではどうしたらいいんだ!?」

 

 シグナムにパソコンの詳しいことはわからない。だが今管理局が危機に追い込まれているのはわかっているつもりだ。コウキは携帯端末をポケットにしまうと、肩を落とした。

 

「このタイマーは多分あのバグと呼ばれるものがデータの細心部に乗り込むまでの時間だろう。馬鹿にしてやがる。時間までキッチリ計れるほど、綿密な計画しているらしいぜ」

 

「何か止める方法はないのか!」

 

「無理だろうな。携帯端末を見る限り、管理局のネットワークが通ってるデバイスは全て使用が出来ないはずだ。多分、あんたのデバイスも今は動かないはずだ」

 

「そ、そんな…………」

 

 レヴァンティンを掴んでみるが、デバイスは何の反応も示さない。コウキはその姿を見ると、やっぱりなと頭を掻いた。

 

「今の時代ネットワークを通わせてないデバイスは存在しない。パソコンが動かなければ、ウイルスの駆除はしようがない」

 

「だったらこのまま指をくわえて見ているしかないのか……」

 

 事件現場のすぐそばにいながら、何も出来ない自分が恥ずかしかった。無力な自分に拳を握りしめる。

 

 だがコウキは違った。悔しがるシグナムの頭をぽんぽんと叩くと、よっ、とノートパソコンを抱える。

 

「まあそれが『今時の』パソコンだったらって話だがな。――――これから管理室に向かう。だが多分防衛システムが作動しているはずだ。……だからお前の力を貸してくれ」

 

「私の力を……、いったいどうするつもりなんだ」

 

 シグナムがそう答えると、コウキの顔を見る。そして彼の顔を見て、一瞬体が硬直してしまった。

 

 コウキは自らの怒りを隠すことなく、こう答えた。

 

「ここにある機械達を壊されてたまるかっていうんだ」

 

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