「ハアアァァァッ!!」
魔力を込めたシグナムの拳が、分厚い鋼鉄の壁をまた一つ砕いていく。扉が砕けた瞬間、防衛システムがシグナムに襲いかかる。彼女は空中で身を捻ると、それを避ける。そして流れるように、次々と防衛システムを突破していった。
「さっすが、俺のことを毎度ぶっ飛ばしているだけあるな」
「そ、それは言ってくれるな」
シグナムは恥ずかしがりながらも、立ち向かう機械を全て破壊した。
機械を何よりも愛するコウキの前で、次々とそれを破壊することにかなりの抵抗があった。
だがここで躊躇してしまっては、全てのコンピューターが壊れることになる。それはコウキもわかっていた。
コウキに危害が加わらないように慎重に進むのにはそれなりの時間を有した。
「――――だがこれで最後だ!!」
渾身の力を込めると、中央管理室の扉を吹き飛ばす。その爆音に全ての視線が集まる。その中にはあの赤い髪の男、ユウキもいた。
「い、いったいあんたたちは何を」
「それよりもユウキ、今の状況を教えろ!」
「ふ、ふざけるな。あんたはもうここの人間じゃ――――」
「今はそんなこと言ってる場合か。簡潔に状況を説明しろ!!」
コウキの言葉に非難の空気が止まる。一人の女性が立ち上がると、二人に向かい悲鳴のように声を上げた。
「い、今の状況は非常に深刻です。侵入と同時に管理局のネットワークが全て切断。この中央管理室のコンピューターも五分前には乗っ取られてしまいました」
「ウイルスの感染のパターンは」
「まるでこちらを挑発するように、外堀を埋めながら少しずつ、一部の隙もなくシステムを破壊してます。このままではカウント400以内に中心部のデータが破壊されてしまいます」
「それでお前たちは何をしてるんだ」
「…………中心部データに対しての破壊システムの機動最中です」
女性がそう歯を噛みしめながら答えると、コウキは何を馬鹿なと声を上げる。
「そんなことをしたら、管理局のネットワークを通じたものは何かしらのバグを持つ可能性があるんだぞ。どれだけの被害になるか、わからないお前たちじゃないだろう!」
その言葉に誰も答えようとしない。だが赤髪の彼は違った。ユウキは怒りのままに立ち上がると、怒号を放つ。
「上からそう指令が下ったんだよ! 管理局のネットワークに問題が残るよりも、世間にネットワークの中心部に入り込まれたってことを絶対に隠蔽しろってな!」
「何を馬鹿な。どちらの被害が大きいか、考えればわかることじゃないか!」
「わかったからこそ、そう命令が下されたんだ。……中央管理室の不手際。今回のことは、『俺たち』の不手際ってことで全て片づけられるだろうさ」
ユウキがそう口にすると、管理室の人間はみな俯いてしまう。
正義を示すために、正しい事実がねじ曲げられる。その理不尽に少なくともシグナムは何度か遭遇してきたことだ。
それは一介の局員である彼女がいくら叫んだところで、どうにもならない事実だ。
たまたま今回はウイルスをばらまかれ、この中央管理室の人間が『加害者』にさせられただけの話。
いつ自らに降り懸かるかもしれない災厄。それを目の前にして、ただ押し黙ることしかできない自分が悔しかった。歯がゆかった。
それはここにいる人間も同じだ。無実であるにも関わらず、それでも自らを有罪にしようとする行為をする。それがどれだけ苦痛なものであろうか。
そうしている間にもカウンターは時を刻む。
「――――なーに俯いてるんだよ。だったらそのウイルスをさっさとおっぱらえばいいんだろ。それだけの話だ。おい、有線のケーブル一本借りるぞ」
勝手知ったる人の家と言わんばかりに、コウキはケーブルのある場所に移動する。そして小脇に抱えていたパソコンを起動するとケーブルを接続した。
「おい、あんたなにやってるんだよ! あんたはもうここの人間じゃないんだぞ!!」
「ああ、そうだ。これはあくまで俺が独断でやってることだ。何せ一介の整備士が勝手に管理室に入って、こんなことをしてるんだからな。――――何か大きな不手際があってもおかしくないかもな」
コウキの言葉に管理室の全ての人間が息をのむ。ユウキは握りしめた拳を震わせると、叫ぶように大声を上げる。
「何でそんな簡単に言うんだよ! そんなに機械が大事なのか!! どうしてそんなことで自分を投げ捨てられるんだよ!!」
それはここにいる誰しもが思ったことだろう。そんなことがどうしてできるかわからない。
だが一人だけは違った。シグナムはいち早くそれに気づくと、管理室中に響くように声を張り上げた。
「――――仲間だと思っているからだろう!」
「なっ、なにを言ってるんだ。こいつは俺たちを捨てて機械に逃げたんだぞ!」
「一度逃げたらもう助けてはいけないのか? もう二度と手を伸ばしてはいけないのか? 違うだろう。確かにこいつは機械馬鹿で、人付き合いも悪いかもしれない。だけど誰よりも優しい心を持った男だ。それは私なんかよりも、長い時間を過ごしたお前たちのほうがわかっているんじゃないのか!」
シグナムの言葉に、ユウキは「うっ」とたじろいでしまう。シグナムはふんと鼻を鳴らすと、コウキの隣に座り込んだ。
「私にも何かできることがあるか」
「……ああ、とっておきで重要な役割がある。だがそこまでいけるかはこっち次第だな」
パソコンが起動すると、コウキはブラインドタッチを始める。そのスピードは地雷ゲームのときのように、一切の迷いもなく目で追えないほどの早さだ。
「まずは中央管理室を取り返さないとな。さて、久しぶりだがいっちょやってみるか」
舌で唇をなめると、キーボードを叩く速度がさらに上がる。画面上には見たこともない数字と文字の羅列が次々と表示される。
もうこうなっては自分に出来ることはない。シグナムはそっと目を閉じると、先ほどの女性が声を上げた。
「コウキ先輩、私に、私に何かできることはありませんか!」
その言葉に管理室はざわつく。だが女性の目に迷いはない。
「だったら今からでもデータの細心部にワクチンをばらまいておいてくれ。五秒と持たなくていい。少しでも時間を稼いでくれ」
「――――わかりました!」
女性は彼の言葉をもらうと、すぐに電子パネルを叩き始める。どうしてわざわざ損を覚悟でこんなことをするのか。全てをコウキのせいにすれば、楽に済むのに。
普通ならそう思うであろう。だがそこにいるものは違った。みな覚悟は決まったと目の色が変わる。
「コウキさん、俺は何を」
「何か俺に出来ることはありますか」
次々と声が挙がると、コウキはそれぞれに役割を与えていく。皆が座りそれぞれの作業にはいると、コウキは最後に背中越しに赤髪の男に声をかけた。
「お前のやることはわかってるよな、ユウキ。俺のサポート頼むぞ」
「――――ぐっ、ちっくしょう! なにカッコつけてるんだよ!! くそっ、くそっ!!」
ユウキは歯を食いしばりながら、席に座る。そして何度も首を振ると、電子パネルに手を構える。
「半年のブランクは長いと思いますよ!」
「ブランク? 俺はいつだってこいつらと触れてるんだよ!!」
ユウキの動きは周りでも頭二つ抜けている。だがそれすら遅く感じるほど、コウキの動きは早かった。
カウントが残り200を切る。
『どうやら無駄な抵抗を始めたようだね。でも今更何ができるかなー。ほら、このワクチンももう学習したよ』
自律稼働デバイスが、一つ、また一つと障壁を突破する。学んで成長するウイルスは、局員が作り出したワクチンを次々取り込んでいった。
カウント100。
「先輩どうするんだよ! どんなワクチンをやっても効かないぞ!!」
「まだだ、もう少しかかる。くそっ、時間が足りない」
『ほらほら、カウント50だよ~。もう諦めなよ。君たちは相手が悪かっただけ。強固なワクチンに守られてるだけじゃ駄目だって。管理局のプロテクトはこんなに手薄ですよーって、全次元に証明してもらうよ~』
時間は無慈悲に進んでいく。コウキは先ほどから何かをしようとしてるが、まだそれが完成する様子はない。
20、19、18、17、16。
「先輩、頼むよ。俺たちを助けてくれよ!」
15、14、13、12、11。
「駄目です。最終防衛ライン突破されました」
10、9、8、7、6、5。
コウキは決して手を止めない。ただ全力でキーボードを叩き続ける。だがそれでも。
『4、3、2、1』
「ウイルスが、ウイルスが現れました!」
『ゼロ~、ははっ、残念でした~。何か企んでたみたいだけど間に合わないでやんの~。あ~、おかしくって腹いたいわ~』
サイの声が中央管理室に響きわたる。管理局の人間は皆絶望するようにうなだれた。
コウキはまるで降参のポーズのように両手をあげる。
「ああ、確かに間に合わなかった。――――俺、一人だったらな!」
伸ばした手がまっすぐ振り下ろされる。その瞬間だ。サイの作ったウイルス『バグ』の前に『8』という数字が立ちはだかった。
『何だこの数字は、いや、どうしてタイマーがゼロになったのにデータが壊れない?』
「お前の計画通りにいってたら全てがおじゃんだったさ。だけど俺の仲間がワクチンをばらまいて、たった数秒であっても時間を稼いでくれた。実際にお前のウイルスがたどり着いたのはタイマーのあとだったってことだ。――――それとまあこの数字の意味なんて今の奴にはわからないよな。『8』の周りは全て爆弾だぞ」
『なに? ぐっ!?』
データの細心部、『8』の数字の周りが急激に爆発する。バグはその爆発から逃れるように後退した。
『ば、ばかな。自らプログラムを傷つけようというのか!』
「バーカ、このシステムはお前のシステムだけを破壊するように作った俺のウイルスだ。どれだけ爆発しても傷つけるのはお前だけだよ。さーて、反撃開始といこうか」
コウキがキーボードを叩くと、バグの周りに『2』『4』という文字が表示される。
『ぐっ、くそ、こんなもので!!』
中枢への侵入を諦め、バグが撤退を始める。きっと映像を切断する時間も惜しいのだろう。サイが世話しなくキーボードを叩く姿が見て取れた。
「おらおら、どんどんいくぞ!」
『――――なるほど、こんなゲームが昔にあったのは聞いたことがあるぞ。理屈が分かれば!!』
地雷ゲームにサイも気がついたのだろう。表示される数字を計算し、次々と爆弾を回避していく。
二人のキーボードを叩く音が管理室にひたすら響きわたる。だがそれとは別に、何か焦げ臭いにおいがし始める。
「お、お前、パソコンが……」
シグナムが目を向けると、コウキのパソコンが煙をあげているのがわかる。だがそれは当然のことかもしれない。元々二世代も昔のパソコンを、ひたすらチューニングして使い続けてきたのだ。ましてや、相手は管理局にハッキングできるほどの使い手のマシンだ。性能の差は比べるまでもないだろう。
コウキはずっと一緒に歩んでいた分身といえるパソコンに柔らかいまなざしを向ける。そして絞り出すように、その言葉を口にした。
「ごめんな。……あと、今までありがとよ」
「――――コウキッ!!」
悲鳴にも似たシグナムの声が放たれる。だがコウキは迷わない。最後にエンターキーを押すとともに、最後の指令がくだされる。
そして彼の思いを受け取るとともに、彼の分身の画面はブラックアウトしていく。
目に見えるほど煙を上げ、ヒビの入った画面を見れば初心者のシグナムでもその状況は理解できた。
だがまだ悲しんでいる場合ではない。相棒の犠牲を無駄にしないために、コウキは力の限り声を上げる。
「頼む。――――シグナムッ!!