聞こえる声 見えぬ彼
情報管理室での事件が終わり、公園での約束から二日後。いよいよ今日は約束の日であった。
――――ちら。
(また見られているな。……やはりいつもの服でくるべきだったか)
駅前の公園。噴水の前のベンチで座っているシグナムは、今日何度目かの視線に心の中でため息をつく。
だがそれには心当たりがある。特徴的な腰まで届くポニーテールはいつものままだが、その服装に問題があるのだろう。
(しかし管理局の制服で来るわけにはいかないし。……やはりジャージとジーンズでよかったのかもしれないな)
ここ何年かは、休日になると浜辺で子供たちにシューティングアーツを教えることが多かった。
そのためか、服装は比較的動きやすいものになり、こういった外出着をあまり所持しなくなってしまった。
(確かにヴィータやサクヤに急遽服選びを頼んだかもしれない。だけど私がこんな服を着て似合うはずがないんだ)
シグナムは改めて自分の服装を見る。上はノースリーブの厚手の紫のシャツ。襟から胸のあたりにかけて装飾されたリボンが特徴的だ。
下は白のロングスカートだ。スネまで隠れるものなど、何年ぶりに履いただろうか。
普段よりもむしろ露出が減っているにも関わらず、上品な服装に恥ずかしさがこみ上げた。
――――ちら。
再び道歩く男性に好奇の視線を向けられる。シグナムはとうとう視線に耐えられなくなると、ベンチから立ち上がった。
「だ、駄目だ。やはり今からでも着替えに帰ろう!」
「えっ、もう帰るのか。いきなりだな」
聞き覚えのある声にシグナムの体がビクリと固まる。彼女は噴水の時計を見ると、まだ待ち合わせに十五分はあること理解する。
ギチギチとさび付いた機械のように、後ろに振り返る。だがそこにはその声の主がいなかった。
「うん? 今あいつの声が聞こえたような」
だがいくら見渡しても、彼の姿が見えない。視線に入るのは、緑のミリタリージャケットにジーンズ姿のこぎれいな男だけだ。
「まあまだ集合時間まで時間がある。あいつが早めに来るわけもないか」
「あいつ? あいつって、ほかに誰か来るのか??」
「ほかに来るもなにもまだコウキは。――――なっ!?」
視線の先の男性から聞き覚えのある声が聞こえた。いったいどこから声を出しているのか。完全に気配が消えている。どこに隠れているのだ。
シグナムは騎士の誇りにかけて、あたりを索敵する。そんな彼女を見て、目の前の男はちょんちょんと彼女の肩を叩いた。
「いや、それは何かのギャグなのか。別に無理に一緒に出かけなくてもいいんだぞ」
「いや、だから私はコウキと出かける約束を。……んん」
肩を叩いた男と目と目が合う。彼は呆れたような顔をしている。シグナムは声の出どこと、男の顔を何度も何度も往復させると、驚いたように声をあげた。
「コ、コウキ! お前がコウキなのか!?」
「いや、お前がもなにも俺が俺でなくて誰になるだよ。ほら、このノートパソコン」
目の前の男はバッグのなかの型遅れのノートパソコンを見せる。ところどころに焼け焦げたあとが見えるのは、確かに彼のパソコンだと物語っていた。
「ど、どいうことだ。わ、私の知ってるコウキは、髪の毛も髭も伸ばし放題で、いつも汚れた作業着を着ているはずだぞ」
「そりゃ仕事中だから作業着を着てるだろう。髪の毛は昨日床屋に行ってきた。ついでに髭も剃ってもらった。ああ、この服は結構前にユウキの奴が見繕ってくれたやつだ。『上に立つ人間なんだから、休日であってもあまりみずぼらしい格好をしないでください』とか何とか言って。まあそれが今や下っ端整備士だから笑っちゃうよな」
「あ、あああ、そ、そうだな」
「んっ? どうしたんだ変な顔をして。それに少し顔が赤くないか??」
「そ、そんなことないぞ。私はいたって冷静だ!」
シグナムはそれだけ言うと、バッと背を向けてしまう。そして両頬に手をあてると、必死になって心を落ち着かせた。
(こ、これは。……不意打ちだ)
あのズボラなコウキのことだ。休日に出かけるとしても、きっと上下ジャージで髪の毛も解かしていないとばかり思っていた。
だからこそヴィータやサクヤに選んでもらったからといっても、こんな気合いの入った服ではと思ってしまったのだ。
(よ、よかった。二人に服選びを手伝ってもらって)
もしジャージにジーパンで来ていたら、それこそ自分は家に帰ってしまっただろう。
シグナムは両頬を何度か叩くと、心を落ち着かせた。
「ん、んん。それで今日はどこに行くんだ」
「えっ、ああ。とりあえず駅まで移動する。それでパーツ探しだ。それより。……なんか俺が来る前にいいことでもあったのか?」
「――――ど、どうしてだ!!」
「だって顔がにやついてるからよ。随分とご機嫌だなと思って」
「―――――――ッ!!」
シグナムは再び背を向けると、両頬を強く引っ張る。
二日前、コウキと別れてからしばらく頬の緩みが治らなかったのは確かだ。
あまりにも治らないせいで、夕ご飯を家族と一緒に食べられなかったほどである。
(いったいどうしてここまで平常心を乱す。落ち着け、落ち着くんだ)
ぐぃーっと頬を最後に引っ張ると、シグナムはキリっと引き締まった顔をして見せた。
「……ん、んんっ! 待たせてしまったようだな」
「いや、別にいいんだけど。ほっぺたが真っ赤だぞ」
「それはどうでもいいことだ。ほら、とりあえず駅まで行くのだろう。早く行くぞ」
「お、おお」
近場の駅なら、場所はわかる。シグナムはできるだけコウキの顔を見ないように歩き出すと、彼もその後に続いていった。