ヴィータちゃんは男友達が少ない   作:白翼

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触れる肩と二人の距離

 電車での移動中。シグナムは手すりに掴まりながら、ちらちらとコウキの横顔を覗き見ていた。

 

 目が隠れるほどの前髪は切られており、無精ひげもしっかりと剃られている。

 

 そしてプログラム関係の人間だったコウキも、整備士として鍛え上げられたのだろう。目立ちすぎない筋肉質な体と、ミリタリージャケットは彼に非常に似合っていた。

 

「…………んっ?」

 

「――――――!」

 

 彼がこちらを向くと、勢いよく視線を逸らしてしまう。

 

 どうしてこんなことをしているのだろうか。おかしい、明らかにおかしいとシグナムは頭を悩ませる。

 

(な、何をおどおどしてるんだ私は)

 

 そう心の中で訴えるが、どうしても彼と目を合わせることができなかった。

 

 シグナムにとってこんなことは一度たりともなかったことだ。

 

 相手の階級が上だろうが、いくら人数がいようが、それこそ凶悪犯罪者の男にだって彼女は一歩も引いたことはない。

 

 いつも堂々としており、男よりも凛々しい存在。そういう立ち位置にいると彼女自身思っていた。

 

(い、いったい私はどうしたというんだ。ついこの間まで肩を並べて昼食を食べたり、パソコンのゲームで遊んでいたというのに。…………それなのに)

 

「…………あっ」

 

 電車が揺れると、二人の肩が自然に触れあう。すると、まるでそこだけが高熱を帯びたかのように熱くなるのを感じた。

 

「す、す、す、すまない」

 

「いや、ただちょっとぶつかっただけじゃねえか」

 

「そそそ、そうだな。ああ、そうだとも」

 

「まあ、そうだな。大丈夫か、調子が悪いんだったら、今から戻っても――――」

 

「大丈夫だ! 私は至って健康だ。何も問題はないっ!!」

 

 うわずったまま思わず大きな声になってしまう。乗客はシグナムの大声にひそひそと奇異の目を向ける。

 

 シグナムはかぁーっと顔を真っ赤にすると、目的地の駅まで俯いたままになってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 目的地の駅は、ミッドでも有名が大都市の一つだ。

 

 魔法文明が進むこの世界。ここはデバイスなどのパーツなどを始め、比較的機械関連のものが多く集まっている。

 

 シグナムは心と表情筋をガチガチに縛り上げると、コウキの顔を見た。

 

「確かにここならパソコンのパーツが揃いそうだな。部品などはもう決まっているのか?」

 

「だいたいはな。ただまあ一個だけちょっと難しいのがあるかもしれないけど、まあブラブラしてるうちに見つかることを祈るさ」

 

「そうか。それじゃあ行くとしよう」

 

 シグナムが大通りに向かい歩きだそうとする。すると、そうはさせないと肩がガッシリ掴まれた。

 

「ひゃっ! ……ん、んん、どうしたんだ」

 

「どうしたって、どこにいくつもりなんだ」

 

「どこって電気屋に行くのだろう。ああ、会員カードか何かがある店に行くのか」

 

 機械関連はそれこそ値段が高い。お気に入りの店があってもおかしくはないだろう。

 

 シグナムがそう無垢な質問を向けると、コウキは大きくため息をついた。

 

「お前さあ、俺が二日前に言ったこと忘れちまったのか?」

 

「二日前。……二日前」

 

 正直あのときのことは鮮明には覚えていない。覚えているといえばただ二日後にコウキと出かけること。そして自分の表情筋がいうことをきかなかったことぐらいだ。

 

 シグナムは困ったようにあたふたとしてしまう。コウキは少し肩をおろすと、もう一度説明してくれた。

 

「俺は自作でノートパソコンを作るんだ。だから完成品しか置いてない大型店には何の用もない。それに中身は最新にしても、外装は型遅れのを使うんだ。それなりにちゃんと選ばないといけないんだ」

 

「なるほど。だがそれならどこで買い物をするというんだ」

 

「そりゃ、あそこらへんだ」

 

 コウキは親指を立てると、それを後方に向ける。

 

 そこに見えるのは暗い通路は、まるで都市伝説への入り口のような細い場所だった。

 

 明かりはついているようだが、とにかく薄気味悪い。それがシグナムの正直な感想だった。

 

「ほ、本当にあそこなのか」

 

「ああいうジャンク屋じゃないと、パーツは売ってないんだよ。……まあ女じゃ確かに入りづらい感じだよな。なぁ、もしあれだったら俺のことは気にしないで―――――」

 

「な、何てことはないぞ! ほら、早く行くぞ!!」

 

 コウキの言葉にかぶせ気味にいうと、シグナムは回れ右をする。ズンズンと進んでいく彼女をみると、コウキは『う~ん』と頭を掻くのだった。

 

 

 

 

 

 その通路内は外観以上に不気味な空間が広がってた。

 

 一歩外にでれば、あんなに明るいスペースが広がっているのに、どうしてここの人たちはこんな暗い場所でわざわざ店を開いているのだろうか。

 

 いや、一概に店というよりも、露店と言った方が正しいだろうか。どの店も長机に布を引き、雑多に物が置かれている。青いプラスチックのケースに乱雑に入った部品など、本当に売り物かどうかわからないほどだ。

 

 シグナムの表情が少し引き気味になる。コウキはそんな彼女の隣を抜けると、一つの店に顔を出した。

 

「おーす。アカノじさんいますかー」

 

「その声は、おっ、コウちゃんじゃないか。いやいや、久しぶりだねー」

 

「社会人になってからご無沙汰だったからな。アカノじいちゃんも元気そうでよかったよ」

 

「なになに。お前のじいさんよりも、わしは長生きするぞい」

 

 毛糸の帽子をかぶったシワだらけのおじいさんは、まるで孫の顔でも見たかのように嬉しそうな笑みを見せる。

 

(コウキのおじいさまの知り合いのようだな。それにしても。…………嬉しそうだな)

 

 その言葉が当てはまるのはアカノと言われたお年寄りだけではない。コウキは今までに見せたことのない明るい顔で談笑をしていた。

 

「コウちゃんはしっかり社会人できてるのかい?」

 

「そりゃまあそれなりにはな」

 

「ここらへんの奴らはみんな心配してたぞ。あの人見知りのコウちゃんがまさか管理局に入るなんてなって。まあわしはコウちゃんが努力していたことをしっておるし、当然だとは思っていたがな」

 

「いやー、でもいろいろとあってさ。実は転職してるんだ。まあそこらへんの話はまた今度しようや。……実はさ。今日はこれのことできたんだ」

 

 コウキは申し訳なさそうな顔をすると、バッグの中のそれを取り出す。焼け焦げたあとのあるノートパソコンをみると、アカノは目を見開いた。

 

「これはまた。……随分派手にやったようだのう」

 

「いやー、俺の扱い方が乱暴でさ。ほんと、じいちゃんには顔向けできないよ」

 

 ――――それは管理局の危機を守るために仕方なくだ。

 

 シグナムはそう口を挟もうとするが、あの事件自体黙秘にしなければいけないこと。コウキの名誉のためとは言え、軽々しく口にしていいものではない。

 

 だが不服そうなシグナムを見て。いやきっと見るまでもなくアカノにはわかっていたようだ。

 

「ふんっ、そんなすぐバレる嘘などつくもんじゃないぞ。コウちゃんがあいつのパソコンをどれだけ大切にしているかは、ここにいるみんなが知っておる」

 

 アカノがそういうと、ずっと話を聞いていたのだろう。ほかの店の人たちは「うん、うん」と頷き出す。

 

 コウキは少し照れくさそうに、頬を掻く。そんな彼を見て、アカノはドンと胸を叩いた。

「まかせとけい。ここにいるやつらで、規格の合うパーツを選んでやる。あいつのパソコンなら、ネジの型番の一つだって忘れておらんさ。おい、みんな!」

 

『おお、まかせとけ!』

 

 言葉は違えど、みなそういうニュアンスの声をあげる。みながみな、コウキのために動き始めたその時だ。

 

 アカノはわざとらしく、せき込んで見せた。

 

「と、ところでコウちゃん。……そこのめんこい子は誰なんだい?」

 

「(キョロキョロ)…………わ、私のことかっ!」 

 

 シグナムは何度も何度もあたりを見渡す。だがこの場に女性は彼女一人しかいなかった。

 

 アカノ以外にもこの商店街のものはずっとシグナムのことが気になっていたのだろう。ようやくキッカケができると、皆シグナムに視線を向けた。

 

「いやー、ずっとパソコンと向かい合ってるコウちゃんがまさかまさかとは思っておったけど。お嬢さんお名前は?」

 

「えっ、あっ、シグナムです。管理局に所属しておりまして、縁ありまして彼とは知り合いになりました」

 

 シグナムは戸惑いながらも、背筋を伸ばすと綺麗にお辞儀していく。そんな彼を見て、アカノは嬉しそうに笑みをこぼした。

 

「いやいや、まさかコウちゃんにこんな綺麗な彼女ができるなんて。やっぱり長生きはするもんじゃの、かっかっか」

 

「か、彼女―――――! えっ、えっと、私はその、あの」

 

 聞き慣れない単語に、シグナムの体温が急激に高くなる。

 

(い、いや、私とコウキはそういう関係では。だ、だが一緒に出かけているということは、一応これはデートというものなのかもしれない。だ、だがコウキにそういうつもりがあるかはわからないし。それに、それに)

 

 言い訳をしなければいけないのに、どう言い訳をしていいのかと、頭の中がぐるぐるする。

 

 そんな彼女を露天商のメンバーはにやにやしながら見ている。だがそんな場の空気を読むことなく、コウキは平然と声を上げた。

 

「おいおい、あんまり変な冗談を言わないでくれよ。こいつ怒らせたらめちゃくちゃすごいんだぜ。――――シグナムとは全然そういうんじゃないって。たまたまこいつが俺に借りがあるだけで、今日だってその借りを全部返すんだって、荷物持ちに来てるだけだし」

 

――――ピシリ。

 

 コウキのその言葉に彼以外の全ての空気が凍り付く。

 

 それはシグナムも例外ではなく、その表情を固まらせていた。そんな空気など読む気もなく。コウキはさらに口を開く。ベラベラと「そんなわけがない」「シグナムに失礼だ」と口にすると最後に。

 

「それにあんまり変なこと言われると、俺がぶっ殺されちまうからよ。まあそんな感じだよなシグナム」

 

 と同意を求められた。シグナムは上気していた思いが一気に下り出すのがわかる。彼女は青い顔をすると弱々しく答えた。

 

「…………あぁ」

 

 それ以上はなにも言えない。多分、彼の言ったとおりなのだから。

 

(私は、なにを一人で浮かれていたんだろうな)

 

 この二日間、ずっと温めていた気持ちがゆっくりと冷めていくのが自分でもわかる。

 

 だが彼の言うことには何一つ間違いはないのだ。

 

 シグナムがコウキのパソコンを傷つけて。恩返しをしていくうちにドンドンと借りが増えてしまい。

 

 そして彼の言ったように、今日その借りを返すという理由で彼についてきたのだ。

 

(わかっている。わかっているのだが。…………だけど)

 

 シグナムはギュッと拳を握ると、そのまま俯いてしまう。アカノ達老人グループは、申し訳なさそうな顔をしながらも、パーツ探しを始めるのだった。

 

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