ヴィータは教導が。カイズは教導の授業を終えるといつもの待ち合わせの場所に集合する。
ヴィータは大きく深呼吸をし、気持ちを落ち着かせると普段通りの表情を作った。
「今日もまた訓練するんだろ?だったらまたあたしが手伝えるところは手伝うぞ。それにその後」
カイズのうちで夕飯を一緒に食べようぜ。
この二週間可能な限りずっと続いたやりとり。だが今日に限ってカイズの返答は違った。
「い、いえ。今日はちょっと、一人で頑張ってみようと思いまして。えっと、今日は俺のことは気にしないで帰ってもらって大丈夫です」
「えっ、あっ、そ、そうか…………」
――――チクリ。
再び小さな針がヴィータの胸に突き刺さる。
だがカイズも二週間後の試験に向けて見直したいことはあるはずだ。ここで自分が上から話すよりも、一度自分を見つめ直したいのだろう。
そう自分の中で勝手な回答を導き出すと、ヴィータはぎこちないながらも笑顔を見せた。
「そ、それじゃあ仕方ないな。あんまり無茶して体壊すなよ」
「は、はい…………」
ヴィータと同様にカイズの言葉も歯切れが悪い。カイズは何を急いでいるのか、ペコペコと頭を下げるとすぐに廊下の先に行ってしまうのだった。
ヴィータは普段着の青のジャケットと白いミニスカートに着替えると施設の扉を潜る。
久しぶりの一人での帰宅。そんなこと今まで何度もしてきたはずなのに、今日に限ってそれはとても心細かった。
「ここ最近ずっとカイズの演習に付き合ってたからな。こんな早く帰ったら、はやてになんか言われそうだな」
そんないらない心配を口にし、視線を上げる。すると、三十メートル先に、見覚えのあるコバルトブルーが目に映った。
「ん、あれは……」
その特徴的な容姿は一度見れば忘れることはない。サクヤは仕事を終えたのか、すでに白衣は脱いでおり、赤のジャケットと白のタイトスカートに着替えていた。
ピンク色の口紅が印象的であり、彼女の大人らしさをさらに引き立てている。
「そういえば、カイズの家にあったエッチな本の女ってあんな感じの大人だったよな。なんていうか、気合い入ってるよな」
自分とは違い、ただ帰宅するにしては明らかにフルメイクすぎる。
まるでこの後デートにでも行くような装いだった。
「…………デート。シンドウさんが、誰と?」
ズキ、ズキ、ズキ。
あるはずがない。ありえるはずがない。一瞬頭に浮かんだ光景をヴィータは必死に頭から取り払った。
だが食堂で二人はこう話していたのだ。
『じゃあまたな。カイズ君』
『ああ、またな。サクヤ』
また?またとはいったいいつのことだろうか。
さよならでは味気ないから口にしただけか。それとも同窓会の予定でもあるのだろうか。
それとも。それとも……。
「まさか。だよ、な…………」
だが一度考えてしまった妄想を振り払うことはできない。ヴィータはサクヤに悪いと思いながらも、彼女の後をつけるのだった。
まだ夕方くらいではあるが、この界隈は随分と活気づいていた。
食事や飲み屋が多く連なるこの場所で、大勢の大人に紛れながら頭二つ小さなヴィータは必死にサクヤの背中を追う。
「あたし、なにしてるんだろうな。……そんなことあるはずないのに」
そう自分に言い聞かせながらも、ヴィータは歩みを止めない。そうやって移動し十五分ほど時間が経った。
「ん、止まったみたいだな」
サクヤが足を止めたのを見ると、ヴィータは路地角に身を潜める。そして止まった先の店に目を向けた。
「高級洋食料理店か。さすが大人の女は大人な店に行くってことか」
だがその場で待っているということは、きっと待ち合わせなのだろう。こんな高そうな店に、いったい誰と行くのだろうか。
「そういえば。カイズがお金を貯めてるから、ここ最近外食なんて行ってないな……」
そんなことを思いヴィータはしばらくの間サクヤを見続ける。
初めは心臓をバクバクと鳴らしながら。そして貧乏ゆすりをしながらサクヤを眺めていた。
だが十分、二十分と経っても彼女の待ち人は来る気配がなかった。
「もうすぐ三十分か。……もうさすがにいいかな」
あと一分。それで帰ろうと思ったその矢先だ。
聞きなれた声がヴィータの耳に届いた。
「はっはっは、ごめんサクヤ。ここらへんの店って久しぶりすぎて、ぜんぜん覚えてなくて」
「でも走ってきてくれたんだろ。それにまだ待ち合わせまで一分ほど時間がある。遅刻しないのはさすがだな、カイズ君」
――――ドクンッ!
一際大きく心臓が高鳴る。
目の前の二人の姿が。二人の会話が。二人の笑顔が。
ヴィータの心の中にぽっかりと穴をあけていった。
「何でだよ。……だってカイズのやつは、今日も居残るって言ってたよな?」
なら、いまサクヤの目の前にいる男性は誰だ?そんなこと問いかけるだけ馬鹿けている。
見間違えすら許されない。
だって彼は、ヴィータの恋人なのだから。
「えっ、おっ、おぃ…………」
どうしてここにいるんだ。訓練はどうしたんだ。そんなことで今度の試験は大丈夫なのかよ。
様々な言葉が頭をよぎる。だがそれらは建前の言葉でしかない。
ヴィータは考えることなく、嘆くように本心を口にする。
「何で。何でシンドウさんと会ってるんだよ。……何で、そんなに笑顔で話しかけてるんだよ」
目の前のカイズの表情はここ最近ずっと見ていなかったもの。安心感と心に余裕がる本心からの笑顔だ。
それらがここ最近ないのは、試験が近いから仕方ないと思っていた。
思っていたからこそ、ヴィータのショックは大きかった。
――――ズキ、ズキ、ズキ、ズキ。
「……いてえ。何で、胸が、胸がいてえんだよ」
胸元を押さえるヴィータなど露知らず。二人はその場から歩きだそうとする。
「――――えいっ」
サクヤは子供っぽい笑顔を見せると、カイズの腕に抱きつく。
カイズはそんなサクヤに困ったような顔をしながらも、引きはがすことはなく気恥ずかしそうに歩いていった。
そんな彼を最後まで見続けることができず。
ヴィータはその場に膝から崩れ落ちてしまうのだった。