大切な話 主への挨拶へ
「それではお昼ご飯を食べるか、コウキ」
「いま帰りかコウキ? そこまで一緒に行こうか」
「今度の休日はその、空いているかコウキ?」
最近、よく言葉にする名前が出来た。
知り合ったのは、自分が彼の大切なパソコンを傷つけてしまったから。
それから償いをしたいと押し掛けるようになり、一つの事件を越え、彼と一度出かけて。
それからもなだらかに二人の時は進んでいた。
休日の公園。何かと縁があるその場所に、シグナムは再び呼ばれていた。
「だ、大事な話があるというのは、どういう意味なのだろうか」
昨日の仕事帰り。いつものように、駅までの道のりを二人で歩いていたときのことだ。
コウキが真剣な眼差しで先ほどの言葉を口にしたのだ。
その顔は今までに見たことのないほどの意気込みがあり、シグナムはただコクコクと首を縦に振ることしか出来なかった。
「あんな顔のコウキを見たのは初めてだし。……まさか。い、いや、それはないか」
シグナムは一瞬頭の中をよぎった妄想をフルフルと振り払う。そう思いながらも、白いワンピースにゴミなどがついていないように手で払っていった。
「さて、以前と同じ場所のはずだが。――――ん、あれはコウキか?」
集合場所にはコウキがいた。シグナムと同じように、前の外出と同じミリタリージャケットを羽織った彼は、ベンチに座っていた。
シグナムは一瞬慌てたように時間を確認する。だが集合時間までまだ二十分ほどある。
今までシグナムから会いに行くことが多く。仕事帰りもだいたいは彼女が彼を待っているというのがほとんどだった。
そんな彼が自分よりも早く到着している。しかも思い悩んだように、俯いている姿はどういった意味でも意識せざるを得なかった。
「い、いや、そ、そんなはずあるわけがない。――――んんっ、コウキっ!」
自分に活を入れることも含めて、大きな声で彼の名前を呼ぶ。その声に彼はハッとすると、大きく息を飲み込んでいるように見える。
「お、おぅ……」
ぎこちなく手を振ってくると、シグナムもまたぎこちなく手を振り返す。
シグナムはそそくさと歩くと、彼の座っているベンチに腰掛ける。いざ対面すると、何を喋っていいかわからなくなってしまう。
い、いや。元々今日はあいつが私に話があると言ったんだ。…………私が慌てる必要はない。
そう心でつぶやき続けるが、心臓の高鳴りは収まる様子がない。シグナムはギュッと下唇を噛みながら、そのときを待った。
「…………シグナムに大切な話しがあるんだ」
「は、はいっ!」
反射的に背筋が伸びると、思わず声が裏返ってしまう。
シグナムは恐る恐るコウキに目を向けると、真っ直ぐな彼の視線とぶつかった。
「そ、それで。大切な話とは何なんだ」
内心大混乱になりながらも、何とか表面だけは自然に見せる。
コウキは何度か深呼吸をすると、意を決したように声を出した。
「―――――八神はやてさんに、挨拶しに言ってもいいか」
「主に? ――――それはっ」
八神はやてと言えば、自分が命に代えても守ると誓っている何にも代えられないシグナムの主だ。
自分の家族でもあり、ヴォルケンリッターの親でもある彼女に挨拶をしたい。それはどうしてか。
「――――――っ!?」
シグナムはあの時のことを思い出すと、思わず両手で口を押さえてしまう。
緊張の面もちで、男性がはやてに挨拶する。その光景をシグナムは一度見たことがあったのだ。
それは三ヶ月ほど前の話。元祖ヴォルケンリッターの中では一番末っ子だったヴィータの彼氏が来たときだ。
彼は真っ直ぐなまなざしのままはやてに頭を下げこう言った。『お宅の娘さんを僕にください!』と。
まさかと思っていたことの、二歩も三歩の先のことを言われたことに、彼女の顔がボンっと赤くなった。
「そ、そそ、それはまだ早いんじゃないのか。その、まだ出会って一ヶ月も経ってないんだぞ」
「それはもちろん承知の上だ。俺も突然で、かなり失礼なことはわかってる。……でも、一日でも早く一緒にしておきたいんだ」
「い、一緒にとは。ほ、本気なのか……」
「本気じゃなきゃ、こんなこと言わねえよ!」
シグナムの肩にコウキはガシッと両手を置く。彼よりも何倍もシグナムは腕力を持っている。だがそれでも彼の手を振り払うことができなかった。
それは何も力強いかではない。彼の手が。――――細かく震えていたからだ。
きっとこの言葉を口にすることは、彼にとってそれだけ重要なことなのだろう。それがわかるからこそ、シグナムはその言葉を流すことも、はぐらかすこともできなかった。
先ほどから心臓は今にも飛び出しそうなほど高鳴り続けている。シグナムは頬を赤くしながら、コウキからほんの少しだけ視線を逸らした。
「そ、そこまで本気だったのか。正直、わ、私だけかと思っていた」
「そんなの本気に決まってるだろう! 確かに始まりはあまりいいものじゃなかったかもしれないけど。それでも出会ったんだ。だからこそ俺だって全力を尽くしたいと思ってる!!」
「そ、そうか。……それで、その、いつ挨拶に行くんだ」
「八神はやてさんの都合がよければ、今すぐにでも」
「な、なるほどな」
コウキの気持ちはテコでも動かないようだ。こうなったらあとは自分の気持ち次第であろう。
だがその前にだ。大切な挨拶をすませる前に、シグナムには聞いておかなければいけないことがあった。
「そ、それで、その。……どこが気に入ったんだ」
「どこがって全部に決まってるだろ」
「全部と言うのは、その、中身も含めてと言うことなのか」
「はぁ? そんなの当たり前だろう。――――外装はもちろん昔のものを使ってる。でも中身に関して言えば、あの路地裏のみんなが仕事の時間を押してまで必死になって選んでくれたものだ。みんなあんな旧式のものに合うのを探すのは大変なのに、それでも頑張ってくれたんだ」
「そうか。………………う、ん? コウキ、何を言ってるんだ」
途中から何か話が脱線した気がする。シグナムは目を大きく見開くと、コウキの顔をのぞき込む。
コウキはシグナムの肩に置いていた手を離すと、隣に置いていたバッグから四角いパソコンを取り出す。
外装をそのままに、一から組み直したそれが数日前に出来上がったのは話に聞いていた。
コウキはそれを両手で掲げると、興奮気味に口調を早めた。
「いやー、さすがはじいちゃんの友達だよ。俺も整備士になって少しは機械イジリについてわかってきたけど。いや、わかってきたからこそこのパソコンのすごさがわかるっていうかさ。ほんと、理想通りのパーツを用意してくれたんだ」
目を輝かせるコウキとは逆に、シグナムはどんよりとした目で低い声をだす。
「…………今までのことはパソコンの話だったのか。ではどうして主に挨拶をしたいと」
「前にこの公園で会ったときに言ったよな。いっそのことカートリッジシステムでもつけちまうかなって。で、さすがにカートリッジシステムは武器にも使われてるものだし、アカノのじいさんも用意できなくてよ。それで前にシグナムの家族が、家族の誰かの彼氏さんにデバイスを作ったって話をしてたからさ。だったらいっそ一から自作してみようかなって。…………えっと、何でそんな怖い顔をしてるんでしょうか、シグナムさん」
「………………何でもない」
明らかに何でもなくないふてくされた顔をする。コウキはそんなシグナムを見ると、「えっ、ええっ」っと挙動不審になってしまう。
だがそんな表情とは逆に、内面では羞恥心で押しつぶされそうになっていた。
――――――――つうぅ! 私は、私は。
話が飛躍し過ぎていると思っていた。思ってはいたのだが。
「す、すまない。ちょっと頭を冷やしてくる」
「お、おぅ?」
シグナムは居ても立ってもいられず、その場から駆けだしてしまう。
そんな彼女の背中を、コウキはポカンと口を開けながらただ見送ることしかできなかった。
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まだリアルが落ち着かないので、ゆっくり更新となります。